第240話 6年前の真実
「王家転覆、国家の掌握って――え、じゃあリブスは国を乗っ取ろうとしているってことか!?」
「平たく言えばそういうことですね」
なっ、と唖然として言葉を失うギル。
その横でアンジェリーナもまた、衝撃の事実に目を泳がせていた。
リブス様が裏切り者というだけで頭が一杯だったのに、その目的が王国の乗っ取りだっただなんて。
記憶の中にあるにこやかな笑みを浮かべるリブスと目の前の真実との乖離に、アンジェリーナはめまいを覚えた。
「――さっき、“リブス宰相はすべてを計画した”って言ってたけど、そのすべてっていうのは具体的には?」
「そうですね――」
ここまでのことを言ってなお表情を一切崩すことなく、クリスはうむと顎に手を当てた。
「アンジェリーナ様、国を乗っ取るためには何をする必要があるか、想像できますか?」
「え?いや――」
「直球で申し上げますと王家を打ち倒すことはそこまで難しいことではないのです。王族を殺せば済む話ですから」
「おまっ、本人の前で――」
「ですが、実際はそうも行きません」
食って掛かるギルなどお構いなしに、クリスは淡々と続ける。
「もしもそのような革命じみたことをすれば国民からの反感も相当なものでしょう。カヤナカ家を王座から引きずり下ろすことだけが目的ならばそれでもいいかもしれませんが、自身が国の元首になろうというのならば、どうにかして国民の信用を得る必要がありますからね。では、国民の支持を得つつカヤナカ王家を排除するにはどうすればよいのか」
まるでいつもの勉強会のように話を進めるクリスに面食らいつつ、アンジェリーナはその言葉に耳を傾けた。
「要は、自然に瓦解させればよいのです。あたかも自分は何もしていないように装い、待つ。国民の信用を失い、自滅するのをじっと」
革命をすれば国は乗っ取れても、それは真に国を手に入れたことにはならない。
国とは民があって初めて成り立つもの。
それをリブスは理解しているのだ。
「あぁもちろん本当に何もしないわけではないですよ?幾重にも裏から手を回す必要があります。内からも外からも」
「外――?」
その言葉に、アンジェリーナの心の中に嫌な考えが浮かび上がった。
「まさか、大魔連邦を手引きしたのも!?」
「一応は、そうですね」
一応?
相変わらずのクリスの意味深な発言に眉をひそめつつ、今それを指摘してもはぐらかされるだけだと、アンジェリーナははぁと一つため息をついた。
「ひとまず、“内”のことから説明しましょうか。一番わかりやすいのは先日の多発殺人事件でしょうね」
「じゃあやっぱりあの事件の首謀者は――」
「えぇ。リブスです」
ここまで来ればさすがに予想はついていたけれど、実際に聞くと重みがまるで違う。
アンジェリーナはごくりと唾を飲み込んだ。
「でも、一体どうしてそんな真似を?だって殺されたのは全員リブス派の貴族だったって」
「だからこそです」
アンジェリーナの質問にクリスは続けた。
「王家転覆。そんな所業リブス一人の手では到底成しえません。当然協力者が必要です。それも相当な数の」
「それが、リブス派」
「はい」
リブス派は今や王宮内で最も強い勢力を誇る派閥。
全員でないにしろ、その中の多数が国を裏切るために動いていたと思うと、恐ろしさに体が震えそうになる。
「殺された被害者は全員リブスの指示でその陰謀のために動いていました。リブス派は結束の強い派閥として名高いですからね。中にはリブスに崇拝にも近い感情を持っていた者もいたとか。そんなの、リブスにとっては最高に都合の良い駒に違いなかったでしょう。しかし、駒として見るということはつまり、切ることも造作ないということです」
え。
「計画が最終段階に入り、リブスには自らの野望を知る駒はもう必要なくなった。だから切ったんです」
『切る』――そう一言で言い切ってしまっていいものではない。
アンジェリーナは理解していた。
「そんな、人を物のように――許せねぇ」
「でも、だからって同時にやる必要はあったのかな?逆に疑いがかかりそうな気もするけれど」
「確かに、かなりのリスクは伴いますが、それよりもリターンが多いと考えたのでしょう。そのような派手な事件は国を混乱させるのに適していますし、それに“外”からの撹乱も加わったとなれば効果はてき面でしょう」
また出た。外。
「やっぱりリブスは大魔連邦の襲撃を知っていた」
「具体的な日時まで知っていたかは定かではありませんが、そろそろだということはわかっていたのでしょう」
確かに、あの事件の全容を解決するより前に大魔連邦の襲撃は起こった。
そのせいで現状、王宮は滅茶苦茶に混乱して悲惨なことになっているのだとか。
国民からの厳しい声も増えているのだろうし、これも計画のうちということなのだろう。
「まぁとはいえ、結局事件のほうは“すべてをベイリー大臣に押し付ける”ことに成功したわけですし、そもそもリスクなどないに等しかったのかもしれませんが」
「「え」」
またもや軽く投げ出された新事実に、アンジェリーナとギルは固まった。
「言ってませんでしたっけ?ベイリー大臣の遺書に“事件の首謀者は自分だ”と書かれていたと」
「聞いてねぇよ!」
あれ、おかしいですねと目をぱちくりさせるクリスに、ギルがたまらず食って掛かる。
「え、それ、怪しさ満点じゃん!本当に自殺だったのか?」
「検死ではそうだと」
検死では、か。
さっきもクリスは自殺かどうかについて曖昧な返答をしていたけれど、やっぱり何かあるのは確からしい。
『押し付けた』って口ぶりからしてもう何となく予想はできてしまうけれど。
「それで、アンジェリーナ様が気にしておられる“外”からの問題ですが――リブスと大魔連邦が完全に繋がっているかというと、それは微妙なんですよね」
「え?」
一向にペースを崩すことのないクリスの転換の速さに目を回しそうになりながらも、アンジェリーナは前のめりになってクリスの話に耳を傾けた。
「それはどういう?」
「要は、別にリブスと大魔連邦が直接やり取りをしているわけではないのですよ。何しろここは鎖国ですからね。外国、それも大海を挟んだ国と連絡を取り合うなど不可能に近いことですから」
「でも大魔連邦の襲撃の、大体の時期はわかってたんでしょう?それはどうやって知ったの?」
「先ほど父が話した通りです。『ポップ王国が外国と不正をするのならばその窓口はポーラしかあり得ない』」
また出た。ポーラ共和国。
「じゃあつまり、リブスの協力者がポーラにいるっていうこと?その人が大魔連邦をポップ王国に手引きした張本人で――もしかして、過去のリブス派の横領とかも、その人が関係していたり?」
「おそらくそうでしょう。ポーラ共和国の何者かが大魔連邦とリブスの仲介役をし、リブスは間接的に大魔連邦に接触することができた」
ポーラ共和国にいる協力者。
一体誰なんだろう。
横領の件から考えると外務省の役人?そういえばリブス様は前に長らく外務大臣も務めていたけれど。
「あともう一つ。アンジェリーナ様、ギルさん、お二方が裏切り者についてお気づきになったのは6年ほど前の話なのでは?」
「「え?」」
「やはり」
突然の切り替えに混乱する頭の中、何かが引っ掛かった。
6年。6年――。
刹那、脳内に忘れもしないあの日が映る。
裏切り者の存在に初めて気づいた、いや教えられたあの日。
「ねぇクリス、そういえば裏切り者の正体がリブスだって確証を得たのは6年くらい前だって言ってたけど、それって何かきっかけがあったってことでしょう?――もしかしてヤルパ戦争?」
その言葉に背後でヒュッと息を飲む音が聞こえた。
「はい。その通りです」
やっぱり。
案の定の返答にアンジェリーナは静かに目を瞑った。
「じゃ、じゃあジュダさんが言ってた裏切り者ってのもリブスだったってことか!?」
「ジュダさん?」
そのギルの発言に一瞬首を傾げ、しかしすぐにクリスはあぁーと頷いた。
「なるほど。ずっとお二人がどのようにして裏切り者の存在に気づかれたのか気になっていたのですがそうでしたか。確かにジュダさんは聡い方でしたからね。納得です」
「クリス、それじゃあ本当にヤルパ戦争にリブス宰相が関わっていたってこと?」
「えぇ。というよりも、ヤルパ戦争はそもそもリブスが“企てた”に等しい案件ですから」
え。
「は?なんだそれ」
「どういうこと?」
聞き捨てならない言葉に、アンジェリーナとギルは二人揃ってクリスのほうへ身を乗り出した。
「王国を乗っ取るという野望を掲げていたリブスにとって、ポップ王国に因縁のある大魔連邦は欠かせない存在でした。どうしても繋がりが欲しい。しかし相手は世界一とも名高い大国。そんな国にちっぽけな鎖国の一大臣が交渉を持ちかけるなんてことできるはずがない。しかしリブスは執念深い人物ですから、そこで諦めたりはしなかった。ポーラに人脈を作りどうにかこうにか大魔連邦と間接的に繋がることに成功したのです。ですがまぁ、大魔連邦にとってみれば、ぽっと出のリブスを信用する筋合いはないですからね。だからこそ、リブスは向こうの信用を何としてでも得る必要があった。自分は国を裏切る準備ができていると示す必要があったのです」
クリスはあくまで淡々と続けた。
「リブスは裏から手を回し、ヤルパ王国の国王およびその側近に接触することに成功しました。そしてこう持ち掛けた。『ポップ王国に戦争を仕掛けないか』と」
そのとき、心臓がどくりと大きく音を立てた。
戦争を、仕掛けないか?
「つまり、リブスは初めからヤルパ王国と繋がっていた――」
「あ!?あいつ確か戦争反対派じゃなかったか!?どの口が!」
「リブスは大魔連邦からヤルパ王国へ、少額ではありますが資金援助をしてもらうよう交渉することに成功しました。ヤルパ王国はその資金でもってフォルニア王国から武器やら何やらを買い、そして戦争を仕掛けた。ジュダさんを襲った例の奇襲ミサイルもその内の一つです。もちろん、ヤルパ側に兵士の居場所を教えたのもリブスでしょう。まぁ本人が直接教えたわけではないでしょうが。以上のことをもって、リブスは大魔連邦に、『ほら、自分は堂々と国を裏切りましたよ』と伝えたわけです」
クリスの抑揚のない声が部屋に響く。
「それから、ヤルパ戦争がどのように終結したのかもちろんお二人はご存じでしょうが、それにもミソがあって――先ほども申し上げた通り、ヤルパ戦争はいわばリブスが大魔連邦の信用を得るために企てた戦争でした。つまり裏を返せばヤルパ戦争を起こすこと自体が目的だったのであって、その結果はどうでもよかったのです」
「は?」
意味のわからない発言の連続に、思わず口から声が漏れる。
「ヤルパ王国にはもともとポップ王国を倒せるほどの力はありませんでした。それは大魔連邦から資金援助を受けたとしても変わらない現実でした。ですので、リブスはヤルパ側に初めの奇襲に成功したら、『適当なところで降伏するよう』伝えていたのです。それ以上、無駄な被害を出さないために。そしてポップ王国に降るその代わりに、ポップ王国に吸収された後も今までとほとんど変わらぬ自治政治ができるように根回しすることを確約したのです」
「待って、それじゃあ」
アンジェリーナはすでに熱くなっている頭を高速回転し、一つの真実を導き出した。
「ねぇギル、覚えているでしょう?例の殺人事件で殺された中に、ヤルパ王国の元国王がいたの。あれ、ずっとどうして?って疑問に思っていたけれど、本当は――」
「そもそも捕まってなんていなかった。なぜならリブスのおかげでそいつは戦争前と同じように、裏でヤルパ領を統治していたから!」
ようやく点と点が繋がった。
しかし――。
「ご推察の通り、ヤルパ王国の元国王モンドリオール7世はヤルパ王国がヤルパ領となってからも、裏で領地統括を行っていた。実際にはもともと側近だったバドラス領主補佐官を通じて、ですが。領主のトリス様は領主とは名ばかりの“はりぼて”に過ぎなかった。なにせ、トリス様もリブス派の立派な一員ですしね」
「なっ!つまり、すべてはリブスの手のひらの上だったってことか!?」
「えぇ。ですので、ヤルパ戦争は初めからいわば“出来レース”だったんですよ。リブスの野望達成のための」
そのとき、アンジェリーナはその腹の底から、今までに感じたこともないような熱が湧き上がってくるのを感じていた。
自らの野望のため?そのために戦争を起こした?
冗談じゃない。
その一回の戦争でどれほどの人の命が失われたことか。
そんなことのためにジュダは死ななければならなかったの?
それに殺人事件のことだって、邪魔になったから自分に付いて来てくれていた部下を殺す?
「間違っている。絶対に。絶対に、許せない――!」
怒りに震える自分の拳をぐっと握り締め、アンジェリーナはそのとき初めて自らの敵を明確に目に据えた。
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