第221話 突然の客

 5月31日。

 前日、郷土資料室で偶然発見した、事件の手がかりとなり得る記念誌。

 その報告のため、ギルは朝から捜査会議に出席。

 ゆえに、近衛兵の同伴が前提条件だったホテル内の散策は当然許されず、アンジェリーナは一日中部屋籠りすることが確定していた。


 数日前の軟禁生活とは違って、今日は部屋にひとりぼっち。

 見知らぬ護衛がギルの代わりに鎮座しているよりは何倍もましだけど。

 それでも、一人いないだけでこの静けさ。

 こう思うとギルって居るだけで存在がやかましいというか。


 どこかで誰かがくしゃみをしたような気がしたが、まぁそれは置いておいて。

 一日どうやって暇を潰そうかと部屋を行ったり来たりしていたそのとき、コンコンコンと外からノック音が聞こえた。


「姫様、よろしいでしょうか」

「はい」


 部屋前に立つ護衛の声に、アンジェリーナは玄関扉を開けた。


「お客様がいらっしゃっていますが、いかがいたしましょうか?」

「お客様?」


 兵士の後ろを覗き込み、アンジェリーナはあ、と声を上げた。

 爽やかな笑顔を浮かべて、そこにはライが立っていた。


 ――――――――――


「すみません、断りもなしにいきなり押しかけて」

「いえ。ちょうど暇を持て余していたところでしたので」


 ライを中へ招き入れ、アンジェリーナはどうぞとソファを勧めた。


「あ、紅茶でもお入れしますね」

「あぁいえ、どうぞお構いなく。少し土産話を持ってきただけですので」

「――土産話?」


 上げかけた腰を戻すと、ライはつらつらと話し始めた。


「昨日見つかった記念誌についてですが――あの中の写真に写っていた今回の事件の被害者14人は、確かにリブス派の主要貴族として名の知られた人物ばかりでした。実は、捜査本部でも事件発生当初からそのつながりを疑う声もありまして」

「え」


 そうだったんだ。

 いや、まぁそうだよね。

 事件捜査のプロがそんなこと気づかないわけがない。

 私たちに知らされていないだけで、とっくにその事実は明かされていたんだ。


「リブス宰相におかれましても、帰都直後にその事実を知られたようで、『忸怩たる思いだ』と漏らしていたそうです。当然ご自身が標的である可能性もお伝えしましたが、その上で、『今だからこそ、武力には決して屈さないという国の姿勢を示すべきだ』と、明日の戦勝記念日も予定通りに行うことを強く推されたとのことです」

「なるほど」


 リブス宰相も、そこまでの決意を持って――。


 知らされていなかった周囲と己との隔たりに、アンジェリーナは大海を知らぬ蛙の気分を味わっていた。


「では、私たちが見つけたあの冊子は、もう既知の事実だったんですね。どこか自分たちで大騒ぎしてしまったところもあったので」

「いいえ、王女様方は大きな発見をしてくださりました」

「え?」


 すると、ここからが本題ですと言わんばかりに、ライはソファに座り直した。


「例の記念誌ですが、あれは確かにここ、デュガラ第一ホテルの旧館が文化遺産に登録された記念に刷られたものです。デュガラはリブス家、つまりリブス宰相の出身地でして。今はその分家にあたるケプラ家が統治をしているのですが、このときの文化遺産登録運動には、地元のためになればとリブス宰相も積極的に参加されていたようで、それゆえに、式典にも呼ばれていたそうです。そしてそこには、当時はまだ無名だった、現在の大臣の姿もあった」


 その言葉に、ドクンと心臓が鳴った。


「今ではリブス派と肩を並べる二大派閥のトップ。国王側近としてはかなり異例の革新的な考えを持つ人物。犬猿の仲とも称されるお二方が昔は上司と部下の関係だったなど、誰も知りようがなかったのですよ――そう。王女様方があの写真を、を見つけてくださるまでは」


 名簿を見て、写真を見て、思うところは当然あった。

 でも、あえて二人とも考えないようにしていた。

 その事に気づけば、それは王国の闇を暴いてしまうようなものだから。


「――ベイリー大臣が、この事件に関わっているという証拠があるのですか?」

「いいえ、今のところは」


 躊躇いがちに口を開いたアンジェリーナに対し、ライは静かに答えた。


「ですが、ベイリー大臣はリブス宰相とは真っ向から意見が対立しています。リブス派の勢力を削ごうと躍起になっているところもありました。簡単な話、動機はある。それに、今回の事件は同時多発的に14件、ヤルパも含めると15件の殺人が立て続けに起こっています。それほどの規模の事件を起こすためには、当然実行犯が最低でも15人は必要になる。それも素人ではなく腕利きの殺し屋が。そうなれば依頼料も相当な額になるはず。その全てをできるだけの財力と立場を持ちうる人物は限られますから」


 ここで一度言葉を切り、ライはさらに続けた。


「ただ、その考えはあまりに安直とも言えましょう。何せ、ベイリー大臣はこの国を支える国防大臣。その任には、国王の推薦を受けたという重大な意味があります。果たして国王様がそんな反乱の意志を持つ者を側に置くことがあるでしょうか。私にはそうは思えません。たとえベイリー大臣がリブス宰相を妬ましく思っていたのだとしても、このような暴力に訴えるようなやり方を取るのは愚策でしょう。もっと効果的で強かなやり方を取るに違いありません――ですので王女様」


 柔らかなその声に顔を上げると、ライはこちらを見て微笑んでいた。


「どうかご心配なさらないでください。この国は今までも、これからも、安泰ですので」


 その言葉に、嘘偽りはないように思えた。

 ライさんは良い人だ。

 たぶん、本当に私のことを案じてくれているのだろう。

 でも――。


 アンジェリーナはその言葉を受けても内心、モヤモヤしていた。


 国王の話には素直にうんとは頷けないけれど、他のやり方をするはずという考えには賛同できる。

 殺して黙らせるという方法はメリットよりもデメリットのほうが多いような気がする。

 政治の中心に立つような人が、そんな幼稚なやり方を取るはずがない。


 それでも――。



『この国は今までも、これからも、安泰ですので』



 本当にそうだろうか。

 この国は鎖国。

 ただ一人の王が治める王国。

 そしてこの国には隠し事が多い。

 その氷山の一角を私も垣間見てきた。


 だからこそ、きっと感じるのだ。


 この国がいつまでも安泰なわけがない。

 そしてたぶん今までも、安泰だったわけがない。




「少し話を変えましょうか」


 暗く曇ったアンジェリーナの顔を見て、気を遣ってくれたのだろう。

 ライは声色高くそう発した。


「王女様――王女様だったらこの国、どう統治されますか?」

「――え?」


 突拍子もない問いに、思わずぽかんと口を開けるアンジェリーナ。

 その前で、ライはにこりと笑って見せた。

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