第230話 嵐は嵐を呼ぶ
『魔歴1718年6月1日、
大魔連邦の名のもとにポップ王国に対し以下の要求を通告する。
1. 魔歴1630年、本国と貴国との間に勃発した戦争(以下ポップ大戦と略)についてその否を認め、速やかに降伏の意思を示すこと。
2. 本国と同盟関係にあるシガリア王国への一方的な侵攻(以下シガリア侵攻と略)の否を認め、速やかに領地から撤退すること。
3. シガリア侵攻およびポップ大戦により被害を被った全ての人民に対し、国王の名のもとに謝罪を行うこと。
4. シガリア侵攻およびポップ大戦に対する本国への賠償金を支払うこと。
5. 公海たるラウンド洋に無断で結界を築いたことにより発生した、本国の損失に対する補償金を支払うこと。
6. 4.5.を含めた諸事に関して、直接的な交渉の場を貴国に設けること。その子細な場所および日時を提示すること。
7. 6.に際して、本国より派遣する特使を丁重に迎えること。および特使船の領海内における航行を許可すること。
8. 以上の全ての項目に同意する旨を速やかに公表すること。
本文書は魔歴1718年6月8日を期限とし、その期間のみ効力を持つものとする。
期日までに全ての要求が満たされなかった場合、本文書を貴国に対する最後通牒とし、以後いかなる交渉にも応じないものとする。』
――――――――――
「こちらが本日大魔連邦より送られてきた最後通牒の内容になります」
公務棟会議室。大臣たちにずらりと囲まれた長机の中央、一枚の紙が置かれた。
傍から見れば何の変哲もない薄っぺらな紙に見えるだろう。
しかし、今そこにあるのはこの国の命運そのものなのだ。
「馬鹿馬鹿しい。何が最後通牒だ」
大臣の一人が机を叩く。
「そもそも勝手に国境壁を壊し、奇襲を仕掛けたのは大魔連邦のはずだ!それを一方的にこちらの否とするなど、言語道断!許されることではない」
「だが事の発端を言えば、先に手を出したのが我々なのも事実。シガリア侵攻は確かに不当と言わざるを得ない」
「しかしそれは――」
「落ち着け!」
大臣たちが次々に口火を切る中、宰相リブスの鶴の一声が響いた。
「国王様が許可する前に発言をする者がいるか!それも稚拙な口論などもってのほか!」
顔を見合わせ静まり返る面々を睨みつけたのち、リブスはどうぞと言わんばかりににこりとこちらに顔を向けた。
会議室はいつも息が詰まる。
なぜなら各々の思惑が渦巻き部屋に満ち満ちて、頑張って息をしなければ飲まれてしまいそうになるからだ。
イヴェリオはすぅっと大きく息を吸い、口を開いた。
「やらなければならないことは山ほどある。何をどう優先順位を付けて処理していくのか判断しなければならない。まず今するべきことは正確な状況の把握だ。その上で現状の問題を見極め、適切に対処する必要がある――リブス、報告を」
「はい」
イヴェリオの呼びかけにリブスはその場にすっと立ち上がった。
「まずは今朝の奇襲に関しまして、証言と現場検証の結果、侵入したのは大魔連邦国軍、特殊行動隊を名乗る11名であると断定されました。そのうち主犯は参謀長ライ=アザリア。尋常魔法を用い、法皇を攻撃・殺害した張本人です。また、大広間の周りで警備に当たっていた複数の兵士の行方がわからなくなっています。11名の侵入経路は不明。ですがおそらく何らかの魔法によって転移してきたものと推測されます」
「その証拠は?」
「王城のいかなる出入口においても目撃情報が一切なく、また大広間にいた客人の中から、急にどこからともなく黒いローブ姿の男が現れたという証言が上がっているため、現時点ではそう推測されています」
魔法による転移――アンジェリーナが習得したという“テレポート”の類か?
いや、だとしても疑問は残るが。
続きまして、とリブスは次の説明に映った。
「同じく今朝方発生しましたデュガラの兵士失踪について。これに関しましては現在鋭意調査中とのことで、詳しい情報はあまり入ってきておりません。ですが聞くところによると、つい昨日まで領主が入れ替わっていた可能性があるとか――まぁにわかには信じられませんが。ともかく領主のジェシスに詰問しているところです」
デュガラの兵士失踪、領主の入れ替わり。
大方アンジェリーナから聞いた内容と一致している。
「続いて、えーラウンド洋上の国境壁に関しまして、現在事実確認を進めているところではあります。が、当のイシュカ岬観測所との連絡が今朝から途絶えており、確認に時間がかかっております。また先日発生した“15都市多発領主殺害事件”に関しましても、今回の奇襲との関連性は未だ判明しておりません」
進展のない情報の連続に、大臣たちが眉をひそめる。
「最後に、本日正午過ぎに送られてきた文書について。差出人は不明。文書は速達形式で隣国ポーラ共和国から送られてきました。内容は先程提示した通り。大魔連邦からポップ王国に向けて宛てられた最後通牒と見て間違いないでしょう。ゆえに、おそらく大魔連邦からポーラを経由してこちらに発送されたと考えられます。現在、ポーラのほうに文書配達の経緯を伺っていますが、正確なルートが判明するかは怪しいと思われます――以上が現在判明している情報になります」
そう言うと、リブスは静かに席についた。
「ではまず、奇襲の件に関して意見を――外務大臣」
挙げた手をすっと下ろし、外務大臣が立ち上がる。
「先程宰相殿の報告に“魔法による転移”とありましたが、それはいかがなものかと。何せ、この王城の周りには強固な結界が張られていますから。たとえポップ魔法と理の違う尋常魔法であっても、それを破るのは容易ではないはず。現に奇襲後に確認させましたが結界は傷一つなく、無事だったそうですし」
「私の報告が誤っていると?」
「い、いえ、そんなことは――ただ、魔法による侵入の可能性を考えるよりもまず、内部の協力者に招き入れられた可能性を考えたほうがよいのではないかと思いまして」
リブスの鋭い視線に気圧されたのか、外務大臣は尻すぼみにそう言うと、力なく椅子に腰を落とした。
この男、仕事はできるのだが何とも心許ないところがある。
が、指摘していることはもっともだ。
首都ミオラ、ビスカーダ城の周りには強固な結界が張られている。
実際、それがどの程度の強度のものなのかについては、破られたことがないため判別することはできない。
しかし、禁断の森から湧き出るポップ魔力を間近で得られる環境において、この結界はラウンド洋の国境壁を除けば、国内で一番の強さを誇るだろう。
「確かに、魔法による侵入を疑う気持ちはわかる。当然内部に協力者がいないかどうかも疑うべきだろう。ただ、今回に至ってはその考えは通用しないのかもしれない。なにせ、例の国境壁がすでに破られている可能性が高いというのだからな――それに、侵入に関しての証拠は不明瞭だが、敵が城を出る際に魔法を使った可能性が高いことはわかっている」
「本当ですか!?」
そのイヴェリオの発言に、リブスが驚いた声を上げた。
「それはどこの筋から?こちらには報告が――」
「アンジェリーナ様ですか?」
落ち着いた声に目を遣ると、案の定そこにはクリスの姿があった。
刹那、持ち上がった王女の名前に場が異様な空気に包まれる。
「王女様――なるほど確かに、現場にいらっしゃったとお聞きしました。なぜなのかわかりませんが」
リブスの意味深な発言に、大臣たちが目を泳がす。
今朝までデュガラにいたはずのアンジェリーナがなぜか首都ミオラの王城におり、なぜか大剣を携えていたことを、この者たちはすでに知っているはずだ。
だからこそ、皆そのことについて問いただしたい気持ちで一杯なのだろう。
だが下手に口火を切って国王の癇に障るのが怖いため、誰も切り出さない。
「アンジェリーナの件だが、報告を聞いて困惑した者がほとんどだろう。今までは彼女の安全のため秘匿していたが、敵側に知られてしまった以上、この場で隠していても仕方がないことは承知している」
イヴェリオの言葉に大臣たちが息を飲む。
もう隠していても仕方がない。先へ進むしかないのだ。
イヴェリオはふぅと息をつき、背筋を伸ばした。
「アンジェリーナは時の宝玉の一角、時の宝剣の使者だ」
その真実を予想していた者がこの中にどれほどいたのだろうか。
ざわめき広がる様子を見て、イヴェリオは静かに目を閉じた。
あろうことかこの国の王女が伝説の時の宝剣の使者であると告げられたのだ。動揺しないほうがおかしい。
だが同時に納得もいったはずだ。
瞬間移動にあの大剣。これで説明がつく。
あと、それからそうだ。
アンジェリーナから聞き出したことも重要事項についても告げておかなければ。
「加えてもう一つ。敵のリーダーと思しきライ=アザリアもまた、時の宝玉のうち時の星杖の使者である可能性が高い」
「なっ!?」
混乱に混乱を塗り重ねるような情報に、思わずリブスが立ち上がった。
「で、では、いや、そうならば城を簡単に出入りできたことに説明がつく。時空間を操るという時の宝玉使いであれば――」
「この件は、最重要機密案件だ」
イヴェリオの低い声に、場が一気に静まり返る。
「アンジェリーナのことが知られれば、それを利用しようとする者が必ず現れる。敵側でなくてもだ。ゆえに彼女はこのまま城に軟禁する。異論はないな?」
全員が頷くのを確認し、イヴェリオは先を続ける。
「ライ=アザリアの件に関しては、軍の上層には伝えるべきだろう。だが、下手に情報を流してはかえって混乱させるだけだ。情報統制は厳密に頼む――と、国防大臣に伝えてくれ」
「はい」
そうリブスに伝えつつ、イヴェリオはその隣の空席に目を向けた。
閣議は基本、国王と全大臣が揃って初めて開かれる。
だからこの長机に空席が出るはずがない。
だが――。
「ベイリー大臣は一体何をしているのか。国の一大事だというのに、これは罷免相当の行為だ!」
ここぞとばかりに声を荒げるリブスをちらりと見、イヴェリオはため息をついた。
ベイリー国防大臣。
政務にはいつも熱心に取り組んでおり、閣議などの重要な会議には一番にやって来ていたほどだ。
それが今日になって一向に現れる気配がない。
確か自領に戻っている予定などなかったはずだが。
第一、今日は何事もなければ戦勝記念日の式典があったはず。
当然大臣も出席を義務付けられている。
急を要するため、向こうからの連絡を待たずして閣議を始めてしまったが――。
何かが、おかしい?
「ベイリー大臣といえばリブス宰相。例の領主殺害事件ですが、その被害者全員、元リブス派だったそうじゃないですか」
そのとき、唐突に大臣の一人が声を上げた。
一気に視線がそちらに集まる。
「しかも、聞くところによるとベイリー大臣も元リブス派だったそうで。いやぁ驚きましたよ。耳を疑いました」
「――何が言いたい」
やけに回りくどい言い草。
目に見えてリブスの苛立ちが高まっているのがわかる。
「宰相殿とベイリー大臣の不仲は有名です。現在二大派閥として保守派と革新派に分かれていることからしても、明確な対立があったのでしょう。それゆえに、軋轢も生まれたはず」
こいつ、何が言いたいんだ?
場に、不穏な空気が流れる。
「要は、領主殺害事件の黒幕ですよ。ベイリー大臣が関係している可能性も追うべきなのでは?」
「なっ!?」
突拍子もないその発言に、リブスはがたりと音を立てて椅子から立ち上がった。
同時に、大臣たちの間にも動揺が広がる。
イヴェリオもまた、目を丸くして大臣を見つめた。
「いい加減にしろ!いくら私に恨みがあったとしても人としての道理を外れるほど、落ちぶれているわけじゃない。これは国防大臣に対する明らかな侮辱だ。撤回しろ!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにするリブスを前に、イヴェリオは眉間にしわを寄せた。
確かに先の多発殺人事件の被害者には、リブス派という共通点があった。
それにベイリーが元リブス派だったという、今までほとんど明るみに出ていなかった事実が、王宮内に一気に広がり動揺をもたらしたのも確かだ。
その際にリブスに反感を持つベイリーが今回の事件を企てたのではないかという馬鹿げた噂が持ち上がったのも事実。
だが、それはあくまで根拠のない戯言に過ぎない。
それをこのような公的な場で、しかも当事者であるリブスを目の前に追及するなど普通では考えられないことだ。
リブスが激昂するのも当然と言える。
しかしながら――。
イヴェリオはリブスの非難を一身に浴びる男に目を向けた。
今発言をした、ニスト農務大臣。つい4月に着任したばかりの新任だ。
歳もまだ30代後半でどこの派閥にも属していなかったはず。
外務大臣補佐等々、重要な役職を務め上げた実績から大臣に任命したが、果たしてこんなにも攻撃的な物言いをする男だったか?
一体何が狙いだ?
リブスを挑発して何になる?
閣議というものはどうしてこうも荒れるのか。
はっきり言ってこんな諍い放っておきたいものだが――とはいえ、そろそろ次の議題へ行きたいもの。
「そこまでだ。二人とも席に着け――」
口論を続ける二人を諫めようとした、そのときだった。
「し、失礼します!!」
突如、バタンとドアが開かれ、男が一人飛び込んできた。
「なんだ!?今は会議中だぞ」
「そ、それが――」
息も絶え絶えに、その男は言い放った。
「先程連絡があり、ベイリー国防大臣が王都内の自宅にて死亡しているのが発見されたそうです!」
誰もが声にならない声を上げ、目を見開いた瞬間だった。
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