第204話 本当の謝罪はまだ

 翌日――。


「おーい、アンジェリーナ!おーい!」


 周りが慌ただしく動き回る中、ギルは一人、額に汗を滲ませ焦りまくっていた。


 今日はヤルパ滞在6日目、つまりヤルパを発つ日。

 午前中にはヤルパを出発し、次の目的地へと向かう予定――なのだが。


「ったく、あいつ、勝手にどこ行きやがったんだ。俺の目を盗むとか、もしかしてテレポート使ったか?」


 そう。アンジェリーナがなぜか姿を消したのだ。


 今朝、部屋に呼びに行った時点ではもういなかった。

 部屋の前には護衛が数人常駐しているし、俺の部屋も隣だし。

 音一つ立てずに移動って言ったら、どう考えても“テレポート”しかないだろ。


「あぁー、早く探さねぇと。護衛の意味ないじゃん!というか、あと1時間ちょっとで出発だってのに――もう、どこにいるんだ!?」




 ――――――――――


「いいんですか?護衛もなしに一人でいらして」

「まぁ、ギルは居ても良かったんですが――」


 ギルって嘘つけないからなぁ。

 他の人に話しているところ見られたくないし。


 ギルが血眼になっていたその最中、アンジェリーナはザグルヴと共に領主官邸の一室にいた。


「それで、話とは?」


 一目でわかる。疑心丸出しの表情。

 当然だよね。昨日の今日だし。


 アンジェリーナはふぅと深呼吸をした――。


「申し訳ございませんでした!」


 大きく見開かれるザグルヴの目。

 そこには、深々と頭を下げたアンジェリーナの姿があった。


「昨日の失言の数々、ずけずけと心の立ち入るような真似をして、ザグルヴさんには不快な思いをさせてしまいました。それを、どうしても謝りたくて」


 困惑を露わにザグルヴは一瞬固まっていた――が、すぐに我に返ったらしい。


「い、いえ、それは別に何とも。その程度で傷つくほど脆くはできていないので」


 さすがに王女に頭を下げさせるのはまずいと思ったのだろう。

 ザグルヴは慌てた様子で言葉を返した。


「ゴホン――今日はわざわざそれを言いに?」

「はい。もちろんそれも大事なのですが、それからもう一つ――お願いがあって来ました」

「お願い?」


 ここからが本題。


 アンジェリーナはすっと顔を上げた。


「昨日、色々な話を聞いて、考えたんです。隕石のこと、復興のこと、国境線のこと、魔力のこと――。どれを考えても付いて回ってくるのは、王族として生まれたからには逃れられない責任で。はっきり言って今私がどうするべきなのか、全然わかりません。今の私には王女という肩書はあれど、実際の権力はほとんどありません。それこそ、国を直接動かせるような力は何も。ですから、私には資格がないのです」

「資格?」

「えぇ」


 アンジェリーナはザグルヴの目をまっすぐに見て言い放った。


「“過去の過ちについて謝罪をする”資格が」


 夜通し考えていた。


 日中、ザグルヴさんから聞かせてもらった話は、どれも衝撃的で、あまりにも現実離れしていた。

 しかし、それが事実であることは、今までの歴史、それから隕石跡での“破滅”のエネルギーを見たことで実感させられた。


 何もかも、私の常識をはるかに超えていて、あのとき、私の頭は真っ白になっていた。


 だからこそ、ギルの存在はありがたかった。


 彼のあのまっすぐすぎるところは、欠点でもあるけれど、同時に最大の武器でもある。

 彼があの場にいてくれたことで、私は冷静さを取り戻すことができた。

 まぁ、本人はただの興味本位だったらしいけれど。


 おかげで気づいた。

 今の私に結論など、出せるはずもないのだと。

 立場もない、経験もない、そんな薄っぺらな私に、できることなどないのだと。

 国全体の問題を、一人で解決できると思っていることこそ、驕りなのだと――。


「そして、私はこうも考えています。いつか、私の夢が叶ったならば、そのときにこそ、の謝罪をすべきなのではないかと」

「――夢、とは?」


 でも、気づいたことはそれだけじゃないから。

 アンジェリーナはビシッと背筋を伸ばし、そして言い放った。


「夢、それは――この国の王として権力の頂点を極め、ポップ王国を守り平和に導くことです」


 その言葉に、ザグルヴは大きく息を吸い込んだ。

 見る見る間に目が大きくなっていく。


 アンジェリーナは続けた。


「実際、それがどれほど難しい道なのかは計り知れません。きっと、想像を超える困難が待ち受けているでしょう。でも、私はそれを成し遂げたいと思っています。何に変えても、どんなに辛くても、絶対に――ですからザグルヴさん」


 アンジェリーナの呼びかけに、ザグルヴははっとこちらに目を向けた。


「私が名実ともにこの国の長となった暁には、どうかこの地に再び足を運び、正当な立場をもって、正式に謝罪をさせていただけないでしょうか」


 これが、アンジェリーナが交わしたかった、真のお願い。

 将来への約束。


 その言葉に、ザグルヴは目を見開き固まっていた。

 しかし、今やその瞳には、最初に見せた嫌悪の情は全くない。


 それどころか、私はあの顔を知っている。


 そう。それはまるで、新たな未来に、希望に胸を震わせる、子どものように輝いて――。


 しばらくして、ザグルヴは口を開いた。


「私は、一介の領主補佐秘書です。今のあなた様の申し出に応えられるだけの立場はありません――ですので」


 そのとき、二人が合った。


「もし、王女様が本当にその夢を叶えられましたら、そのときには、謹んでお迎えいたします。私にできることは、それくらいなので」


 そう言うと、ザグルヴは静かに頭を下げた。


「またこの地にいらしてくださることを、心よりお待ちしております」


 淡々とした、でもどこか少しトーンの高い声が、部屋に響いた。


 それは、王女として初めてもらった、期待の言葉だった。

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