第220話 派閥争い
偶然の産物。
本に紛れ込んだ20年前の記念誌。
そこにたまたまあった写真。
それでも大きな手がかりには変わりない。
その発見に、ギルは心湧き立っていた。
15都市同時多発殺人事件の発生から早5日。
国家の安全を揺るがす事案だというのに、未だ犯人・首謀者の特定もできていない。
被害者が狙われた理由も明確には判明しておらず、名の知られた有力貴族であったこと以上の共通点は見つかっていない。
ゆえに、今回の犯行は国家転覆を狙った、ある程度無差別的なテロなのではないかという見解が示されていた。
でも――。
ギルは今一度手元の冊子に目を落とした。
これは、大きな大きな進展だ。
(ヤルパの事件には共通していない問題は一旦置いておくとして)なんたって、あの14人に共通点が見つかったんだから!
まぁ、偶然っていう可能性も高いんだけどね。
ただの祝賀会だし。
しかしここ数日間、散々閉塞的な環境で苦労と強いられてきた身としては、この新事実は現状を打破する頼みの綱に思えていた。
こうしてはいられないと、ギルは熱を帯びた眼をアンジェリーナに向けた。
「俺、捜査本部のほう行って、このこと報告してくる!――ってあー、この冊子持ち出していいんだっけ?」
「ねぇギル」
そのとき、ギルの興奮を冷ますかのように、アンジェリーナの静かな声が響いた。
「気づいた?」
「――え?何を?」
その言葉の意味を測りかねていると、アンジェリーナは無言でギルから記念誌を取り上げ、ページをぱらぱらと戻した。
「この下、読んでみて」
「下?」
アンジェリーナが開いたのは、先程見たあの写真のページ。
下って、写真の下?
「ん?」
確かにそこには写真の注釈と思しき文字が書かれていた。
「『文化遺産登録にご尽力していただいたリブス派の皆様』――――リブス派?え!?」
数秒の思考凍結の後、驚いてもう一度写真に目をやると、綺麗に整列した貴族たちの下段中央、確かにリブスの姿があった。
こんなに目立つところにいたのに、なんでさっき気が付かなかったんだろう。
連日、被害者14人の顔を見過ぎていたせいで、そっちの顔がいち早く目に飛び込んできちゃったのか?
ん?ということは?
「え、え、じゃあこの14人、リブス派の人間ってこと?」
「そうなるね」
「え――共通点じゃん!?」
25年前の祝賀会という曖昧な共通点ではなく、同じ派閥の人物であったという明白な共通点。
その信憑性の違いは明らかだろう。
「やったじゃん!これなら堂々と捜査会議に報告できる。これで事件をうまく解決に導けたら――」
「うん、そうだね」
「――アンジェリーナ?」
さっきから様子がおかしい。
どこかうわの空な返事ばかり寄越して、一体何がそんなに気になって――。
アンジェリーナの顔を覗き込み、そのときようやくギルは気がついた。
先程から彼女が一切こちらに目を向けることなく、神妙な顔で冊子を見つめていることに。
そのただならぬ雰囲気に、ギルの顔から歓喜の表情がすっと消えた。
「どうか、した?」
「――この人」
「ん?」
アンジェリーナが指さしたのは写真の端っこ。
その人物を見た瞬間、ギルの記憶の中である一人がヒットした。
リブス宰相もそうだったけど、この人も、全然気づいてなかった。
今から25年前だから――22歳くらいか?
若すぎてわからないのも当然だけど、でも、面影はある。
無愛想な怖い顔をして、冷たい目線をこちらに向けている――。
「まさか、ベイリー大臣?」
「うん、そう」
ベイリー国防大臣。
舞踏会とか式典とか、そういう場で会ったことはあるけど、やっぱり怖い人というイメージが強い。
政治手腕がどうとかはよく知らないけど、国防大臣の職には10年以上就いているようだし、リブス宰相同様、相当なやり手なのだろう。
ただ――。
ギルは未だ表情を変えないアンジェリーナをちらりと見た。
わからない。何がそんなに気になるのか。
25歳といえばかなり若い気はするけど、ベイリー大臣だって有力貴族。
この場に居ても何らおかしくはないと思うんだけど。
「ギル、覚えてる?」
「うん?」
「派閥のこと」
「派閥?」
突然なんだと思いつつ、ギルはすぐさま記憶を探った。
「あー、あれだろ?“保守派”だとか“革新派”だとか、“親王派”だとか“反王派”だとか――」
あれ?
そこまで言って、ギルはある違和感に気づいた。
「ベイリー大臣って確か、リブス大臣と真反対の派閥じゃなかったっけ?」
「そうなの!」
眉間にしわを寄せ、アンジェリーナは再びページをめくり、名簿を開いた。
「これ!」
そこに書かれていたのはベイリー大臣の名前。
いや、そのときはまだ大臣ではなく――。
「『リブス侯秘書官』」
「ね?変でしょう?」
変、とアンジェリーナが断言した意味。
それは、同じ政治的思想を持つ人々の集まり、“派閥”に起因する。
王宮内の派閥はいくつかあるが、そのうち二大派閥と言われているのが、“保守派”と“革新派”である。
保守派は“親王派”と呼ばれるように、主に伝統的な王家の治世を重んじる傾向があり、王の考え=保守派の考えと言っても過言ではない。
特にリブスはその保守派の筆頭であり、またその影響力も凄まじく、保守派は一大勢力となっている。
一方、革新派は“反王派”と呼ばれており、王家の方針に批判的な意見を持つ者が集まっている。
特にベイリーはかなり尖った思想を持つことで有名であり、約6年前のヤルパ戦争に関しても、宣戦布告がされるずっと前から、ヤルパへの侵攻を強く求めていた。
ゆえに、リブスとベイリーが昔から対極の立場にあること、また互いを敵視していることは、王宮内にのみならず、王国内でも周知の事実となっている。
――はずだったのだが。
ギルは改めて名簿に目を落とした。
若かりし頃のベイリー大臣がリブス宰相の秘書官だった?
今はあんなに仲が悪いのに?
「まぁ25年前の話だから、この後に対立したと考えるのが妥当なんだろうけど」
ギルの心中の言葉を継ぐかのように、アンジェリーナが口を開いた。
「私もその辺の事情はよく知らないんだけど、ベイリー大臣って聞いたところによると、国防畑一筋なんだよね。でも、25年前のこの時点でリブス大臣は外務畑にいて、その秘書官のベイリー大臣も当然そこにいるはずで――それってわざわざ過去のことを隠してるってことだよね?」
その声には、戸惑いの色が濃く表れていた。
たぶん、アンジェリーナは俺に正解を求めているのではない。同意を欲しがっているわけでもない。
ギルは幾度かの逡巡ののち、声を絞り出した。
「――つまり、お前は、ベイリー大臣が怪しいって思ってるのか?」
「わからない」
アンジェリーナは静かに首を振り、ため息まじりに言葉を続けた。
「でも、なんか凄く気になるの。もし今回の事件がリブス派を狙ったものだとして、今その証拠をたまたま見つけて、たまたま昔のリブス宰相とベイリー大臣を見つけて、偶然に偶然が重なって――それはもう偶然と言えるのかな」
誰に問うでもない、自問自答とも取れる言葉を残し、アンジェリーナは口をつぐんでしまった。
証拠があるわけでもない。
ただの妄想に過ぎない。
それでも、恐ろしい考えがよぎって、頭を離れない。
アンジェリーナも俺も、考えていることはきっと同じだろう。
でも、きっとこうも思っている。
その考えを口に出してはいけない。
口に出せば、それは己の中で確信に近くなってしまうだろうから。
今はまだ、今はまだ駄目だ。
資料館の中、重苦しい沈黙が二人にのしかかっていた。
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