第217話 旧館
「いやぁ夜中の雷すごかったよな」
「ね」
身支度を整えて朝食を取り、一段落した頃、アンジェリーナとギルはいつものようにゆったりとソファにもたれていた。
「あの音、絶対近くに落ちたよな?俺飛び起きちゃったんだけど」
「私も目覚めた。あれ、まだ日付跨いだ頃だったよね?眠すぎて結局そのまま寝ちゃったんだけど停電とか大丈夫だったのかな」
「あーそれは一応大丈夫だったらしいぞ?建物・人的被害もなしって。万が一爆撃とかだったらどうしようと思って、その後確認取ったし」
そんなこんな取り留めのない話をしていると、コンコンコンと表のドアをノックされた。
見ると、時計の針はちょうど10時のところを指している。
「おはようございます。アンジェリーナ様」
爽やかな笑顔を浮かべ、ライはすっとお辞儀をした。
「昨日は急な訪問・申し出にもかかわらず、快くお受けしていただきありがとうございます」
「いえいえ。この上ない機会をくださり、昨夜から胸を踊らせておりました」
社交辞令もそこそこに、「では早速行きましょうか」というライの声に従い、アンジェリーナは4日ぶりに部屋の外に足を踏み出した。
「ここ、『デュガラ第一ホテル』は創業200年以上という、老舗高級ホテルとして知られています」
1階ラウンジをゆっくりと歩きながら、ライは解説を始めた。
白を基調とした高級感溢れるラウンジ。
広々としたその空間には、穏やかな時間の流れを演出するソファとテーブルがセットでいくつか置かれており、光差し込む大きな窓からは、市街の様子が見て取れる。
色とりどりの家々が鮮やかに映えたその景色は圧巻なもの。
ただ一つ、問題があるとすれば――。
「すみません、これでは感動も半減ですよね?」
「あ、はぁ」
曖昧な同意とも取れる返事をしながら、アンジェリーナは今一度窓の外に目を向けた。
残念ながら街の中を歩いているのは、物騒な剣を携えた人ばかり。
せっかく街並みは綺麗なのに、これでは本来の魅力など微塵も感じられない。
この殺伐とした風景を見ること早4日。
一向に変わる気配のない現状に、またえらいときに来てしまったなぁと、アンジェリーナは心の中でため息をついた。
「では、次にこちらへ」
まぁ、ここが目的地でないことは明白。
これ以上ここに留まる理由もない。
ライの呼びかけに応じ、アンジェリーナは窓辺から立ち去ろうとした。
――だが。
「――?」
いつもならアンジェリーナのすぐ後ろにぴったり付いてくるはずのギルが来ない。
違和感に後ろを振り返ると、ギルは面白くも何ともないはずの窓をじっと見つめていた。
目を真ん丸に見開き、どこか呆然としたようにも見える顔で。
「ギル?」
「――――っん!?」
訝し気なアンジェリーナの声に我に返ったのか、ギルはぱっとこちらを振り返った。
「どうかした?」
「んー?いや、なんでもねぇよ。悪い、ちょっとぼーっとしてた」
「あ、そう」
ほんと悪い悪い、と申し訳なさそうに笑うその顔に、アンジェリーナは再び違和感を覚えた。
明らかに様子がおかしい。
こういう場合、大概ギルは嘘を付いている。
でも、一体何を?
そんなアンジェリーナの疑念を知ってか知らずか、ギルは窓がラウンジを出るまでずっと、後ろ髪を引かれるように窓をちらちらと見続けていた。
――――――――――
ラウンジを出てフロント横の道を奥へ奥へ。
その先、長く伸びた渡り廊下を進むこと数分。
「ここは――?」
現れたその空間にアンジェリーナは目を見張った。
さっきまでの光溢れる雰囲気とは一線を画する、落ち着いた内装。
暗い板張りの床に白い土壁。むき出しの梁と柱。
「ここは、デュガラ第一ホテル旧館です」
「旧館?」
「えぇ。表からは見えづらい位置にあるのですが――先程までいた新館は20年前に増設された、リゾート観光客を狙った比較的新しめな建物なんです。一方、こちらの旧館はところどころ改修はされていますが、創業当初からほぼ形を変えずに残っており、その歴史的価値からデュガラの文化財に指定されています」
「文化財――」
確かに、言われてみれば納得する。
歴史を感じさせるこの風格。
創業当初というと――200年以上前!?
「今はこの旧館は?」
「現在もここは客室として使用されています。今は全館貸し切りとなっていますが、新館と劣らず普段はかなり人気なんですよ。非日常的な趣ある場所で特別な体験ができると、ここを目当てにデュガラまで足を運ぶ観光客の方もいらっしゃるほどです」
「なるほど」
ポップ王国において木造建築は珍しい。
王都はまず石造りの建物が多いし、ここデュガラだって土造りの家がほとんどだ。
それなのに、なぜこの建物だけが木造なのか。
それも、ここらでは見られないような、深いこげ茶色の木――。
「――すごい、面白い」
アンジェリーナはぽつりと呟いた。
足元お気をつけください、と言われて導かれた階段もまた年季の入った代物。
一段一段踏み出す度に、ぎしっぎしっと木の軋む音が響く。
安全性には問題がないと聞いた後でも、これはなかなかのスリル。
アンジェリーナはドキドキワクワク、久しぶりの冒険気分を味わっていた。
二階へ上がるとそこには重厚な木製のドアがずらりと並んでいた。
『2〇〇号室』と書かれていることから、おそらく客室だろう。
その中を覗いてみたいという気も少しあったのだが、ライはそれらには見向きもせずにさらに奥へと足を進めていた。
ライさん、どこへ向かっているんだろう。
そういえばここへ来るときだって、行き先は秘密のままだったし。
文化財のこの建物を見せるのが目的かと思っていたけれど、どうやら、本当の目的はそれじゃあなさそう。
でもこの廊下の先に、一体何が――。
そのとき、吊り下げ式の看板が目に入った。
「『郷土資料室→』?」
それから程なくしてある扉の前、ようやくライの足が止まった。
「王女様、どうぞこちらへ」
そう言って開いたドアの先、その光景にアンジェリーナは思わず「おっ」と声を上げた。
狭い部屋に詰められたぎゅうぎゅうの本棚にぎゅうぎゅうの本たち。
そう。そこは本好きのアンジェリーナにとって、天国のような場所だった。
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