木は森の中……
「ちょっと莉子! あんたのダンナ何とかしてよ」
登校してくるなり、聖来が突進してきた。
「誰が誰のダンナだって?」
不機嫌に返した私に、聖来が少しだけ怯んだ。
「どうした? 目の下にでっかいクマがいるよ」
どうしたもこうしたも、いつもなら周りを巻き込んで大騒ぎするのに、昨日は割と大人しかった。アケチのくせに、事件だ、推理だって騒がないから、気になるじゃん。それに、なんだか胸のあたりがモヤモヤしてよく眠れなかった。おかげでこっちが寝不足だよ。
「別に……ちょっと考え事をしていて眠れなくなっただけ。で? そっちこそ朝っぱらからどうしたのよ」
質問を返すと、聖来は思い出したように食ってかかる。
「忘れてた! ちょっとアケチを何とかしてよ」
その名前に胸がズキンと痛んだけれど、今はそんなことを気にしている場合ではなさそう。
「アケチがどうしたの?」
「いいから来て!」
そう言って、聖来は私の腕を引っ張った。
聖来に連れてこられたのは美術室。昨日よりは片付けられていたけれど、雑然としているのは変わらなかった。
「部外者は引っ込んでいなさいって言ったわよねッ!」
いきなり怒声が飛んできた。
すでに修羅場ですか?
美術室には谷口先輩とアケチ、そしてその二人を遠巻きから見ている美術部員と野次馬がチラホラいた。ここの雰囲気めちゃめちゃ悪いけど、気づいていないのか当事者のアケチはまったく空気を掴んでいないご様子。
「部外者だからこそ、分かることもあるんですよぉ~」
いきり立つ谷口先輩を前に、アケチはどこまでものんびりとした口調で応じている。
「何が分かるって言うのよっ!」
「部長さんの絵が隠されている場所ですよ」
しれっと言ってのけたアケチ。
だけど、その言葉を理解した途端、ビックリマークが頭の中を埋め尽くした。
え? え――――――――ッ!
アケチ、今何気にすごい事言ったけど、大丈夫?
谷口先輩だって信じられないって顔をしているよ。
「いい加減なことを言わないで。昨日あんなに必死に探したのに見つからなかったのよ。面白半分で話を聞いただけのあんたに見つけられるわけないでしょ」
谷口先輩の言いたいことはわかる。いきなり胡散臭い人にそんなことを言われたって、信じられるわけないよね。幼馴染の私だってアケチの言うことは、半分聞き流しているもん。
でも、ひとつだけ谷口先輩は間違っている。
アケチは胡散臭さ満載だけれど、決して面白半分で事件に首を突っ込むことはしない。ああ見えて、本人は超真面目に取り組んでいるからたちが悪いんだけど……。
「いい加減なことを言っているつもりはないんだけどなぁ~」
どうして信じてくれないんだろうって顔をして、アケチは鼻の頭をポリポリとかいた。
いやいや、その態度がダメなんだって……。
首をかしげているアケチを無視して、谷口先輩は誰かを探すようにあたりをキョロキョロしだした。ようやくお目当ての人物を見つけたのか、ピタリと谷口先輩の視線が止まった。
谷口先輩は、ズカズカと私と聖来の方へ歩いてきた。
「ちょっと水町さん、何なのこいつはッ! さっさと追い出して」
驚いたことに、谷口先輩は聖来のことを責めてきた。
「す、すみません……」
なぜ聖来が責められるのか釈然としない。
聖来も同じ思いだと思うけれど、怒っている相手に理路整然と言い返したところで火に油を注ぐようなもの。
謝るのが得策ではあるけれど、谷口先輩は謝るだけでは気が済まないようだった。
「あなたが余計なことをするから、面倒くさいことになっちゃったじゃない。さっさと追い出してよ」
ああ、聖来ごめんね。聖来は何も悪くないのに……。針の筵だよ。見ている方も辛くなってくる。早くアケチを連れ出さなきゃ。私は慌ててアケチを回収しに行った。
「アケチ! あんた朝っぱらから何やってんのよ!」
「おう、莉子、おはよう」
のんきに挨拶している場合じゃないと思うよ、今の状況は!
谷口先輩がアケチのことをもの凄い目で見ているよ。聖来のためにも早く退散しよ。
「お、おはようじゃなくて、教室に戻ろうよ」
腕を引っ張っても、アケチはびくともしなかった。
「ちょっと……」
早く行くよ、という私の言葉をアケチが遮る。
「砂粒はハワイのビーチに隠せ」
??????――? いきなり何? 何かの呪文ですか?
訝しげに見る私の視線に気づいたのか、アケチが呪文の意味をこっそり教えてくれた。
「絵の隠し場所だよ」
は? さっぱりわかりませんけど?
「ごめん、アケチ。全然分かんない」
さらに首をかしげる私に、アケチは『なんで分かんないんだよぉ~』って感じでむくれて見せる。
「似たような物の中に隠せば、見つかりにくいって意味だよ。お前ことわざ知らねえの?」
あ~なるほどね、ってオイ!
「それを言うなら、木は森に隠せだからッ!」
「そうとも言う」
おいおいおいおい。そうとしか言いませんよ。
なんでビーチなのよ、しかもハワイ限定って……。なんなら鳥取砂丘でもいいんじゃない? ってそれはさておき、『隠し場所』というからには、そこには『隠した犯人』が存在する。
「誰かが絵を隠したってこと?」
私の言葉に、アケチは力強くうなずいた。
「アケチはその犯人がわかったの?」
「確証はないが、でも俺の推理は正しい」
その自信どっからくんのよ。得意げな顔がなおさら腹立たしい。確証がないのに、よくここに乗り込んでこられたよね。せめて私にだけは先に教えといてよ。あ~、やっぱりアケチは詰めが甘い。
「確証がないってどういう事よ。疑われた方はたまったもんじゃないわよ」
アケチはいたずらっ子のような笑みを返した。
「うん。だからこうやって仕掛けているんだよ」
なんと、そんな荒業を成し遂げようとしているなんて、思ってもみなかった。なおさら先に教えておいてほしかった。まあ、教えてもらったところでアケチを止める術はないんだけど……。それにしても、どうすんのよこの状況!
なんだなんだと、わんさか人が集まり出しているし……。
あー、言いたい。言ってみたい。一度でいいから叫びたい。『この中に、どなたか麻酔銃をお持ちの方はいらっしゃいませんか?』って声高々に。
ここにいる後先何にも考えていない珍獣を、どうか大人しくさせてください。
――――ボコッ!
ん? 今、もの凄い音がしなかった? 見れば、隣にいたアケチが頭を抱えてうずくまっている。
「ううう…………」
突然現れた救世主。
それは蓮くんだった。蓮くんは涼しい顔をしてゾンビを担ぎ上げ、群衆から抜け出す。
そして、この救世主は針の筵となっている『姫』を助け出すことも忘れない。
「水町、何をボケっとしているんだ。お前も来い。保健委員だろ。こいつの世話を頼む」
自分で鉄拳くらわしといてよく言うが、聖来を助け出すには良い口実だった。
「……う、うん」
いつもならなんやかんやと言い返す聖来だけれど、口答えすることなく慌てて蓮くんの後に続いた。私もそれに見習ってこっそり後に続こうとした、けれど阻まれた。
美術室を出ていこうとした私の腕を、谷口先輩が掴んだ。
「ちょっと、あなた!」
ゲッ……。逃げそびれた。
「絵はどこ?」
なんかライオンに追われるシマウマの気分。どうか食べられませんように。
「えっと、その……」
分かりますよ。コンクールに出す絵ですもんね。
早いとこ見つけて部長さんに教えてあげたいですよね。分かるけど、こ、怖い。怖すぎる。ホント喰い殺されそう……。
「あいつと何を話したの? 絵が隠されている場所をあなたも知っているんでしょ」
「知らないです。なんも聞かされていないですよ」
聞き出す前に、蓮くんが連れ出しちゃったもん。
蓮く~ん、ちょっと出番が速かったみたい。
「ウソつかないで!」
ヒ、ヒェェェェ――。谷口先輩マジで怖い。
今こそ叫びたい。
『誰か麻酔銃持っていませんか? どなたかこのライオン仕留めちゃってください!』
おーい、救世主! どこ行った? 私は生贄ですか? 手足を縛られ丸焼きですかぁぁぁぁ~って、誰も助けてくれそうもない。みんな私から目を逸らしてウサギみたいに小さくなっているし……。私の救世主はいずこ……。
仕方ない。餌にならないよう自力で逃げ切るしかない。落ち着け……落ち着け私。アケチは何て言っていた?
『砂粒を隠すにはハワイのビーチに隠せ』って言っていたはず。
さすがにハワイのビーチに隠されているってことはないから、同じような物の中に隠されているってことだよね。
アケチの言葉はめちゃくちゃだけど、言いたいことはわかった。
となると、絵を隠すなら絵の中にってことだと思うけど、見渡してみても絵をしまってあるような場所はない。あるとすれば……。
斜めに飾られた絵。隠すにはうってつけだ。ぞんざいに扱われているんじゃないとすると、慌てて隠したからに他ならない。私はその絵を指さした。
「部長さんの絵はあそこです」
たぶん。
私が指さした方へ谷口先輩とその他のギャラリーたちの視線が動ごく。逃げるなら視線が反れた今のうち……。
「ちょっと! どこ行くのよ」
「どどどどどどこにも行かないですよ」
逃走失敗。ここは腹をくくるしかない。
「絵はあそこですッ!」
ごまかすために『犯人はお前だッ!』っていう勢いで再び指をさした。心の中で必死に拝む。
お願い神様、仏様、アケチ様。あそこに絵がありますように!
「まさか……」
谷口先輩は信じられないという風に声を漏らした。私も谷口先輩と同じ心境だということは隠し、近くにあった椅子を台にして飾られている絵に手をのばす。
しばらく飾られていたわりには埃がついていない。あながち外れではないようだ。
谷口先輩は私の手から奪うように絵を取り上げた。谷口先輩はガラス細工を触るかのように、そっと留め具をずらして裏板を外した。
すると、そこには二枚の絵があり、新しめの画用紙それと、少しだけ黄色に変色した画用紙が入っていた。
思わず安堵の息が漏れた。
良かったぁ~。アケチからヒントをもらったとはいえ、私も探偵部のメンバーとして威厳を保てたと思う。自分で自分をほめたいと思います。うん、よくやったぞ、莉子。これでライオンの餌にならずに済む。
ホッとしたところで、探し当てた絵に視線を落とす。隠されていたのは 天女が夜空へと昇っていく絵だった。なんとなくかぐや姫を連想させる絵だけれど、なんとも哀しく儚い想いが伝わってくるそんな絵だ。意外だった。
部長さんの描いた絵はてっきり風景画だと思っていたのに、人物画だなんて予想もしていなかった。それに優秀賞を受賞した絵とはずいぶんと印象が違う。
もっとよく見たくて絵に近づこうとした時、後ろから声をかけられた。
「そこで何をやっているんだ」
振り返ると、そこには不機嫌そうな部長さんがいた。
「部長! 見つかりましたよ。絵は無事です良かったですね」
初めて見る谷口先輩の笑顔。思いっきり乙女の顔をしている。
あれ? さっきまで居たライオンは? どこ行った? おーい、ライオンはどこへ行った?
「……そうか。……絵を見つけてくれたんだな……その、ありがとう」
「見つかってよかったですね」
ニッコリほほ笑んだ谷口先輩。
「ああ」
短い返事の部長さん。
ん? 部長さん、あんまり喜んでない?
「君が見つけたのか? 探偵部だっけ?」
なんだか責められているような気がして、一瞬悪いことをしてしまったのかと錯覚を覚えた。戸惑いながらも頷いた私に、部長さんは軽く頭を下げた。
「ありがとう。アケチ……くんだったかな? 彼にも礼を言っておいてくれ。じゃあ」
ちょっとした違和感に戸惑う私にそれだけ言うと、部長さんはそそくさとその場を去ろうとする。
「え? 犯人は捜さなくていいんですか?」
思わず聞いちゃったけれど、犯人までは私には分からない。
「絵は見つかったんだ。穏便にすませたい。だから、これ以上首を突っ込まないでくれ」
ガラガラガラガラ。目の前でシャッターを閉められた。部長さんの背中が、これ以上の詮索は無用と言っていた。
私はそれ以上、言葉を口にすることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます