第231話 死の真相
国防大臣マックス=ベイリーの死。
その事実は瞬く間に王宮に広がり、多くの者に波紋をもたらした。
一方で、国民への情報開示は伏せられることとなり、王宮内では
有力貴族の多発殺害、大魔連邦の奇襲、法皇殺害、宣戦布告に次ぐ今回の事案。
いつ戦争が始まるかもわからない恐怖と不安に駆られる人々の心には、早急な事態の収束を切望する思いと、国王に対する不信感が確かに生まれていた。
しかし残念なことに、広まった事実がすべての真実を語っているとは限らない。
――――――――――
「まさか、そんなこと、あり得ない――!」
いつにも増して感情をむき出しにするリブス。
それに相反するように会議室は不気味なまでに静まり返っていた。
6月2日。
大魔連邦の奇襲後二回目の緊急閣議。
本来であれば大魔連邦の要求について議論を重ねているはず。
しかし、議題はそれとはかけ離れたものだった。
「法務大臣、続けろ」
「はい」
沈黙を破るイヴェリオの低い声が部屋に響く。
「えー、それでは引き続き、ベイリー大臣が自殺した件に関しまして、ご報告致します」
そう。伝えられない真実というのがまさにこれだ。
ただでさえ人が死ねば事件になる。
それが大臣ともなれば大事件に。
“自殺”となれば特大事件に。
「昨日の午後2時頃、閣議不参加を受け、王宮にすら姿を現さないことを不審に思った大臣側近がベイリー大臣の邸宅へ連絡。電話に出た使用人が部屋を確認したところ、ベイリー大臣が首を吊った状態で死亡しているのが見つかりました。部屋には争った形跡などはなく、遺体にも抵抗した形跡が見られなかったこと、また付近から遺書が見つかったことなどから自殺と断定されました」
首つり自殺か。事件性もなし、と。
数日前に王宮で会ったときはそんなことをする素振りなど、微塵も感じられなかった。
まさか大魔連邦の敵襲の直後、こんなことになろうとは。次から次へと。頭が痛くなる。
一体、何があったというんだ。
「昨日はそもそも大臣は皆、式典準備のため午前中には王宮に来ることになっていたはずだ。なのにベイリーはなぜあの時間まで自宅にいたのか。使用人は不思議に思わなかったのか?」
「それが、一度は予定通りに家を出て王宮のほうに顔を出したそうなのですが、その後『忘れ物をした』と帰宅したそうで」
「何時頃にだ?」
「使用人いわく、12時前には戻ってきていたと」
イヴェリオはその質問の答えに、口元に手を当てた。
ということは、ベイリーは朝の時点では自殺する気など毛頭なかったのか。
だが正午頃、帰宅したときにはすでに心を決めていたはずだ。
でなければあの混乱の只中、王宮を後にするはずがない。
その間に、気が変わったとするならば、その原因は――。
「つまり、すべては奇襲事件が起こった後というわけですね」
そのとき、唐突に長机の端のほうから声が上がった。
「何が言いたい?ミンツァー大臣」
意味深な発言に、リブスがギロリと鋭い視線を飛ばす。
「別に深い意味はありません。ただ、一度王宮に足を運んだということは、その時点ではまだ自殺するつもりはなかったということでしょう。実際、国防院の役人いわく、式典準備はきちんと進めていたようですしね」
あくまで淡々と、クリスはそう答えた。
相変わらず表情が読めない。
しかし、その様子は今のリブスの神経を逆撫でしたようだった。
「はっきり言ったらどうだ?貴殿が気にしているのは遺書のことだろう?」
「では、質問させていただきます。先程内容については提示していただきましたが、『先の15都市多発殺人事件について、指示をしたのは私だ』という遺書は、本人が書いたもので間違いないのでしょうか」
「筆跡鑑定の結果、間違いないかと」
「なるほど」
法務大臣の答えを受け、クリスはリブスのことなど何ら気にするようすもなく、ふむふむと言葉を続けた。
「となると、遺書の内容を文面通りに取るのであれば、ベイリー大臣は大魔連邦の奇襲を受け、何らかの心変わりをし、あるいは心的に追い詰められ、自殺をしたことになりますね」
「ミンツァー大臣!」
ついに我慢の限界が来たのか、リブスは声を荒げ、机を叩いた。
「まさか、本当にベイリーがあの事件を企てたとでも?」
「今のところはそう考えるより他ないですよね」
「貴様――!」
「リブス、一度落ち着け」
イヴェリオが一声諫めると、リブスは怒りの収まらない様子ならがも、口を閉ざして背もたれによりかかった。
――本当に、クリスもクリスだ。
殺伐とした空気の中、イヴェリオはため息をぐっと堪え、口を開いた。
「ベイリーの件は私としても寝耳に水だ。信じたくはない。だが、もし遺書に書かれていることが事実なのだとすれば、厳しく追及し罪に問わなければならない」
その発言に視界の端、リブスの体がピクリと動く。
「ともかく、事件の詳細は軍からの報告待ちだ。法務大臣、軍のほうには、先の多発事件との関連についても十分よく調べるように指示してくれ」
「はい」
「宰相。ベイリーが自殺だという事実は皆には伏せておく。大魔連邦のことでただでさえ混乱が広がっているからな。これ以上情報をかき乱すのはよくない。情報統制を頼むぞ」
「――はい」
情報が錯綜し、混乱している今だからこそ、上はどっしりと構えて下の者の不安を解消しなければならない。
しかし見たところ、ベイリーの死は大臣たちにも多大な動揺を与えたようだ。
大魔連邦が提示した期限まであと一週間もないというのに。
とてもではないが、一致団結には程遠い。
「では、次の議題を――」
――――――――――
閣議終了後、会議室から出たイヴェリオはふぅと息をついた。
今日も長かった。
ベイリーの件に始まり、デュガラの対応、大魔連邦の動き、最後通牒の返答に対する協議。
意見が出ても結局どこかで対立し、結論には至らない。
答えを出すときは迫っているというのに――。
「イヴェリオ様」
その声に顔を上げると、先に部屋を出たはずのクリスが駆け寄ってきた。
「どうしたクリス?」
「少し、この後お時間よろしいでしょうか?お話したいことが」
そういえば今日のクリスはやけに積極的だったような気がする。
いや、普段から発言する奴ではあるが、今日のように他人の発言に口を挟んだり、許可なく声を上げることは珍しい。
『ベイリー大臣は大魔連邦の奇襲を受け、何らかの心変わりをし、あるいは心的に追い詰められ、自殺をしたことになりますね』
あの発言。つまるところクリスはこう考えているわけか。
ベイリーが大魔連邦と何らかの関わりがあったのではないかと。
「わかった。執務室で話そう」
果たして、この男はどこまで知っているのか。
イヴェリオは終始表情の変わらないクリスを一瞥し、その腹の底に在るものを疑った。
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