第211話 尋問

 今朝、俺は領主の館の医務室にいたんだ。

 そしたら――。


 ――――――――――


「突然失礼。私、ポップ王国軍デュガラ支部局長、ロノウェ=ダグアと申します」


 軍服を着たその男は、眼光鋭く、ベッドの上のギルを見下ろしていた。


「――あ、特別警備隊所属・王女付き近衛兵、ギルです」


 まだ微妙に冴えない頭をどうにか働かせ、慌てて挨拶を返す。

 ぺこりと頭を下げる中、ギルはちらりと目の前の男に目をやった。


 顔にはしわと無精髭。

 どう考えても年上、40かそこらだろう。

 でもそれだけじゃない、年齢以上の貫禄が見て取れる。


 顔や手には、無数の傷痕。

 腹の底に響くような低い声。

 長年戦場に身を投じてきた、歴戦の兵士そのもの――。


「では、さっそくで申し訳ないのですが、侵入者に出会った経緯について、お聞かせ願いたく――」

「は、はい」


 まずい、圧に飲まれてる。


 しかしそう感じたところで、自分の状況もろくに理解できていない現時点、黙って従うより他の選択肢はない。

 ギルはダグアに言われた通り、昨夜のことを少しづつ話し始めた。


「忘れ物をしたんです。領主の館の、隣の厩に。それで、その帰り、館の裏から出てきた何者かとばったり遭遇して――」

「その侵入者の特徴は?」

「えっと――すみません、顔は見てなくて。でも体形はすらっとしていて、身長は、俺の目線くらい――つまり、170とかそれ以下くらいだと思います。全身ピタッとした黒の服を着ていて――あ、袖に血の跡がありました」

「袖に血の跡――それで、侵入者と対面してその後は?」

「その後は――確証はなかったんですけど、相手を敵を断定して、すぐに剣を抜きました。でも初撃をかわされて。建物の裏に逃げ込もうとしたので、そのまま追いかけましたが、闇の中、敵の位置を見失ってしまい、気配もないまま気がついたときには背後を取られていて。首にチクッとした痛みが走ったと思ったら、次の瞬間には地面に倒れていました――」


「首、ですか?」


 そのとき突然、だんまりを決め込んでいた医者が会話に割って入ってきた。



「ち、ちょっといいですか?」


 そう言うと、医者は慌てた様子でこちらに駆け寄り、ギルの首後ろを確認した。


「――確かに。よく見たらここに注射痕が」

「見たところ、出血も腫れもないようですし、気づかないのも無理ありませんね。状況を考えるに、おそらく麻酔薬を打たれたのでしょう」


 同じくギルのうなじを覗き込んで、ダグアはそう付け加えた。


「なるほど。侵入者と遭遇した経緯はよくわかりました。では、何時ごろだったか、覚えていますか?」

「えー、ホテルを出たのが10時過ぎだったんて、たぶんそこから15分以上はかかっているから――」

「10時15分から30分くらいでしょうか?」

「たぶん、そのくらいかと」


 次々と投げかけられる質問。

 というかこれ――。


 視界の端に映るは、熱心にメモに取る部下とおぼしき男。

 他ベッドを取り囲むようにして兵士が数人。


 この光景、そしてこれまでのやり取りに、ギルは疑念を抱いていた。


「では、最後にもう一つ」


 そうやって、ダグアは冷たく言葉を突き立てた。


「今までの発言、および昨夜の行動を証明できる方はいらっしゃいますか?」



 ――やっぱり。尋問じゃねぇか。


 嫌な予感は的中するもの。

 ギルは疑心をむき出しに、ダグアを見上げた。



 だが、この場において、主導権はこの人にある。


「――ホテルを出るとき、護衛兵には断りを入れました」

「その方の名前と所属は?」

「特別警備隊所属の――」


 なんなんだ、一体?


 そう思いつつも、ギルは結局、渋々出会った人全員の名前と所属を言わされた。


 これ、完全に疑われているよな。

 でも、何を?


 ギルの尋問が終わってからしばらく、一人の男が部屋に入ってきて、ダグアに耳打ちした。


「――今、確認が取れました。確かに、あなたが10時過ぎにホテルを出て、厩にいたと」


 全く悪びれる様子もなく平然と、ダグアはこちらにそう告げた。


 何が、“確認が取れました”だ。

 こっちには一切の説明なしで。


 しかしここで感情的になっては仕方がない。

 ギルは高まる苛立ちをぐっと堪えて口を開いた。


「あ、あの」

「はい?」

「なんでこんなことを?えっと、これじゃあまるで俺が――」

「疑われているみたい、だと?」


 うっ。


 だがそんなギルの我慢も無駄であると嘲笑うかのように、ダグアは図星を突いてきた。


「不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。何分、あなたが目撃したという侵入者が、の“重要参考人”であるという可能性が高かったものですから」

「――え」


 その告白に、ギルは一瞬にして固まった。


 事件?


 その物騒な単語に、途端、体中を悪寒が走る。


「昨夜11時過ぎ、領主の館内を巡回中の警らが執務室にて遺体を発見しました」


 そんなギルの動揺を理解してか否か、ダグアは機械のように淡々と事実を述べた。

 まるで、追い打ちをかけるかのように――。


「亡くなっていたのは、デュガラ領領主ケプラ侯。死亡推定時刻は昨夜25日午後10時から11時の間。死因は頸動脈を切られたことによる失血死。凶器は部屋にあったペーパーナイフと考えられ――」


 ――――――――――


「ちょ、ちょっと待って!!」


 ギルの話を遮り、アンジェリーナは勢いよくその場に立ち上がった。

 大きく見開かれたくりくりの目が、驚きを露わにギルを見つめている。


「領主が、死んだ?嘘でしょう!?」

「あぁ。でも事実なんだよ。それに――」

「えっ?」


 ギルはふっと一瞬アンジェリーナから目線を外し、そして再び視線を戻した。

 そのらしからぬ神妙な顔つきに、アンジェリーナの顔にも緊張が走る。


「この事件、デュガラ領領主だけを狙った、単独事件なんかじゃない」


 膝の上、握る拳にぐっと力を込め、ギルは言い放った。


「デュガラで起こったのは、昨日の夜に多発的に発生した、領主・有力貴族を標的とした殺人事件のほんの一部――『地方14都市同時多発殺人事件』のうち一件に過ぎなかったんだ!」

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