第228話 親子の対面
運命が動き出すのは、いつも突然だ――。
いつにも増して眉間のしわを深く刻み込み、苛立ちを滲ませて、イヴェリオは足早に廊下を歩いていた。
途中、何人もの役人に声を掛けられ、何人もの使用人に目を丸くされたが、今はそれを気にしている余裕はない。
とにかく、時間がない。
イヴェリオは目的の部屋の前に立ち止まると、上がる息をそのままに、ドアを素早くノックした。
「入るぞ」
向こうの返事も待たずに乱暴に扉を開けるとそこには、待ち望んだ来訪者の姿に目を輝かすアンジェリーナの姿があった。
「お父様――」
「時間がない。手短に話す」
言葉を遮るように簡潔に言葉を発し、イヴェリオは机を挟み、アンジェリーナの対面に腰かけた。
「間もなく閣議が開かれる。本当はこんなところに来ている場合ではないのだが」
「――はい」
大魔連邦による奇襲から一時間余り。
事態は混迷を極めていた。
突然の侵入に法皇の殺害、加えて宣戦布告。
ありとあらゆる想定外の出来事が一気に起きすぎている。
しかもそこになぜか王都より遥か東、デュガラにいるはずの王女の姿があったのだというのだから頭が痛くなる。
そこに更なる爆弾が投下された。
なんと、その王女が見知らぬ大剣を携えていたというのだ。
それもただ持っていただけではなく、華麗な動きで兵士を制圧していたと。
駆けつけた兵士たちはさぞやその状況に混乱したことだろう。
何せ、それは今まで明るみにされていなかった事実、隠し通しておかなければならない秘密だったのだから。
状況が状況。
もともと護身のために訓練させていたわけだし、今回の使用をアンジェリーナに咎めるつもりはないが。
こうなっては時の宝剣とその使者について、説明するほかない。
たとえそれがアンジェリーナをきつく縛り付けることになろうとも。
「聞きたいことは山ほどある――が、今は最低限のことだけ聞こう。嘘はつくな。誤魔化したりもするな。どうせここには私とお前しかいない」
「――はい」
アンジェリーナの面持ちがいつもより強張って見える。
突然敵に相対した恐怖も少なからずあるのだろうが、それよりも事態の深刻さをひしひしと感じ取っているのだろう。
あるいはこちらからの情報を欲しがっているのかもしれない。
「まずは、だ。どうしてここにいる?お前はデュガラにいるはずだ」
「それは、今朝方、視察隊の護衛兵が全員いなくなっているのを発見して――」
アンジェリーナは今朝起こった出来事について
護衛兵の消失、禁書、偽の領主の存在、洗脳魔法――。
にわかには信じがたいその事実に、イヴェリオは鼓動が早くなるのを感じた。
そして何より、アンジェリーナがそこまで理解し、推測した上で事を起こしたということに驚きを感じずにはいられなかった。
アンジェリーナは何も衝動的に宝剣の力を使い、無断でデュガラを抜け出したわけではない。
むしろ、敵の潜伏先となっていたあの地に留まるほうが危険まであっただろう。
「事情はわかった。ひとまず、この件については私のほうから大臣たちに釈明しておこう。ただし、ある程度は使者の能力について明かさなければならない。意味は、わかるな?」
イヴェリオの言葉にアンジェリーナは口をぎゅっと結び、こくりと頷いた。
「時の宝剣の使者は、過去の戦争において国を救う重要な役割を果たした存在だ。だが、それと同時に国に利用された存在でもある。王女という特別な立場ゆえ、今回ばかりは事情が異なるが、それでも利用したいと思う奴は大勢いるだろう――よって、お前の自由を制限させてもらう」
「え」
「まさか、軟禁?」
「ならどうした?」
案の定、アンジェリーナの顔に見る見る間に非難の色が広がった。
「毎回思うけど、極端すぎない!?」
「事態だ事態だ。お前はここでじっとしていろ」
よもや父親に向ける顔ではないだろうに、本当にこいつは――。
このことをこれ以上議論しても仕方がない。
イヴェリオはちらりと時計を見た。
「それより、お前のほうこそ聞きたいことがあったんじゃないのか?ないならもう行くが――」
「ま、待って!」
強制的に話題を変えられたことが納得できないのだろう。口が尖っている。
だが、こいつだって事の優先順位はわきまえている。
またこの機会を逃せば、次いつ情報を入手できるのかわからないことも心得ているはずだ。
アンジェリーナは口に手を当て数秒考え込むと、質問を絞り出した。
「大魔連邦が表明した正式な宣戦布告の内容、それから私が保護されてから侵入者の件がどう事後処理されたのか、知りたいです」
「二つか――まぁいい」
真剣なアンジェリーナの瞳を見つめ、イヴェリオは口を開いた。
「まず、宣戦布告について。確かにお前がライ=アザリアから聞いた通り、奇襲とほぼ同時刻、大魔連邦から王宮に“最後通牒”が送られてきた。」
「最後通牒?」
「要は、最後的な要求を示し、一定期限内にそれが受け入れられなければ実力行使をするといったことが書かれた外交文書のことだ。最後通告とも呼ぶが」
「その、最後的要求というのは?」
「悪いが、教えられない」
その言葉に、アンジェリーナの表情が引きつる。
「国家機密だ。たとえ王族だろうが、お前は政治に関わることのできる立場ではない。当然のことだ」
そう冷たく言い放ってもなお、アンジェリーナはこちらを睨んだままだった。
だが、内心予想していたことでもあったのだろう。
特に文句を言うことはなく、アンジェリーナはわかりました、と不満げにこぼした。
「では、二つ目の質問について。事後処理、か。どこから話すべきか――お前はどこまで知っている?」
「ほとんど何も。あの後すぐに兵士の人に保護されて、あれよあれよと気が付いたら自室に戻っていたし」
なるほど、そうか――。
「お父様?」
何か先程までと異なる様子があったのだろう、アンジェリーナが訝し気に首を傾げている。
いや、ここで躊躇っていても仕方がない。
ふぅと息を吐き、イヴェリオは静かに話し始めた。
「お前が保護されてから、まずは大広間内の客人の安全確保、および周囲の索敵が行われた。が、すでに敵の痕跡は消えていた。その後客人の避難誘導が行われ、初期捜査が始まった。報告によれば、侵入した敵は11人。証言から全員、大魔連邦の兵士であることがわかっている。侵入経路は不明。城全体の捜索も行われたが、すでに逃亡したものと見られている。現時点で逃走経路も不明だ。また、今回の奇襲により法皇の死亡が確認された――お前も目撃したんだな」
「――うん。ライさ、ライ=アザリアの杖から出された閃光によって、貫かれて」
そう言って、アンジェリーナは目を伏せた。
アンジェリーナにとって、親族の死を目の当たりにするのはこれが初めてだ。
それが、まさかこんな形になろうとは。
私がアンジェリーナとの接触をできる限りさせないよう気を配っていたから、一緒に過ごした時間があまり多いわけではないが、それでも、アンジェリーナにとって大切な存在だったことには違いない。
「検死の結果、死因は高電圧に当てられたことによる感電死。心臓がショックを起こし、即死だったとのことだ。お前が言った通り、証言から敵のうち、参謀長を名乗るライ=アザリアの犯行であると断定された。また、広間内にいた警備兵全員が、鎖のようなもので床に拘束されているのが発見されたことについても、ライ=アザリアの攻撃によるものと思われている」
「あ、その人たちに怪我は?」
「いや、これについては、増援の突入後まもなく自然に解けたそうだ。目立った怪我もなく」
「なら良かった」
「そしてもう一人――」
そこでイヴェリオは言葉を切り、目をつむった。
そして、苦虫を噛み潰したような表情でアンジェリーナの目を見つめたのだった。
「王女付き近衛兵ギルに関して、奴に王女殺害未遂の嫌疑がかけられた」
「は?」
部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。
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