第242話 取捨選択
「『賛同している』ってお前、どういう意味だよ」
――リブスが行っていることについて、ある程度賛同している。
この人は一体、どれだけ私たちを驚かせたら気が済むのだろうか。
そんなことを内心思いつつ、アンジェリーナは今まさにクリスに詰め寄らんとするギルを傍から眺めていた。
「言葉の通りですが」
「ですがって――あのなぁ!」
「続けて、クリス」
怒りやら呆れやらでごちゃごちゃになっていると思しきギルを引き留め、アンジェリーナはただクリスに先を促した。
こうなってはもはや彼の腹の底を確かめてみるしかない。
果たしてそこに何が渦巻いていようとも。
「私が賛同しているのはリブスの根底にある、もしくはあった考えに対してです」
当の本人は案の定、けろっとして話し始めた。
「リブスは王宮入りした当初、前時代の風潮をそのまま踏襲する当時のオルビア政権に批判的な考えを持っていました。戦後のポップ王国を真に発展させるためにはこのままではいけない、と。今でこそリブスは保守派の筆頭として鎖国制度に賛成していますが、当時はそれにすら意義を唱えていたそうです――ですが、アンジェリーナ様もご存じの通り、鎖国はこの国の柱として今もなお残り続けています。リブスのように意義を唱える者は他にもいたことでしょう。しかしそれが聞き入れられることは決してなかった。その結果なわけです。では、己の考えを否定され続けたリブスはどうしたのか?」
そこでクリスは言葉を切り、その感情のない眼をこちらへ向けた。
「諦めたんですよ――期待することを」
「え?」
「『自分の意見はどう頑張っても聞き入れられない。この事実は永遠に変わらない。もうこの政権は駄目だ』と。完全に見限りを付けたのですよ。カヤナカ王家自体に」
見限り。
その言葉はアンジェリーナの心を強く貫いた。
「そう心に決めてからのリブスは流石でした。自身の野望を一切隠して、目的達成のためにどんなことでもしてみせる。心に思ってもいないのに、将来裏切るためだけに忠臣として何十年も振る舞い続ける。その精神はなかなかのものだと思いませんか?」
敵に対する評価とは思えないような称賛ぶり。
クリスの問いかけに答える気になれず、アンジェリーナは黙ってクリスの言葉を待った。
「私も同じです。私も、このままカヤナカ王家が変わらなければ、国は決して良くなることはない、とそういう風に考えています。別に今に始まったことではなく、“国王の右腕”を目指すと決めたその日からです」
国王の右腕。
その言葉をクリスから聞いたのはひどく久しぶりな気がする。
あなたの右腕になりたい、と告白されたあのときの衝撃は未だに鮮明に残っているが。
「内部からの改革には限界があります。例えば父なんかはオルビア様が信頼を置く部下にしては、規格外なことをやってのけた人物だとは認められるでしょう。しかし、根本的解決には全く至っていない。表面上だけ取り繕っていても何も変わりはしないんです。その証拠に父は結局、リブスの不正の証拠をその手に掴むことはできませんでしたから。そもそもの体制を大きく変えるためには、時には外から、あるいは多少強引な手を使ってでも動かなければならないこともある。まぁ、リブスのやり方については賛同できかねますがね。さすがに人殺しは自分へのリスクが大きすぎる。詰めが甘いとしか言いようがありません」
辛辣なクリスの言い様にアンジェリーナは思わず面食らっていた。
私も人のことは言えないけれど、クリスもなかなかに実の父親を批判するものだ。
確かに、言っていることはその通りなのだろうけれど――“外”、“多少強引な手”。
クリスは一体?
「もったいつけやがって。多少強引な手ってこのブラックボックスもそうだし、結局お前は何をしようとしてるんだよ?」
アンジェリーナの疑問を代弁するかのように、我慢の限界に達したギルが横から割って入ってきた。
もったいぶるのはクリスの悪い癖。
二人の強い眼差しに、あくまで表情を崩すことなくクリスは口を開いた。
「概ねやろうとしていることはリブスに同じです。“古い体制を崩して新たな体制に生まれ変わらせる”。私は今のイヴェリオ政権を完全に見限ることに決めました」
「は?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
あまりにさらっとクリスが言うものだから。
しかし、それが間違いでないことは、すぐに思い知らされる。
「アンジェリーナ様、私はあなたに新生ポップ王国の国王になっていただきたいと考えています」
クリスの透き通った碧き瞳は無情にもアンジェリーナをまっすぐに捉えていた。
「私と一緒に国王の座を奪うつもりはありませんか?」
――――え?
何言ってんだろう。この人は。
思考が停止したアンジェリーナの頭に真っ先に浮かんだのは、何の感情も伴わない、純粋無垢な疑問だった。
本当に、ただただ理解できなかったのだ。
なぜクリスがそんなことを口にしたのかを。
「おま、自分が何言ってんのかわかってんのか?それじゃあまるで革命じゃねぇか!」
「えぇ、革命ですよ。ある意味では」
唖然として動けなくなったアンジェリーナに対し、感情を爆発させたギルに、クリスは淡々と答えた。
「革命を起こす。リブスはその中心に自分を据えてしまいましたが、私はもっと適任者を据えるべきだと考えています。例えば、“理想の君主”となり得る人物を」
「そんなものに、アンジェリーナを巻き込むんじゃねぇよ!」
「え、そうですか?」
今日初めてともいえる感情の乗った、意外そうな声色で、クリスは首を傾げた。
「私はてっきり、アンジェリーナ様もその気がおありにあるものかと思っていましたが」
「――え?」
身に覚えのない指摘にぽかんとするアンジェリーナに、クリスはナイフを突きつけた。
「だから、城を出られたのではありませんか?今の王宮を、
刹那、アンジェリーナの脳裏によぎったのは昨日の父の言葉。
『障害になりそうなもの、不要だと思うものは容赦なく切り捨てろ』
私が切り捨てたのは、王女の地位のはずだった。
でもそうじゃなかった?
本当に、私が捨てたものは――。
「お父、様?」
記憶の中の父の背が、
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