第201話 罪科

『赤い隕石』――――


 魔暦まれき1500年。

 チュナ王国ヤルパ地方。

 寒冷な気候ゆえに貧しいながらも、平穏に暮らす人々のもとにある日、それはやってきた。


 一瞬のことだった。


 煌々とした赤い閃光に街が包まれ、轟音が響き渡る。

 次に目を開けたとき、そこには、ただの焦土が広がっていた。


 ――――――――――


「――あったのは、ごろごろと転がる石ころのみ。それが衝撃によって生まれたれきなのか、あるいは瓦礫と化した街の残骸なのか、判別することすら困難でした。生き残った人々も、自分たちの身に一体何が起こったのか、全く理解できなかったそうです」


 淡々と、淡々と語るザグルヴの前に、立ち尽くす姿が二つ。

 言葉を発する気力もなく、アンジェリーナとギルは呆然と話に耳を傾けていた。


「この大災害により街は壊滅。人口はもとの三分の一にまで減少。インフラはおろか、行政機関も崩壊し、ヤルパは一瞬にしてすべてを失いました」


“すべてを失った”。文字通り、すべてを?

 そんな事実、今まで一度も聞いたことがない。


 アンジェリーナは改めて周りを見渡した。


 深緑の森の中、突如として現れたむき出しの窪地。

 生命のまるで感じられない姿。

 心が竦む。

 この光景こそが、歴史が真実であったことを物語っている。


 ただ、気になるのは――。


「どうして、ポップ王国はそんな歴史的事実を隠しているのでしょうか?」


 恐る恐る尋ねたアンジェリーナに、ザグルヴがちらりと視線を寄越す。


「そんな重大なこと、ポップ王国の誰も知らないだなんて、おかしいにも程がある。徹底した情報統制が行われている証拠です。つまりそれは、ポップ王国側に何かやましいことがあるという証明でもある」


 そこまで言い終えて、アンジェリーナはぱっと顔を上げた。

 相手の反応を窺いたくも、表情が崩れる様子は一切ない。

 一方で、向こうは向こうでこちらの顔をまじまじと見ているようで、なんだか針で刺されているかのような心地がする。


 しばらくして、ザグルヴはこくりと頷いた。


「えぇ、その通りです。それこそが、ポップ王国が犯した罪の正体――」


 ザグルヴは抑揚なく、静かに言い放った。


「ポップ王国、もといチュナ王国はヤルパを見殺しにしたのです」

「――え」


 思わず声が漏れた。目が大きく見開かれる。

 言葉を失ったアンジェリーナに、ザグルヴは説明を続ける。


「ヤルパは当時、ポップ王国の前身たるチュナ王国の一部でした。だから当然、ヤルパは王宮に対し、救援と復興の支援を至急要請したんです。ですが――王宮側は、ほぼ一切の支援を寄越さなかった」

「そんなの――」

「そんなの、ありえねぇだろ!だって、自分の国だぞ!?それを助けないで放っておくだなんて、そんなの、そんなの――!」

「ありえない?」


 その声に、ギルは口をつぐんだ。


「えぇ、ありえないんです。しかしこれは事実。紛れもなく、約200年前に起こった――」


 何かがおかしい。


 アンジェリーナの中に、漠然とした疑念が広がっていた。


 ポップ王国はなぜ、ヤルパに支援を寄越さなかったのか。

 何か、何か、理由があったはず。

 何か、重大な見落としをしているような――。


『約200年前にヤルパを襲った、巨大な“赤い隕石”のクレーターです』

『紛れもなく、約200年前に起こった――』


「200年前?」


 断たれていた道筋が開けていく感覚。

 すべての事象が繋がり、刹那、頭の中のもやが晴れる。


「ポップの出現――!」


 愕然とするアンジェリーナの呟きに、場が凍り付く――。



「え、ポップ?何言ってんだお前」

「――王宮のほど近く、突如出現した謎の石。そこから発せられる強大な魔力に、人々は戸惑い、国は混乱状態に陥りました」


 訳がわからぬ様子で狼狽えるギルを前に、ザグルヴは一切動揺する素振りなく言葉を続けた。


「その魔力が良いものなのか悪いものなのかもわからない以上、調査・解析は一刻を争う。一方、ヤルパの災害は被害は大きくとも、あくまで範囲はヤルパ地方の中に留まっていました。かたや国土全体の問題、かたや一地方の問題。どちらを優先すべきかは明白ですよね」


 あ。


 そのときアンジェリーナは気が付いた。


 あの目。

 最初、発電所の前で、ザグルヴと話したときの。


「数年後、研究の末、ポップが国土に大いなる恩恵をもたらす、神の石だとわかった王宮は、大災害による甚大な被害が未だ残っていたヤルパを切り捨て、新たにポップ王国なる国を造り上げました。ひどいものですよね?自分たちだけがいい思いをして、お荷物は放っておけばいいだなんて」


 嫌悪を孕んだ冷たい眼差しに、体が震える。


「勝手に国境を区切られて、勝手に鎖国されて、ヤルパは独立を余儀なくされました。人もいない、土地もないその環境で、人々は何を思ったのか」


 重苦しい空気は、息をするのもやっとなほど。

 あくまで淡々と、冷酷に、ザグルヴは言い放った。


「ポップ王国への憎しみを糧に、ヤルパは再興を果たしたのです。統一民族政策?そんなものはどうでもいい。我々はまだ、あのときのことを許してなどいないのですから」


 ポップ王国が犯した罪。

 その重さをアンジェリーナはまだ、受け入れることができずにいた。

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