第202話 “破滅”のエネルギー
頭が重い。
思考がもつれてまとまらない。
ここに来る前は、聞きたいことが山ほどあったはずなのに、今は何も考えられずにいる。
女王になりたい。そう思ったあの日から、ずっと考えてきたはずだ。
この国をどうしたいのか、この国のためにできることは何なのか。
将来のことを考えるだけじゃなく、理想を追い求めるだけじゃなく、現実のこともしっかりと考えていたつもりだ。
でもそれはあくまで、今の私から見えることだけだった。
生まれる前のずっと昔、しかし確実に今に繋がる過去の出来事。
隕石衝突、ポップの発現、国境分断――。
きっと、まだまだあるのだろう。私の知らない事柄が。
ヤルパだけに限らず、この国の闇の部分が。
それをすべて背負ってこそ、国を率いる王と言えるのであれば、私は本当に王になれるのだろうか。
過去を清算し、現実を見つめ、未来を創造する――そんな、夢を形にすることができるのだろうか。
ザグルヴの話を聞き、アンジェリーナは一人悩んでいた。
沈黙の中、風が隕石衝突の跡をなぞり、土煙が上がる。
「これ以上何もないのであれば、そろそろ――」
しばらくして、ここを潮時を思ったのか、ザグルヴが口を開いた。
と、そのときだった。
「し、質問、よろしいでしょうか!」
突然張り上げられた声。
はっと我に返り、後ろを振り返ると、そこには緊張した面持ちで、ピンと手をまっすぐに伸ばすギルの姿があった。
「――はい、何ですか?」
「あ、あのぉ、俺、てっきり、ヤルパは民族分断の件で、ポップ王国を恨んでいるんだと思ってたんですけど。さっきの話を聞くに、“統一民族政策”はあんまり関係ないみたいな感じでしたよね?それが、何かしっくりこなくて――」
普通、一護衛が話に割って入ることはありえない。
ザグルヴは少し何かを考え込むようにして、しかしすぐに顔を上げた。
「確かに、語弊があったかもしれませんね」
そう言うと、ザグルヴはぽつぽつと話し始めた。
「正確には、民族分断の件も関わってはいます。実際、勝手に国境線を引かれたことで、ヤルパ民族は分断されてしまいましたから。今でいう、南ヤルパだけがポップ王国領とされてしまったわけです」
「えっと、ポップ王国がヤルパ民族を隔てた理由っていうのは――?」
こういうとき、遠慮なく聞けるのはギルの良いところだと思う。
馬鹿正直なギルの反応に観念したのだろう。
ザグルヴはふぅと一つため息をついた。
「――ギルさん、ポップ王国にはポップ魔力がありますよね?」
「え?あぁはい」
「ですが実際は、“ポップ魔力があるからポップ王国”だったんですよ」
「へ?」
きょとんとするギルに、ザグルヴは続けた。
「ポップ王国が国境を引いた、その基準は一体何だったのか。そもそもポップ王国が無理やり国境を引いたのは、突然発生したポップ魔力という、恵みの力を占有しようとしたためでした。そのため、元は同じチュナ王国領地でありながら、ポップ魔力の存在しない土地であったヤルパ地方が邪魔だった。ゆえに彼らはヤルパを見捨てる形で切り離したんです。唯一、ポップ魔力の存在した南ヤルパを除いて」
そういうことだったんだ。
ギルとザグルヴのやり取りに、アンジェリーナの心の中のモヤが一つ消え去った。
「あ、この際だから言いますが、あなた方が知らなそうなことを一つ。ちなみにヤルパって、ポップ魔力だけでなく、通常魔力も存在しない、
「――え!?」
何を思ったのか、ザグルヴの突然の告白に、思わず声が裏返る。
え、え、どういうこと?通常魔力も存在しない?
「あの、ヤルパは元外国ということで、ポップ魔力が存在しないというのは、もちろん存じていたのですが、通常魔力も存在しないというのは一体?」
通常魔力は、ポップ王国以外の魔界全体に普通に存在する、普通の魔力のことだ。
ポップ魔法と区別して、通常魔法とか尋常魔法とか言われる部類の魔法の源となる力を言う。
ゆえに、通常魔力が存在しない地域というのは、この世界でも数えるほどしかないはずなのだが――。
「どうして、ですか。まぁ、せっかくここまで来ていただいた手前、実際に見ていただくほうが早いかと思うので」
そう言うと、ザグルヴはおもむろに、足元に落ちていた小石を拾い上げた。
「よく、ご覧になっていてください」
一声掛け、ザグルヴはクレーターに向かって小石を投げた。
石は放物線を描き、静かに地面へ向かって落下し――――“消えた”。
「「!?」」
その光景を、アンジェリーナとギルは信じられない顔で眺めていた。
何せ、そのまま落下すると思っていた石が、地面に着くか着かないかというギリギリのあたりで、突如姿を消したのだ。
「い、今のは一体!?」
もう一度、よくよく地面を確認してみるも、小石が落ちた形跡はなく、残骸が散らばっている様子も見られない。
アンジェリーナの頭はすっかりパニックに陥っていた。
「これが、ヤルパに通常魔力が存在しない理由です」
その言葉に、アンジェリーナは目を見開いた。
「先ほどお話ししました隕石ですが、後に行われた調査の結果、“破滅”のエネルギーを持っていたことが判明しています」
「“破滅”のエネルギー?」
聞き慣れぬ言葉に、首を傾げる。
「えぇ。詳しいことは未だわかっていないのですが、隕石が衝突して以降、ぱったりとヤルパ地域で通常魔力が観測できなくなったことは確かな事実です。今や先進国では、土地の魔力を利用する、魔力発電なるものも存在するというのに、ヤルパが貧しいのも頷けます」
あ。
今のぼやきでピンと来た。
なるほど。ヤルパで水力発電が行われているのは、ポップ魔法が使えないから、という理由の他に、通常魔力が存在しないから、っていう理由もあったのか。
貧しい、格差――現時点でも課題は山積み、か。
「っていうかおい、今石が消えたってことは――」
ふと、何かに気が付いたのか、ギルが恐る恐る声を出した。
「ここに人が入ったら――」
――あ。
そのとき、アンジェリーナの目に映った。
クレーターの周りに張り巡らされた有刺鉄線とその近くに掲げられた『立入禁止』の文字が――。
「まぁ、消える――要は死にますよね」
「やっぱり!!」
あくまで冷たく淡々と、ザグルヴは言い放った。
対照的に心がヒートアップしたのか、怒りを露わにギルは捲し立てる。
「なんてところに誘導してくれたんだ!仮にもこの国の姫だぞ!?」
「問題ありません。私のほうで手続きは事前に済ませてありますし、この有刺鉄線の中に入らなければ安全ですから」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
ギル、すっかり敬語が外れているけれど、いいのかな、あれ。
そんな二人のやり取りを傍目で見ながら、アンジェリーナは心を落ち着けていた。
少し、気持ちの整理がついた。
まだ自分に何ができるのかはわからないけれど、わからないなりに、考えなければならないことは、理解したつもり。
そのために、今、できることを。
「ザグルヴさん、私からも一つお尋ねしてよろしいでしょうか」
「はい、何でしょう?」
過去の災害、ポップ王国の罪、ヤルパとの
ザグルヴさんのおかげで、大体の筋は見えてきた。
――だからこそ、ここで一度、ちゃんと確認しておかないと。
アンジェリーナは一つ深呼吸し、そして言い放った。
「ザグルヴさん、私のこと嫌いですよね?」
単刀直入。
あまりに直球の問いかけに、丸眼鏡の奥、ザグルヴの目が見開かれた。
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