第212話 二人の推察
「ど、同時多発――何?」
ギルの衝撃発言を受けて一言、それはアンジェリーナの口からぽろりと飛び出した。
「だから、『地方14都市同時多発殺人事件』!」
「あーうん。いや――うん」
わかる、わかるよ。わかるんだけどさぁ。
曖昧な返事をする裏、アンジェリーナはひどく戸惑っていた。
瞳孔を開いたギルの鬼気迫る顔。
“殺人事件”という物騒な単語。
“14都市同時”とかいう、にわかには信じがたい状況。
事がどれだけ重大なのか、そんなの今の話で十分わかる。
でも、あまりに大きな事件が一夜に立て続けに起こっていただなんて、急に言われても――。
そんなアンジェリーナの困惑に気がついたのだろうか、ふと冷静さを取り戻した様子で、ギルはごほんと咳ばらいをした。
「ごめん――順を追って説明するな?」
「お願いします」
アンジェリーナはソファに再び腰かけ、ギルの話に耳を傾けた。
「まず、被害者は全部で14人。殺害方法はみんな違うけど、どの事件もほぼ即死だったらしい。時間帯も昨日の夜9時から12時くらいにまとまっていて、目撃者も
そう言うと、ギルはうんざりという様に、はぁと大きくため息をついた。
「まぁ、俺が疑われたのは要は、犯人かもしれないっていう可能性がちょっとあったからなわけで。ほら、俺が偶然目撃した侵入者っていうのが、
「つまり、ギルが偶然出会った侵入者っていうのが――」
「あぁ。領主殺害の犯人だったらしい」
ん?待って。ということは――。
アンジェリーナはつい先程ギルに伝えられた昨夜の出来事が駆け巡った。
「え、じゃあギル、本当に危なかったんじゃん!もし相手が――」
「あぁ。あのとき、犯人が持っていたのが麻酔針じゃなくてナイフだったら、俺は死んでた」
普段とはまるで違う、真逆の暗い表情。
こんなに思い詰めているギル、初めて。
アンジェリーナはごくりと唾を飲んだ。
「――犯人の目星はついているの?」
「まぁ一応は」
「えっ!」
駄目で元々。
予想外の返答に、アンジェリーナは大きく目を見開いた。
目撃者はギルだけ。それも、ろくに顔も見れていない状況。
てっきり犯人の特定なんて無理な話だと――。
「とは言えど、捕まえられるわけでもねぇんだけどなぁ」
「え?」
しかしその直後、ギルのため息にアンジェリーナはぽかんと口を開けた。
「殺し屋なんだと」
頬杖を突き、ぶすっとした顔で、ギルはこちらを見上げてそう言った。
「殺し屋?」
聞き馴染みがないその単語に、アンジェリーナは首を傾げた。
「殺し屋って言ったらその――」
「要は、殺しのプロ?誰かに依頼されて、誰かを殺すのが仕事の奴ら?」
“殺し屋”と自ら発言したギルでさえこの調子だ。
それなのに、アンジェリーナにその意味を理解できるはずがない。
あまりに現実とかけ離れたその存在に、二人は内心戸惑っていた。
「えっと――なんで、その、殺し屋の犯行だってわかったの?」
「ん?あぁうん。ダグアさんいわく――」
『証拠はいくつかあります。まずは殺害方法。ペーパーナイフで頸動脈をピンポイントに一突き。被害者に抵抗の跡も見られなかったことから、即死と見て間違いないでしょう。つまり、被害者にその存在を一切悟らせずに背後に忍び寄り、急所を一撃で突く。こんな芸当ができるのは、殺しに慣れている者に他なりません。
次に目撃者。王女様の視察中ということで、街には厳重警備が敷かれていたにもかかわらず、巡回中の警らは誰一人として犯人の姿を目撃していません。まぁ、あなたに関しては犯人としても誤算だったのでしょうが。何せ、あんな夜に忘れ物を取りに厩へ走ってくる者がいるなど、予想のしようがありませんから。とにかく、誰にも見つからずに犯行に及べるというのは、並大抵の業ではありません。事前に情報を仕入れておく必要がある。下見をするとか、あるいは元々依頼人から何か言われていたか。
あなたを殺さなかったというのもプロの仕業であるという証拠の一つでしょう。依頼以上の殺人は犯さず、無力化させるのみ。麻酔薬を打つ手際といい、こういう非常事態にも慣れている人物と見て間違いないでしょう。
それにまぁ、同様の事件が14件同時に起こったとなれば、おのずと犯人も割れてくる。どう考えても同一犯の犯行ではありませんし、かといって、これら14件の事件が偶然重なったものとも思えない。ゆえに、残すところ考えられるのは――』
「――同一人物、あるいは組織による依頼で、複数の殺し屋が各地で犯行に及んだ」
そのギルの言葉に、アンジェリーナは口元を抑え目を細めた。
今の、ダグアさんの発言。
複数の証拠を示されてようやく、“殺し屋”という言葉が現実味を帯びてきた。
物語の設定でもなく、この現実世界に実際にいる存在なのだと。
でも、まだわからない。
この国が光だけで満ちているだなんて、そんな夢みたいなことは今まで一度も思ったことはない。
実際、私も何度か経験してきた。理不尽な現実を。
それでも、私が何をどう思っていようと、今私がいるこの場所は、どうしても光の当たる場所で、その陰に存在するであろう闇について、私はほとんど何も知らない。
だから今回のこと、どうしても現実だと認められない自分がいる。
一夜にして14人が犠牲になった?
そんなこと本当にあり得るのか?
それも、皆身分の高い者ばかり。
そんな人たちを殺せる人間なんて、何者なのだろうか。
『同一人物、あるいは組織による依頼』
――こうなってくると、どうしても浮かんできてしまう。
私たちがまだ解明できていない、闇の片鱗。
「ねぇギル」
そう静かに呼びかけ、アンジェリーナはギルの目をまっすぐに見つめた。
「今回の件、ヤルパ戦争の裏切り者と、関連があるんじゃないのかな?」
自分で言っていても、かなり突拍子もない発言。
何の根拠もない。ただの勘で話していい内容でもない。
しかし意外にも、そのアンジェリーナの発言を受けて、ギルに驚いた様子は見られなかった。
やっぱりギルも、この考えに至っていたのだろうか。
でも――。
アンジェリーナはじっと目の前のギルを観察した。
何やら様子がおかしい気が。
「アンジェリーナ、あのさぁ」
もじもじと体をくねらせ、目を泳がせ、ギルは歯切れ悪そうに、そう切り出した。
「あと、それからもう一つ。これは夜の同時多発殺人事件と関連があるかどうか調査中らしいんだけど――」
「?」
そう言うと、ギルは何度か逡巡を繰り返し、そしてぐいっと身を乗り出して、アンジェリーナに顔を近づけた。
「昨日昼頃、ヤルパ領で領主補佐官バドラスと――前国王モンドリオール7世が殺害されたって」
「え」
その瞬間、思考が一時停止した。
「え、え、え、ええええちょっと待って」
わからない。わからない。
え、今ギルなんて言った?
“前国王”――?
「生きてたの!!??」
「そう!そうだよな!?」
今日一番の大声を出し、アンジェリーナは勢いよく机に身を乗り出した。
「待って、ギル!頭がパンクする!」
「うん。それ数時間前の俺!」
ギルもまた興奮した様子で、ぶんぶんと首を縦に振っている。
先程までのしんみりとした雰囲気とは一変、部屋は混沌と化した。
「あのさぁ私、てっきりヤルパの前国王は、牢屋に入っているか、もしくはすでに処刑されているものだと――」
「俺もそう思ってたんだよ」
スーハ―と深呼吸をし、アンジェリーナはどうにか冷静さを取り戻そうとしていた。
考えろ。考えろ私。
前にヤルパで見た。ヤルパの国王は建国以来モンドリオール家が継いでいて、戦争時点での国王は、モンドリオール7世だったはず。
でも、ヤルパはポップ王国との戦争に負けて取り込まれた。
当然、国王は処罰される。
戦争の首謀者である国王なんて、現在のポップを考えれば処刑されるのが普通。
でも、なぜか前国王は今の今まで生きていた。
一体なぜ?
たとえ投獄されていたのだとしても、どうしてわざわざ殺し屋に殺されたのか。
いやまだ殺し屋とは決まっていないのか。
それに、バドラスさんは?どうして殺されたの?
だって、ついこの間、実際に会って話していたし。
少し気がかりなことがあるといえば――。
モンドリオール家について記されたあの本に、バドラス家の名前もあったということ。
それから、その事を指摘したとき、バドラスさんの様子が明らかにおかしくなったということ。
それに何の意味があるのかは、全くわからないけれど。
「でも、でもさ、一つ、合点がいくことがあったんだよ。それ聞いて」
「え?」
どうやらこちらはまだ頭が冷えていないらしい。
見ると、ギルは未だ興奮した様子で目を見開きアンジェリーナを見つめていた。
「アンジェリーナ、覚えてるか?俺が、ヤルパでクリスがバドラスと密会してたって言ったこと」
「え、あぁうん。そういえば」
そういえば、そんな話もあった。
ヤルパでこそこそとギルに打ち明けられて以来、視察に追われてあんまり検討する時間もなかったから、すっかり記憶が薄れていたけれど。
でも、どうして今その話を?
「それでさぁ俺、二人がでかい屋敷で会ってたって話しただろ?」
「あーうん、そうだったかも。森の奥になんか大きな建物があったって」
「そうそう。それなんだけどさぁ」
そのとき、ギルがぐっと目に力を籠めた。
「もしかして、その豪邸って、前国王の屋敷だったんじゃないのかな?」
「えっ!?」
ギルの発言から数秒後、アンジェリーナはその衝撃にビクッと体を跳ねさせた。
「だとしたら納得がいくんだよ。あの家、家っていうよりか城みたいだったし、警備も厳重で。あのとき、バドラスさん、中から出てきてはいたけど、あの人が住むには妙に森の奥に隠れた感じだったし。なんか違和感あったんだよね。でも、それが前国王の家だったんだとしたら――」
「森の奥にあった理由も、人目を忍ぶだめ。本当は処刑されても牢屋の中にいるわけでもなく、外にいるのだという事実を隠すため」
「まぁ、どうして前国王が普通にいたのかっていうのは謎だけど」
今まさに生まれた確証高い推測に、二人の語り口にも熱が入る。
だがその反面、ギルの目撃譚が掘り起こされたことで、新たな懸念が浮上したことに、二人は気づいていた。
「なぁアンジェリーナ、この件、クリスが関わってたりしないよな?」
口火を切ったのはやはり、ギルのほうだった。
そのとき、光まばゆい太陽を、分厚い曇が隠した。
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