第247話 冷戦

「れい、せん?」

「読んで字のごとく“冷たい戦争”――冷戦。つまり、対立はすれど直接戦火を交えることはなく、ただ一方で軍事力・技術力等々、多方面でその力をぶつけ合う紛れもない戦争です」

「冷戦――」


 そんな単語、生まれて初めて聞いた。

 ポップ王国も何度も戦争を繰り返してきた国だけど、それは常に武力衝突でしかなかった。

 軍事力や技術力をぶつけ合う――これだけ聞いても具体的にどう戦っているのか、想像しがたいけれど。


「それで、大魔連邦はどことその“冷戦”をしてるんだよ?」

「さぁ、どこでしょう?」


 ギルの質問に答える代わりに、クリスは手のひらで机上の世界地図を指してみせた。

 要は、答えてみろってことか。


 えー?と唸るギルを横目に、アンジェリーナは地図に目線を落とした。


 まず大前提として、大魔連邦と50年にわたって戦争ができる国ってことは、大魔連邦と同等の力を持つ国ということ。

 さっき改めてクリスも話してくれたけど、大魔連邦の国力は世界一と言っても過言じゃない。

 そんな国と張り合うことができる国だなんて、果たしてどれほどあるのだろうか。


 外に関する私の知識は限りなく薄いけれど、クリスがこちらが見当もつかないような質問を投げてくるはずがない。

 いや、鎖国の限られた情報の中でも正解を導き出せるほど、その対立国が有名という逆説的な発想もできるか。


 私が知っている中でそれほどの力を持つ国――。


 アンジェリーナは世界地図の中央、ポップ王国のすぐ西側に目を向けた。


 ポップ王国で暮らしている中で最も身近な国は隣国ポーラ。

 ポーラはポップ王国と外国を繋ぐ欠かせない存在ではあるけれど、でも世界規模で見ればその影響力は限りなく小さいはず。

 第一、ポーラは中立国を掲げているから、戦争自体するはずないし。


 続いて、その北側――。


 近隣の国で一番脅威を感じる国といえば、間違いなくここ、フォルニア王国だろう。

 武器製造・輸出で言わずと知れた国。

 特に消失薬が有名で、言い方は悪いけれど、とにかく金さえあればどこの国にも売るという傍若無人っぷりでも名が知られている。

 そんな振る舞いが許されているのも、自国で武器製造をして、潤沢に蓄えられた軍事力あってのこと。

 輸出量もかなりのものだろうし、財力もきっと世界有数なのだろう。

 大魔連邦と張り合えるほどの力は持ち合わせているのだろうが、たしかフォルニアもまた中立を謳っていたはず。

 実際、この国に至っては中立ではなく、八方美人と言うべきだが。


 ――となると、残るは?


 アンジェリーナの目は自然とポップ王国のはるか北西、ユーゴン大陸の西端に向けられた。


「ねぇクリス、一つ聞いてもいい?」

「なんでしょう?」

「大魔連邦と対立しているのって、本当に“国”?」


 その質問に、感情に乏しいクリスの瞳がきらりと光ったような気がした。


「さすがです。アンジェリーナ様」

「やっぱり!」

「ん?ん?どういうこと?」


 正解の嬉しさに口角を持ち上げつつ、一人置いてけぼりのギルのため、アンジェリーナは地図を指さした。


「大魔連邦と冷戦状態にある国、いや――それは、『欧州』だよ」

「はい、その通りです。正確に言えば欧州の一部の国を除いた同盟、『欧州連合』です」


 欧州。それはユーゴン大陸の北西、亜大陸に存在する小国の集まり。

 一国自体はポップ王国の10分の1の面積にも満たないような国でありながら、その技術力は常に世界のトップを走っているのだとか。


「大魔連邦と欧州連合の対立は世界を巻き込むものと化しています。お互いがお互いを軍事開発、技術開発で競い合い、国の発展度合いを競っているわけです」

「それだけ聞くと、互いに国が発展するなら良いことのように思えるけど?」

「えぇ。たしかにこの競争により、両陣営は目を見張るような発展を遂げています。ですが、過度な急成長は自国に多大な負担をもたらします。わかりやすく言えば、お金が足りない、人が足りない、時間が足りない。足りなければどうするか?別のところから持ってくるしかない。お金が足りなければ税率を上げる。人が足りなければ別の産業から人を引っ張ってくる。時間が足りなければ労働時間を増やす――こんなこと、何十年も続けていればどうなるか想像できますか?」


 税負担が増えれば家計の圧迫は目に見えているし、別の産業から人を連れて来れば、元の産業から人がいなくなってしまう。労働時間を増やせば睡眠時間を削らなければならないだろうし、どう考えても限界がある。

 これを繰り返していては国がパンクするのは明白だ。


「武力衝突を伴う戦争が国を疲弊させるのと同様に、冷戦もまた国を疲弊させるのです。大魔連邦、欧州連合ともに一刻も早く冷戦を終結させたいのですが、結局この拮抗状態のまま50年近くが経過したというわけです」

「なんだかなぁ。武力衝突じゃないから余計に終わりどころを見失っているんじゃねぇの?」

「まさにその通りです」


 ギルの珍しく的を射た発言に、クリスは頷いた。


「終わりの見えない戦争。ここ数年、両陣営における国民の反発は目に見えて増えてきています。また、当事国だけではなく、それを支援する同盟国というのも多数存在しており、“戦争疲れ”のムードが世界中に蔓延しているのです」

「それが今の世界情勢、かぁ」


 鎖国ゆえ、外の情報が入ってこないからこそ、手に入れられる情報は本の内容が主。

 私がいた場所は国の中心に最も近い特別な立場だったから、それこそ禁書なんかも読むことができたけど、クリスが話してくれたように、世界が、どうなっているのか、そんなこと知る術はなかった。

 私が思っている以上に、世界は殺伐とした、重く苦しい空気で満たされているのかもしれない。


「さぁ、ここまで世界情勢についての概要をお話いたしましたが、お聞きしていただいた通り、大魔連邦は今、欧州連合との冷戦に頭を悩ませている状況にあります。国民の反発も強まる中、何か新たな策に打ち出さなければならない。そんな中、不本意な形で休戦中とはいえ、わざわざ取るに足らない鎖国に手を出す余裕など、あちらにあるとは思いますか?」

「え?」


 その問いかけに、アンジェリーナは雲を掴むかのような世界の話からいきなり現実に引き戻された。


 冷戦真っ只中の大魔連邦がわざわざポップ王国に手を出した理由?


「まぁ確かに、どうしてだろう?」

「こっちに手を出すくらいなら、欧州連合とやらのことを一刻も早く片付けたほうがいいよな?」


 二人顔を見合わせ首を捻るも、答えは出そうにない。

 その様子に、クリスが口を開いた。


「結論から申し上げると、大魔連邦はポップ王国との戦争を再開することに何らかの利を見出したわけです。いえ、ポップ王国との問題に手を付けなければならなかったと言ったほうが適切ですかね」

「どういうこと?」


 ポップ王国との戦争を再開すること、まるでそれが義務であったかのようなクリスの口ぶりに、アンジェリーナは眉間にしわを寄せた。


「そこで本日の勉強会、本題その2です。最後通牒の内容について触れていきましょう」

「おっ!」

「やっと来た!」


 クリスの宣言に湧き立つ二人。

 ポップ王国の命運を左右する勉強会は続く。

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