第224話 少女は深淵に触れる
『時の宝玉――
創造神マリナによって作り出されたとされる宝具。
しかしその明確な起源は謎とされており、歴史上においてもその存在は度々ひた隠しにされているため、魔界の人間でもその名前を聞いたことがある者は少ないだろう。
そこで本書では、伝承、史実、また筆者独自の考察をもとに、“時の宝玉”とその歴史、およびこの先の魔界における役割について議論する――』
「やっぱり、この本だ」
巻頭のはしがきを一読し、アンジェリーナはぼそりと呟いた。
なにせ10年ほど前のこと。
一回読んだだけの本の内容など覚えていないのが当たり前なのだが、当時の衝撃がよほど強かったのだろう。ページをめくるごとに、ありありと記憶が蘇ってくる。
しかし、同時に疑問に思うのは――。
「なんでこんなものがここに?」
「え、これそんなにまずいものなの?」
「まずいどころの話じゃないよ!こんな、最上級の禁書!!」
「最上級?」
首を傾げるギルをちらりと見、アンジェリーナは本から顔を上げた。
「禁書にもランク付けっていうものがされていて、大きく三つに分けられているの。ランクⅠは、王宮の許可を得た貴族ならば所有しても良いレベルのもの。ランクⅡは、王宮でのみ管理することが許されたレベルのもの。そしてランクⅢは――国内に持ち込むことが一切禁止されているレベルのもの」
「と、いうことは、この本はランクⅢ?」
「そう」
「つまり、今ここにある時点で大問題ってこと?」
「そういうこと」
「えぇっ!?なんで?大変じゃん!」
ここでようやく事態の深刻さに気づいたのか、ギルの大声が部屋に響いた。
反応が一拍遅れているんだよなぁ。
今さらだから気にしないけれど。
アンジェリーナは再び手元の本へ目を落とした。
「この本は、時の宝玉についてとても詳しく書かれていて、その上、ポップ大戦のことにも触れている。まさに国の重要機密そのもの」
「っていうか、お前はなんでそんな劇物を読んだことがあるんだよ」
「え?昔、古本屋の店主に見せてもらったことがあって」
アンジェリーナはぱらぱらとページをめくりながら、本の中身をさらい始めた。
「はぁ!?どこの古本屋だよ。そんなの軍に見つかれば即処刑ものだろ!」
「うーん、どこまで読んだんだっけ?記憶が曖昧すぎる」
「昔っていったって――待て、そういえばお前、ずっと外出禁止だったよな?それ、いつの話だ?」
「えー?たしか10年前?」
「10年!?そんな前のこと覚えてたのか?記憶力良いなぁ――あ、10年前といえば、思い出した。そういえばお前、無断外出中に人質になりかけたことあったよな――」
「ん?あれ、ここ――」
「――おい、今までの問答、うわの空で答えてただろ」
ギルの文句を完全無視し、アンジェリーナは本の中盤、あるページを開いていた。
『――時の宝玉の所有者には、強大な力を持つにあたる資格が必要となる。
かつてのポップ大戦を終焉(一時停戦)に導いた、かの兵士もその力を使いこなし、ラウンド洋の中央に東西を完全に隔てる巨大結界を築き上げた。
しかし、彼はそこで力尽きてしまった。強大な力を発動させるには犠牲が付き物。
命と引き換えに彼は、ポップ王国に平和をもたらしたのだ。――』
「このページがなんだって?」
少し機嫌の悪そうな声で、ギルは本を覗き込んだ。
「ほら、しおりが挟まっているでしょう?」
「あぁ確かに」
そこにあったのは紙のしおり。
あまりに薄っぺらいものだから、外からでは気づけなかったのだろう。
「この辺もなんか見覚えがあるんだよね」
「へぇ。っていうかさっきも言ったけど、よく覚えてるよな」
「それをギルに言われる筋合いはないと思うけど――」
『と、ここまではあくまで表面上の話』
「ん?」
次のページにふと目を移すと、思わぬ文面が飛び込んできた。
『歴史というのはいつも、様々な思惑によってひた隠しにされてきた。
それは、今回のことも例外ではない。
ポップ王国もまた不都合な事実を包み隠してきたのだ。ここでは、そんな上辺の虚構をはがし、赤裸々に真実を明かしていく』
「なんだ?これ」
「知らない」
「え?」
呆然とその文を見つめながら、アンジェリーナは声を漏らした。
「全く読んだ覚えがない。教えてもらった記憶もない。別にあのとき、全てに目を通した訳ではないけど――」
『ほら、このページと次のページ、隣同士のはずなのに番号が飛んでない?』
――あれ?
遥か昔、この幼い声には聞き覚えがある。
「まさか――」
「どうしたんだ?」
困惑するギルをよそに、アンジェリーナは食い入るように本に顔を近づけた。
「やっぱり、そうかもしれない。前に見たときこの本、ページが飛んでいるところがあったの」
「え。あ、ってことは、この先に書かれているのが、その――」
あのとき見れなかった続き。
アンジェリーナは思わずごくりと喉を鳴らした。
すっかり忘れていた。
けれど8歳のあのとき、とても気にはなっていたはずだ。
今だってそうなのだから。
ただ、この先にあるのは不都合な事実と隠し事。
きっと、読んではならないものなのだろう。
あのときの純粋なままの自分ではない。
それなりに分別もついているつもりだし、物事を探求することに伴う責任についても、ある程度は理解しているつもりだ。
ただの興味だけでは済まされない。
この先を知ってしまったらたぶん、後には引けない。
そんな予感をもとにアンジェリーナはすっと顔を上げた。
不安を瞳の奥に秘めつつも、覚悟を決めた表情。
たぶん、私もそんな顔をしているのだろう。
目の前のギルの眼差しに、アンジェリーナはぎゅっと本を握りしめた。
大丈夫。一人じゃない。
アンジェリーナとギルは互いを見て頷き、共に深淵へと足を踏み出した。
――――――――――
『時の宝玉で見る魔界統合史』——
まず一つ問いたい。ここまでの話の中で、疑問に思ったことはないだろうか。
例えば、“筆者はどうしてポップ大戦の始まりについて触れないのだろうか”とか。
その理由こそ、ポップ王国が隠したがる不都合な真実だからだ。
魔歴1600年代初め、ポップ王国は躍進を続けていた。
1500年辺りに突如出現したポップの魔力を用いて、王国の技術は一気に発展し、他国から見てもその成長速度は異常なものだった。
力を手に入れた国が何をするのか、ある程度予想のつく人もいるだろう。
それに、今から400年前といえばまだ、武力戦争の最盛期だ。
もちろん、ポップ王国も軍事力の拡大に努めていた。
そして王国は周りの国に手を出し始めたのだ。
幸いにも王国の周辺国は、まだポップ王国には遠く力及ばない小国ばかりだった。
王国は特に苦戦することなく、次々と国を沈め、領土を拡大していった。
何もかもがうまくいくかのように見えた。
魔歴1629年、ポップ王国は南の隣国、シガリアへ侵攻を開始した。
シガリアも他の隣国と大差ない小国。
その戦争も一気に方が付くと、当時の王国側の人間ならそう思っただろう。
だが、それは犯してはならない過ちだった。
当時シガリアは、大魔連邦の属国だったのだ。
属国に手を出すことがどういうことか、わかるだろうか。
それは、大魔連邦に喧嘩を売るということに等しい。
ポップ王国は天狗になっていた。井の中の蛙と言ってもいい。
そして、取り返しがつかないままついに魔歴1630年、ポップ王国と大魔連邦との戦争、後に言われるポップ大戦が幕を開けた。
勝敗は明白だった。
それまでのポップ王国の戦いといえば陸戦が主。
わずかにあった軍艦は大魔連邦の大艦隊を前に、わずか数日で殲滅させられた。
あっという間に上陸を果たされた王国は、ここからが我らが本分と言わんばかりに、本土決戦へ乗り出した。
しかし、待っていたのは圧倒的魔力と武力。
大魔連邦軍は西へ西へと進軍を続け、王都陥落まではもう秒読みとなっていた。
そんなときだ。
ポップ王国に奇跡が起きた。
時の宝剣の使い手が現れたのだ。
先に述べたように、時の宝玉が持つ力というのは強大だ。真の使い手であれば、その一振りで国を滅ぼすことも容易だという。
王国側はさぞ喜んだことだろう。
だが、いざ時の宝玉の使者を召集したとき、そこに現れたのは弱冠18歳の新兵だった。
兵士としての戦い方も十分に備わっていない若者に、一体何ができるというのか。
歓喜から一転絶望の淵に立たされた王国は考えた。
大魔連邦を退け、戦争を終結させ、国に平和を取り戻すためにはどうすればよいのかと。
そしてある日、国王は直々に時の宝剣使いの新兵を呼び出しこう告げた。
『その命を捧げ、外洋に敵国とわが国を永遠に隔てる壁を建設しろ』
果たしてそれ以外に方法はなかったのか、疑問を呈する人も多いだろう。
だがその当時、王都侵略が目の前に迫った王国にはその方法しかなかった。
1630年5月末。
補給のため、大魔連邦の艦隊がポップ王国東岸を離れたのを見計らい、時の宝剣の使者を含む王国軍精鋭部隊は南端シガリアを経由し、イシュカ岬へ潜入。
同日正午、作戦を決行。
同時刻、各地にて巨大な震動を観測。
イシュカ潜入部隊より壁建設成功の一報が入った。
その後、王国軍の残党殲滅作戦を受け、補給・応援・退路を断たれた連邦軍は次第に勢いを失い、善戦したものの敗北。
大魔連邦本軍が出陣するも、ラウンド洋上の謎の結界に阻まれ、ポップ王国に手を出すことは不可能となった。
かくして1630年6月1日。
ポップ王国は国内において勝利宣言を発布し、ポップ大戦は一時停戦となった。
偽りの勝利を手にしたポップ王国を、当時のメディアはこう評した――。
――――――――――
「『魔界史上最悪の負け犬』――」
ついに晒された現実は冷たく鋭く突き刺さり、二人の心に波紋を呼ぶ。
どす黒い深淵に触れたとき、私はこの国の本当の闇を知った。
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