第210話 誓いを新たに

 光が、まぶしい。

 目が開かない。

 眠い。


「――んあ?」


 重い瞼を上げると、そこには白い天井が広がっていた。

 周りには白のレースのカーテン。

 体の上には白い布団。


 どうやらギルはベッドの上に寝転んでいるようだった。


「気がつきましたか?」


 そのとき、横のカーテンを引いて、白衣を着た初老の男が入ってきた。


「お加減はどうですか?気分が悪いなどということは?」

「えっと――」


 ダメだ。

 寝起きで頭が働かない。

 気分が悪いわけじゃないけど、とにかくとてつもなく眠い。

 はっきり言って、今の状況とかどうでもいいからもっと寝かせてほしい。


「状況がまだ理解できていないかもしれませんが、ここは領主の館の医務室です。あなた――えーギルさんでしたか?――は、この館の裏で倒れていたんです。覚えていますか?」


 館の裏?

 倒れて?


 その瞬間、ギルの脳に電撃が走った。

 一気にぼんやりとしていた記憶がありありと思い出される。


 そうだ、俺――!


「侵入者!!」


 ギルは突然叫びながらガバッと体を起こした。

 だが刹那――。


「い゛っ!?」


 頬にズキッと走る痛み。

 ギルは思わずベッドにうずくまった。


 なんだ、これ。

 というか頬に絆創膏?俺、こんなところ怪我した覚えないんだけど。

 よく見たら手のひらにもあるし。

 あれ?そういえば腕も脚もがズキズキしているような――。


「今、なんと?」


 その呟きに、ギルは痛む顔を上げた。

 見ると、医師の目が点になっている。


「ちょ、ちょっとお待ちください」


 動揺を露わにそう言うと、医師はこちらに何の説明もなく、どこかへ行ってしまった。


 何だ?いきなり態度変えて、慌てて出て行くだなんて。



 それからしばらくして、複数の足音が部屋に流れ込んできた。


「侵入者に出くわしたというのは本当ですか」


 その声は、低く、冷たく、威圧感を持って響いてきた。

 そう。全身が一瞬にして震え上がるような。


「その話、詳しくお聞かせ願います」


 そこには、鋭く眼光を光らせた、一人の軍人がいた。




 ――――――――――


 起床してから約3時間後、ギルは重厚な木製のドアの前に立っていた。


 ガチャリ。


「遅い」

「――すみません」


 中から現れた彼女は怖い顔をして、絆創膏の貼り付いた俺の顔を見つめていた。


「昨日の夜に出て行って、朝帰りだなんて、よほど忘れ物が見つからなかったのね。そんなに傷なんかこしらえて、一体どういう了見しているんだか」


 ギルが部屋に入るなり、アンジェリーナはわざとらしく大きな声で文句を垂れながら、どかっとソファに腰を下ろした。


「申し訳ございませんでした」

「――何に、謝ってるの?」


 声色暗く、頭を下げたギルに、アンジェリーナの冷たい視線が刺さる。


「あなたを、危険にさらした。近衛兵失格です」

「失格、ね?――それで?」


 ギルの発言を一蹴すると、アンジェリーナはこちらを試すかのようにそう言った。


 部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。


 その中、ギルは何も言うことができずに、その場に立ち尽くしていた――。


「はぁーーー」


 そのとき、アンジェリーナが長い長いため息をついた。


「ねぇギル、なんで私が怒っているか、わかる?――あなたが、約束を違えようとしたからよ」


 その言葉に、ギルの肩がピクッと動いた。


「覚えているはず。一言一句、偽りなく」


 ――『俺、絶対に、いなくならねぇから。ずっと、お前のそばにいるから。そばで、お前を守るから、だから、だから――約束する!』


 泣きじゃくる俺と、それは柔らかな笑みで見つめるアンジェリーナ。

 鮮明に思い出される映像。


「あなたは約束した。常に私のそばに居てくれるって。私を守ってくれるって。でもそれは、“命を懸ける”約束じゃない。生きていてこそ果たされる約束なのだから。たとえどんなことが起ころうと、あなたは生きて、私のそばに居なくてはならない」


 アンジェリーナは毅然として言い放った。


「ギル、今一度、誓いを新たにしなさい。生きて、ずっと私のそばにいることを。その覚悟を持つことを」


 お前のためならこの命、いくらでも捧げられる。

 でも、それじゃあいけない。


 俺は、俺の命を守ったうえでないと、真に彼女を守れない。


 あのとき決めた。

 もう二度と失わせないと。

 その誓いの意味を、再度心に刻む。


「はい。ここに」


 胸に手を当て粛々と、ギルはお辞儀を返した。




「よし。じゃあこの空気おしまい!ほら、いつまでもしみったれた顔してないで、ここ、座る!」


 数秒前までの威厳はどこへやら。

 口早にそう言うと、アンジェリーナはポポポポンと向かいのソファを叩き、ギルを催促した。


「で?実際何がどうなってるの?」


 ギルが座るや否や、アンジェリーナは机にずいっと身を乗り出してきた。


 ――こいつは本当に。


 その切り替えの早さに内心呆れながらも、いつもと変わらぬアンジェリーナの様子に、ギルはどこかほっとしていた。


 だが、そう言ってもいられない。


「お前は、どこまで聞いてるんだ?」

「――私が聞いたのは、“ギルが領主の館の裏で倒れているのが見つかった”ということ、加えて“どうやら怪我をしているらしい”ということ、それから“絶対にここを動かないでください”と言われたくらい」


 なるほど。ということはほとんど何も聞いていない感じなのか。

 まぁ仕方がない。

 事態が事態。の姫様になら、伝えるべき内容ではないんだろう。


 でも、彼女は違う。


「――わかった。今朝俺が起きてからのこと、ありのままに話す。今朝、一体何を聞かされたのかを」

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