第219話 裏向きの冊子
5月30日。
特に王都へ帰れる見通しも立たず、アンジェリーナは昨日同様、旧館二階の郷土資料室にて暇を潰すことにしていた。
「いやぁライさんって親切だよなぁ。本好きのお前にぴったりの場所を紹介してくれるし。あの人だって忙しいだろうに」
長い長い客室前の廊下を横切りながら、ギルはうーんと伸びをした。
「今日だって、『館のほうに顔を出さなければならず、案内できず申し訳ありません』ってわざわざ朝に謝りに来てくれたし。加えて『おすすめの本など、昨日のうちにピックアップしておきましたので、良ければどうぞ』だなんて、なぁ?」
「――そうだね」
事件が未解決、かつ領主が突然殺されたとあれば、役所のほうはてんやわんやに違いない。
本当ならこちらに時間を割く余裕などありはしないのだ。
たとえ
ただ――。
「なぁアンジェリーナ」
「ん?」
「なんか悩んでる?」
すっと顔を向けると、ギルは心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「ううん、大丈夫」
「――本当?」
「本当に!」
アンジェリーナの答えに疑り深くこちらを睨むギル。
まぁ実際気がかりなことはあるし、疑われて当然ではあるのだけれど。
“静電気”。
そうあっさり結論付けられた昨日の顛末に、アンジェリーナはどうしても納得できずにいた。
でも同時に、そのモヤモヤを解消する方法がわからないというのも、アンジェリーナの本心であった。
気にしていても仕方がない、のか?
「おい、お前やっぱり――」
「それを言うなら!」
こういうときに限って決まってしつこいギルに、アンジェリーナは強引に口を封じることにした。
「ギルだって、昨日の挙動不審、あれ結局何だったの?」
「え?」
まさか一瞬にして攻守交代されるとは思ってもいなかったのだろう。
ギルはぽかんと口を開けたのち、あー!とわざとらしく声を上げた。
「あれはもういいんだよ。解決したから」
「解決?」
「そうそう解決!」
そう言いつつ、明らかに目を逸らすギルを、アンジェリーナはじっと見つめた。
これは、話す気ないな。
お互い様なので、お互い特にそれ以上突っ込むこともできず、結局二人の話はなあなあに流れていってしまった。
資料室に入ると、今日はダグアの姿はなく、代わりに屈強そうな軍服の男たちが数人配置されていた。
ライさん、おすすめの本を選んでくださったって言ってたけど――あ。
部屋の奥、よく見ると存在感の薄すぎる机の上に、本が数冊載っている。
「なにある?なにある?」
昨日ダグアさんがいたときには猫被っていたくせに。
周りの目を気にする素振りもなくすっかりはしゃぐギルに、アンジェリーナはため息をついて、本に目を落とした。
「えーっと、『オアシスと荒野の植生論』、『西洋建築の是非と文化遺産』、『集客を狙うリゾート開発~デュガラの発展はいかにもたらされたか~』――なんかいろいろあるね」
「一番下のこれは?」
「ん?」
ギルの指した先、そこには、本の下敷きになっていたのだろう、一冊の冊子が置かれていた。
他の本とは異なり、表紙が伏せられており、その内容を窺い知ることはできない。
アンジェリーナはその冊子を手に取り、くるりと裏返した。
「『デュガラ第一ホテル旧館・“文化遺産”登録祝賀会』?」
それは、今から25年前の古びた記念誌。
装丁はところどころぼろぼろになっており、中もかなり黄ばんでいる。
「なんでこんなもの――」
紛れ込んだとしか思えない。
明らかに異質なその冊子をぱらぱらとめくりながら、アンジェリーナは首を傾げた。
――と、半分までいったところだろうか。
文字ばかりだったページ一面に、一枚の写真が現れた。
集合写真?
見ると、それは祝賀会で撮られた参加者の記念写真。
きっちりと礼服を着込んだ、見るからに貴族と思しき男たちが整列している。
誰か知っている人がいたとしても、25年前だし、若すぎてわからないだろうな。
そんなことを考えながら、何気なく写真の下へ目を落としたところ、アンジェリーナの動きがピタリと止まった。
「え、これって――」
「ちょっと待て!!」
そのとき、アンジェリーナの声を思い切り遮り――というよりもかき消すようにして、ギルはアンジェリーナから強引に本を奪い取った。
「うおっ!?」と派手に声を上げ、危うく転びそうかというアンジェリーナを横目に、ギルはこれでもかと言わんばかりに本を顔に近づけている。
な、なに?
「やっぱりそうだよ!!」
唖然として未だ動けずにいるアンジェリーナをくるりと振り返り、ギルはバンバンと写真を叩いた。
「これ!この写真!」
「――その写真が何だって?」
「だ、か、ら!」
何が“だから”なのかは知らないが、ギルは興奮した様子で、その先のページをすばやくめくった。
「――あ、ほらそうだよ」
「だから何が?」
「ほらこれ!」
あまりの圧に若干引きながら、アンジェリーナはギルが指したページに目を落とした。
「『参加者名簿』?」
「そう!それでここ!!」
そう叫ぶと、ギルはピピピピッと合わせて14人の名前を指さした。
「何か気づかない!?」
「えー?」
こうなったら早く正解を教えてほしいものだが。
「えっと――うーん、確かに有名な貴族ばかりだけど。あぁこの人とか、舞踏会にも来ていたし、この人も王宮で挨拶されたことあるかも。でも、それだけで――――あ」
指摘された14人のうち最後の人物。
その名前を目にした瞬間、アンジェリーナに、ある心当たりが芽生えた。
「“マルコ=ケプラ”」
その名前を、いやフルネームは今初めて知ったが、アンジェリーナはここ数日間のうちに、よく耳にしていた。
マルコ=ケプラ――ケプラ侯。
「――殺害されたデュガラ領領主」
ドキドキと高まる鼓動にごくりと喉を鳴らし、アンジェリーナは顔を上げた。
「じゃあ、残りの13人も――」
「あぁ。15都市同時多発殺人事件の被害者だ」
25年前。はるか昔の祝賀会。
そこに揃った14人。
ただの偶然かもしれない。でも――。
アンジェリーナはびっしりと埋められた名簿の中、二人の名前に目をやった。
見つけてしまった、共通点を。
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