第205話 疑惑のクリス
「あ、やっっっと見つけた――おいアンジェリーナ!!」
廊下中に響き渡る大声。
振り向くと、そこには不機嫌そうに顔を歪めたギルが駆け寄ってきていた。
「ギル!よくわかったね、ここにいるって」
「“よくわかったね”じゃねぇよ!俺がどれほど血眼になってお前を探したことか――!!」
「ご、ごめんごめん」
やっぱり、メモぐらい残しておくべきだったかな。
息を切らし、額に汗を滲ませたギルを見て、アンジェリーナは内心申し訳なく思っていた。
「で?勝手に抜け出して何やってたの?」
「ん?まぁ――ザグルヴさんと秘密の対談?」
「あ!?」
“ザグルヴ”とその名を聞いた途端、ギルの機嫌はより一層悪くなった。
「ったく、そんなことだろうと思ったけどさぁ、あのいけ好かねぇ奴とよくそんなに話すことがあるよな」
「いけ好かないって――」
本人が居ないのをいいことに、本音を晒し過ぎでは?
アンジェリーナははぁとため息をついた。
「確かに、言ってたことは厳しい言葉ばかりだったけど、でも今になってわかる。それら一つ一つがこの国を想っての言葉だったんだって」
アンジェリーナはギルに向かってニコッと笑った。
「上に対しても毅然とした態度で信念を貫く、正義感の強い人。ああいう、国のために批判的立場を持った人が、きっとこの先の王国運営には必要なんだよ」
「へぇ?ずいぶん買ってるんだ」
「うん」
キラキラと目を輝かせて、アンジェリーナは力強く頷いた。
今回のヤルパ訪問。
大変なことも多かった。予想外のことばかりだった。
でも、得られたものは遥かに大きい。
女王になるために、自分がしなければならないことを新たに発見できた。
そう。例えば――。
『赤い隕石』
『約200年前にヤルパを襲った、巨大な“赤い隕石”のクレーターです』
『煌々とした赤い閃光に街が包まれ、轟音が響き渡る』――。
「赤――?」
「ん?どうした?」
顔を覗き込まれ、アンジェリーナははっと我に返った。
今、何か引っ掛かった?
「いや、何も――さぁ、早く戻ろうか。今はまだ朝早いから人がいないけど、そろそろ役人が来るだろうしね」
アンジェリーナが出口へ向かおうとしたちょうどそのときだった。
「あ」
「え?」
突然、何かに気づいたように、ギルが足を止めた。
「危ない。忘れるところだった。ちょ、ちょっといいか?こっちに――」
「え、え、戻らなくていいの?」
心配をよそに、ギルはぐいぐいとアンジェリーナの腕を引っ張っていってしまった。
「何?どうしたの?」
「しーっ!」
領主官邸の物陰に隠れた二人。
アンジェリーナを制止し、ギルは周りをきょろきょろと見回した。
「昨日さぁ夜、いつものように警備会議があったんだよ。ホテルの一階で」
「うん」
「それで、いざ終わって部屋に戻ろうとしたら――」
先程の大声はどこへやら。
ギルは極限まで声を潜めていた。
「見えたんだよ。ちょうど、エントランスから出て行くクリスの姿が」
クリス?
先の見えない話に、アンジェリーナは眉をひそめた。
「ちょっと気になってさ。ほら、そのときもう夜中の12時近かったし。今頃どこ行くんだろうって。そうしたらあいつ、どんどん森の奥へ奥へと進んでいくんだよ。お前も覚えてるだろ?ホテルから出たところ、図書館へ続く坂を上った先、森があったの」
「あ、うん。わかるよ」
「何の目的があるんだか、その先に何があるのか、全くわからない状態で。かろうじて舗装された道はあったんだけど、周りは背の高い木が生い茂っていて暗いし。ますます不審に思えてきて――」
ギルはもったいつけて囁いた。
「なんだかんだ、森の中を十数分歩いたところかな。見つけたんだよ」
「――何を?」
『え?』
それを見つけて、俺は目を疑ったんだ。
森の中、突然開けた視界。
突如として現れた巨大な館。
立派な塀に囲まれたその前には、数人の兵士が立っていて、まるで、小さなお城のようだった。
そして目撃したんだ。
その館の門戸を叩くクリスの姿を。
それから――。
緊張した面持ちで、ギルは言い放った。
「扉の中から出てきた、領主側近バドラスの姿を」
その瞬間、アンジェリーナの脳裏に数日前の記憶が蘇った。
ザグルヴさんとはまた違う、冷たく、黒い影。
そして急な変更により、ヤルパに乗り込んできたクリス。
「――クリス、一体何を?」
――――――――――
一方、アンジェリーナが退出した直後の一室――。
「アンジェリーナ様もなかなか大胆なことをしますね。さすがです」
「――私は、あなたのほうが理解しがたいのですが」
眉間にしわを寄せ、ザグルヴは後ろを振り返った。
「ミンツァー殿」
その視線の先には、隣室へと繋がる扉から出てきた、クリスがいた。
「本当に、お一人で残られるつもりで?」
「えぇ。まぁ数人護衛は付けてもらいますが」
一切表情を変えることのないクリスに対し、ザグルヴの顔は一層険しさを増すばかり。
それを見てか、クリスは穏やかな声で言い掛けた。
「そんなに怪訝な顔なさらないでください。大丈夫ですよ。上のお二方には昨夜、承諾をもらいましたから」
その言葉に、ザグルヴの眉がぴくっと動いた。
気を取り直して、と言わんばかりに、深呼吸をする。
「それで?何のために残られたのですか?」
「えぇ」
ザグルヴの問いに、クリスは堂々と言い放った。
「“国家転覆の鍵”を探しに」
「――え」
ぽかんとした自分の顔が、その澄んだ碧眼に映り込む。
王国の罪と思惑渦巻くヤルパ訪問は、こうして幕を閉じた。
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