第243話 強烈な邂逅
覚悟はできていた、そのはずなのに。
その事実はアンジェリーナの心を大きく揺れ動かしていた。
よくよく考えてみればクリスの言う通りなのだ。
王宮を出た時点で、私は王女の地位を捨てたつもりでいた。
しかしそれは同時に、国家存亡の困難に立ち向かう国王を置いて逃げたということ。
その罪を、私はきちんと自覚しなければならない。
甘かった。
これから取る行動そのすべては、私が責任を負わなければならないというのに。
「おいクリス、それはあまりにも無神経じゃ――」
「いいのギル」
クリスに詰め寄ろうとするギルを制止し、アンジェリーナは一歩前へ歩み出た。
「クリス、あなたの言う通り。私は確かに王宮を捨て、ここへ来た。でもそれはあくまで“外”からこの国を守る方法を模索するため。あなたの言う『革命』がそれに当てはまるのかどうか、私にはまだわからない。だから教えて。もし私があなたの策に乗れば、国を救うことができると断言できる?」
「はい」
毅然とした態度で問いかけたアンジェリーナに、クリスは一言そう答えた。
自信に満ち溢れているわけでもなければ、不安げなわけでもない。
あくまで淡々と、いつも通り。
だからこそその揺らがぬ瞳は、彼の中に確かな軸があることを物語っている。
アンジェリーナはふぅっと息を吐き、クリスに今一度向き直った。
「わかりました。クリス、あなたの策謀に乗りましょう。『革命』を起こし、私が国王の座を奪う。国を平和に導くために、あなたは次期国王の右腕としてその手腕を振るう――その役割を必ず全うすると、ここに誓いなさい」
「――はい、もちろんです。アンジェリーナ様」
クリスは胸元に手を当て、粛々とそう誓った。
その口元は微かに喜びに緩んでいた。
「――なぁなぁ」
そのとき、躊躇いがちなギルの声が二人の空気に割って入ってきた。
「なんか俺、仲間外れにされてない?え?俺も関係あるよね?この話。俺、入っていい話だよね?」
不安に満ち満ちたそのギルの表情に、アンジェリーナとクリスは顔を見合わせた。
「もちろんですよ」
「そうに決まってるじゃん。なに当たり前のこと言ってるの?」
「っ――!よ、よかったぁ。俺、正直途中から話について行くのやっとで。だって、二人ともなんか怖い話ばっかしてるし!もう置いてけぼりにされるじゃねぇかって、嫌で嫌で――」
「――ふっ、ふははっ!」
安堵から早口になるギルの様子に、アンジェリーナは思わず吹き出した。
「あ!?お前、こっちは本気だってのに!」
「ごめんごめんっ!でも、なんだか、安心して」
「いつものギルさんって感じで、とてもリラックスします」
「それ褒めてねぇだろ」
非常事態とは思えないほどの三人のやり取りに、アンジェリーナはなかなか笑いを引っ込めることができなかった。
これではまるでいつもの勉強会ではないか。
いつもとは言っても、ここ数か月はご無沙汰ではあったが。
「やっぱり、ギルが居てくれてよかった。助け出した甲斐があるってもんだよ」
「――今言われても、全然嬉しくねぇんだけど」
すっかりへそを曲げてしまったギルに再び笑いが込み上げそうになったそのとき、コンコンコンと部屋のドアが叩かれた。
「クリス様、夕食の準備が整いましたが」
「あぁ、今行きます。アンジェリーナ様とギルさんも一緒に」
「わかりました」
まだ幼さの残る声にはっとして時計を見ると、いつの間にか針は午後7時近くを示していた。
かなりの寝坊だったとはいえ、どうやら話し込むうちに予想以上に時間が経過していたらしい。
「では下りましょうか。遅い昼食だったようですが、お腹の空き具合など大丈夫でしたか?」
「うん。私は大丈夫。ギルは?」
「俺はもうとっくの昔にペコペコだぞ」
「あぁそう」
確かに、昼はサンドイッチとスープだったし、まぁギルにとってみれば少なかったのかもしれないけれど。
「昼食のサンドイッチおいしかったなぁ」
「まだ言ってるの?」
「だっておいしかっただろ?」
「それはそうだけど」
「お褒めいただき光栄です」
二階から階段を下りつつ、クリスはぺこりとこちらに礼をした。
さっきも思ったけれど、ガブロもクリスもバスタコブレッドのことを褒めるとなんだか嬉しそうにしている気がする。
まぁ自領のことを褒められて、いい顔をしない領主はいないだろうけれど、あ・の・感情を表に出さないクリスまでこの感じなんだ。
それだけバスタコブレッドはバスタコ領の顔ってことなのかな。
「あ、そういえばクリス。俺、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「なんですか?」
昼食をとったダイニングに着くやいなや、ギルはクリスに問いかけた。
「さっき部屋に来てくれた書生の子?お前の親戚って聞いたけど実際どういう関係なんだ?まだ結構子どもだろ」
あぁ確かに。それは気になっていたことだ。
ガブロは訳あって親戚の子を書生として預かっていると言ってはいたけれど。
「セオくんですか?確か今年で13歳になるはずです。4月に中等部に進学したばかりですから」
やっぱり、まだそのくらいの年齢だったんだ。
三人は夕食の準備が進むテーブルについた。
「セオくんは私の大叔父の孫にあたる子なんですが――」
「何?オオオジ?」
「大叔父。私の祖父の弟にあたる方です」
「それじゃあ結構遠い親戚だね」
「えぇ。大叔父は、鎖国政策が厳格に整備される前にポップ王国を出国していまして」
ん?
そのクリスの発言に、アンジェリーナは疑問を覚えた。
出国?つまり、クリスの大叔父様は今は外国に住んでいるということ?
それすなわち、その孫にあたるセオくんも――。
「え。じゃあセオくんってもともとポップ王国民じゃないの!?」
「はい、そうです」
「じゃあなんでここに?」
セオくんが生まれた頃にはポップ王国はとっくに鎖国となっている。
どう考えても正規のルートで入国できるはずがない。
「セオくんの両親は世界各地を股にかける外交官なのですが、それゆえ家を留守にすることが多くて。セオくんは赤子の頃から基本的に彼の祖父の家に預けられていたのですが、祖父は祖父で自身の事業の経営で忙しく家にいることがほとんどなく、セオくんはずっと使用人に囲まれて一人で居たんですね。それを申し訳なく思った両親が、それならいっそのことこちらの家に預けたほうがよいのではと思い至ったようで。父は基本、この家で仕事をすることが多いですから。それに、セオくんはセオくんで当時からかなり頭が良かったらしく、父のもとでより高度な教育を受けさせてあげたかったようですし」
「なるほど?」
とそこまでクリスの話を聞き、アンジェリーナの頭に新たな疑問が浮かんだ。
「なに、そうしたらセオくんっていつからこの家にいるの?」
「私が22歳のときですから、4歳ですね」
「「!?」」
その衝撃に、アンジェリーナとギルは揃って目を丸くした。
「嘘だろ!」
「そんな小さなときから!?」
4歳の子が単身異国に移り住むだなんて、そんなこと考えられない。
もし自分がその立場だったらと考えると、とても無理な話だ。
「えーっと、ここまででもとても驚きなんだけど、書生扱いなのはなんでなの?」
「それは、セオくんの心持ちの関係上仕方なく」
「心持ち?」
「彼は真面目ですから。どうやら見ず知らずの大人に自分の世話をしてもらうことが申し訳なかったらしく――うちの両親はそんなこと全然気にしてなかったのですが、本人がどうにも嫌がって。なので、書生という肩書きを与えることであくまで学びに来ているという
「家族同然――」
「確かに大事にされてたもんな?お前より」
棘のある言い草のギルを白けた目で見つつ、確かにそれも一理あるとアンジェリーナは内心共感していた。
「セオくんがうちに来た頃には私ももう大学生で自立していましたからね。両親にとっては可愛いなんてものじゃなかったでしょう」
まぁそれもそうか。
いきなり4歳の子どもが現れたら、親にとってみれば可愛いなんてものじゃないのか。
――ん?親?
「そういえば私たち、クリスのお母様に会ってないよね?」
「あー!確かに!」
そこでアンジェリーナは重大なことに気が付いた。
いや今日だけの話じゃない。
普通、領主の妻というものはパーティーなどの社交場に領主と共に出席し、挨拶回りをしたりもてなしたりして、領主のサポートをするはずだ。
それなのに、私はガブロが妻帯でそういう会に出席している場面を一度も見たことがない。
まさか、すでに亡くなっているとか?それならばかなり無神経なことを言ってしまったのでは?
しかし、そんなアンジェリーナの憂いを前に、当人のクリスは不思議そうに小首を傾げた。
「あれ?話したことありませんでしたっけ?たぶんそろそろ帰ってくる頃だと思うのですが」
え、帰ってくる?
そのときだった。
屋敷の玄関のほうが急に騒がしくなり、すぐにバタバタと大きな足音がこちらに近づいてきた。
次の瞬間――。
「ク・リ・スーー!!」
バタンと扉が開かれると同時、一人の女性がクリスのもとへ飛び込んできた。
亜麻色の髪をした猫っ毛のその女性は、むぎゅりとクリスを抱擁し、そのままぶんぶんと体を振った。
「本当に帰ってきてた!一年ぶりじゃない!?もう、帰るならどうして早く言ってくれないの!?そうしたら今日は休みにしたのにー!――あ、そうだ。どこも怪我とかしてないよね?無事?大丈夫?王宮は大変でしょう?」
「――っただいま帰りました、母さん」
母さん?――ということは、この人が。
「あー!もしかして」
そのとき大きな声を上げ、その女性がくるりとこちらを向いた。
「は、はじめまして。私は――」
「お会いできて光栄です!」
こちらが自己紹介を終える前に、その
「はじめまして!ミシェル=ミンツァーです!ガブロの妻です!クリスの母です!!」
満面の笑みを向けるクリスの母・ミシェルに困惑を隠せないまま、アンジェリーナは言葉を失い、ただぶんぶんと腕を振られていた。
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