第215話 情報収集

「ただいま戻りました!」

「おかえり!」


 無駄にテンションの高い二人。

 両者とも曇りなき満面の笑みが光る。


 日数以上に精神を蝕まれたこの3日がようやく終わりを迎え、アンジェリーナとギルはすっかり解放感に包まれていた。

 まぁ実際はまだまだ自由には程遠いのだが。


「で?どうだった?」


 警備会議から帰ってきたギルを迎えるや否や、開口一番、アンジェリーナは尋ねた。


「おう、色々聞いてきたぞ」


 お馴染みの定位置、ソファに座ると、ギルはわざとらしくごほんと咳払いをした。


「まず、事件のこと。相変わらず犯人は不明、行方もわからず。でもダグアさん――ほら、前言ってた怖い人――あの人いわく、領内隈なく探したけど一向に見つかる気配がないから、たぶんとっくのとうに領地は出てるだろうって。ただ、“出た”っていう証拠もないから、やっぱりまだ警戒態勢は解けないらしい。つまり――残念ながらアンジェリーナの拘束もまだまだ続くだろうって」

「なるほど」


 まぁそうなるとは思っていたけど。

 実際他人から告げられると結構精神的に来るものが――。


「あ、でも部屋ごもりはもうしなくていいって!ホテルの中なら歩き回っても大丈夫だから。まぁ護衛は常時数人ついて回ることにはなるだろうけど」

「ホテルの中って何があるの?」

「――散歩くらいはできるんじゃない?」

「はぁ」


 それって何か変わるのかな。


 慰めにもならないような改善策に、アンジェリーナは呆れ顔で頬杖をついた。


「ギルは?24時間警備のほうは?」

「あー、それは続行だって。まだまだ危険度は高いから。夜間でもきっちり警護しないといけないし」

「それは――お疲れ様です」


 これはしばらく、ギルの隈は消えないなぁ。


「あぁ、あと、気になってたヤルパの事件なんだけどね?」

「!うん!」


 そうだ。それも最重要事項だった。


 アンジェリーナは息巻いて体を前に乗り出した。


「あれ、結局他の事件と同じく“殺し屋”の仕業ってことで処理されたらしいよ。なんでも目撃証言があったとか」

「目撃証言?」

「そ。“全身黒ずくめの男にばったりと出くわして、軽いけがを負った”って」

「――ギルの見た犯人と特徴は同じだね?」

「まぁ時間の差はあれど、距離的に同一人物かどうかは怪しいけどね」

「そうか――」


 確かに、ヤルパからここまでは直線距離はそこまで遠くはないけれど、まっすぐ来ようと思ったら森を突っ切るしかない。

 ゆえに、少し遠回りにはなるが、今回アンジェリーナが進んだ経路のように南へ迂回して進むのが最善なのだ。

 どう考えても半日そこらで着く距離ではない。


「怪我した人は大丈夫なのかな?」

「うーん、詳しくは聞けてないんだけど、命に関わるものじゃないらしいし、大丈夫じゃない?」


 それならいいんだけど。


 怪我が大したことなかったとしても、心のほうが大丈夫だとは限らない。

 殺人犯と出くわしたとなれば、一体どれほどの恐怖を味わったのだろうか。



「あー、それでさぁ」


 そのとき、気まずそうな声に顔を上げると、ギルはぽりぽりと頬を掻き、複雑な表情を浮かべていた。


「そのぉ、今日って28日じゃん?で、明日一日は完全に動けないことが決定していて、たぶんだけどその次も無理なんだよな。いざ王都へ戻ろうと思ったらデュガラ内だけじゃなく、その道中の安全も確保しないといけないから――だからなんだけどね?」


 ぐいっと顔をこちらに近づけ、ギルは言い放った。


「来月1日の戦勝記念日、たぶんお前、出席できないから」



「あぁやっぱり?」

「軽っ!?」


 あまりにさらっとしたアンジェリーナの返答に、ギルは後ろへひっくり返るがごとく仰け反った。


「え、軽くない?」

「だって、こんな事件が起こった時点で割とわかりきったことだったし」

「まぁそうだけど――」


 態勢を戻し、ギルは苦い顔を浮かべた。


「というか、私としてはこんなときにやるほど、戦勝記念日って意味あるのかなって甚だ疑問に思うんだけど」


 ここぞとばかりにアンジェリーナの小言は止まらない。

 湧き出る不満にアンジェリーナは頬杖をついた。


「だってそうでしょう?国家の一大事ってときに、仮にも王都に人が集結するようなイベント。普通なら中止はできなくても、せめて延期くらいはするでしょう?それにそんなの、本当に警備できるの?」

「それに関してはいろいろと対策は施されてるみたいだぞ?各地から兵団を王都集結させたり」

「それじゃあ地方の警備はどうするの?今回の事件って地方都市で起こったものなんだし、本末転倒じゃ――」

「それは、その、ほら、予備の人員をこう、配置して――」


 予備の人員?

 いや、今の王国にそんな余裕はないはず。

 となると、正規の隊員ではなく――?


「まさか“パレス”?」


 その言葉に、ギルの肩がぴくっと動いた。


 やっぱり。


「はぁ、呆れた」

「いやといっても、ちゃんと規定年齢超えた16歳以上の奴らだから!」

「規定も何もろくに法律もないくせに」

「うっ!」


 だから嫌なんだよ。この制度は。

 結局この国の未来を担うはずの若い人材を、国が良いように手駒として使っているだけ。


「別にギルを責めているんじゃないんだよ?責めているのは――」


 国、そしてその長。


「どうせあの国王のことだから、周りに流されてにしてるんでしょうよ」

「“あの国王”って――自分の父親だろうが」


 ギルのぼやきはさておき、ひとまず自分の置かれた状況は理解できた。


「わかった。そういうことね?じゃあもうしばらくデュガラここでの生活が続くと」

「そういうことです――あ、一応戦勝記念日の予定も出てたんだけど、聞く?」

「いいよもう。どうせ出ないし。というか毎年内容ほぼ一緒でしょう?午前に教会側の式典、午後に王宮の式典、そして夜には舞踏会」

「うん、その通り」


 面倒な行事を回避できるだなんて、状況が状況で素直には喜べないけれど。


 いろいろと不満はあるし、課題も多い。

 でも、とりあえず情報が入ってきたのは大きな収穫だ。

 おかげで“考えられる”。



「そうだ。王都といえば」


 そのとき、ふと思い付いたようにギルが声を上げた。


「ほら、リブス宰相!あの人なんかもう早々にデュガラから王都へ戻ってたらしいよ」

「え!?」


 予想外のギルの言葉に、アンジェリーナは目を見開いた。


「そうなの?てっきりまだここにいるものかと――」

「だよなぁ?俺らだって脱出できてねぇのに、一人だけ、ずるいよなぁ?」


 ――それは少しずれているような気が。


 ギルの反応に違和感を覚えつつも、アンジェリーナはその事実に驚きを隠せずにいた。


「え、いつ発ったの?」

「それが事件翌日の午前中にはもう」

「はやっ!」

「まぁ、事情はわかるけどね?王女と宰相とを比べたら、護衛の数だって荷物の量だって何もかも桁違いだろうし。それに、“いち早く王宮へ報告せねば”って相当急いでたらしいし」


 なるほど。火急の対応を迫られていたってことか。

 あの時点では、まだまだ外へ出るのは危険だったはず。

 そんなリスクを押してでも王都へ戻るという決断は、かなり勇気のいることだろう。


「すごいね、何だか」

「ん?」


 ピンときていない様子のギルを前に、アンジェリーナはぼそりと呟いた。



 窓の外を見ると、特別警戒を敷く、異常なまでの数の兵士たちが街をうろついている。


 この街がいつものように、穏やかな夜を迎えられるように。

 そして、日が昇った暁には、活気に溢れた街の姿を取り戻せるように。

 私も、今やるべきことを。

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