第206話 東の最果て・デュガラ

 北の最果てヤルパを出発し、東に広がる針葉樹の森を迂回して南へ降下。

 途中、いくつかの街を経由し、ゆったりと馬車で進むことおおよそ一週間。


 5月25日午前9時。アンジェリーナたち一行は東の最果てデュガラに到着した。


 東の最果てとは称されるデュガラではあるが、実はポップ王国の東端はもっと先にある。

 しかし、一度デュガラを越えてしまうと、その先には広大な荒野地帯待ち受けている。

 オアシスすらほとんど存在せず、ただ土煙漂う変わり映えのしない景色が広がる荒野。

 それをもっと行ったところ、果てしないラウンド洋に臨む東岸には、もはや何も存在しない。

 いわばデュガラは居住可能都市の最東端というわけだ。


 外壁に囲まれたのデュガラの街は、ヤルパほどではないが、かなりの威圧感がある。

 それもそのはず、最果ての街であるということはつまり、東からの侵攻を抑える要であるということ。

 実際警備も厳重で、王女が乗る馬車といえど、入領手続きには時間がかかっていた。


 中へ入ると、外の要塞的な雰囲気からは一変、明るい街並みが広がっていた。

 街の中には水路が張り巡らされており、それを跨ぐ橋には様々な装飾が施されている。

 建物も、色とりどりのレンガを用いたデザインが美しく映えている。


 その景色はまるで楽園のよう。


 しかし、忘れてはならない。ここは東の要。

 街を奥へ進むと見えてきたのは、巨大な石造りの砦だった。

 そして、この建物こそが視察隊の目的地。領主の館である。



 馬車を降りると、乾いた東風が頬を通り抜けた。

 ここはオアシス。この壁を越えれば、人の立ち入ることを禁じられた荒野が広がっている。


「お待ちしておりました、アンジェリーナ様」


 柔らかな口調と丁寧な物言いで、そのひとは深々と礼をしていた。


「申し訳ございません。領主は今体調不良でして、代わりに、私が案内役を務めさせていただきます」


 そうして彼はすっと体を起こした。


「申し遅れました、私、ライと申します」


 爽やかな笑顔とともに、灰青色の瞳が光った。


 ――――――――――


「ひとまず、中へご案内致します。どうぞ」


 裏表のないにこやかな表情。

 こちらを不快にさせぬよう、指の先まで気を配った滑らかな動き。

 背はそこまで高くはないようだが、すらっとした体つきをしていてスタイル抜群。

 加えて、髪をきっちりと上げているせいか、誠実そうな印象を覚える。

 見た感じ、歳は30くらいだろうか。少なくとも俺よりは年上そう。


 同じ案内役でも、ヤルパの誰かさんとは大違いだな。


 そんな失礼なことを内心思いながら、ギルはライに促された通り中へ入ろうとした。


 が、そのとき気づいた。

 アンジェリーナが一人、ぼーっと空を見上げて固まっていることに。


 ん?


「アンジェリーナ?どうした?」


 ギルが声をかけると、アンジェリーナははっと我に返ったように、体をびくつかせた。


「えっ?いや――なんでもない。ごめん、行こうか」


 んん?


 その様子に普段とは異なるものを感じたが、今は大事な視察の始発点。

 そんなことを気にする余裕もなく、二人は領主の館へと足を踏み入れた。

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