第200話 “赤い隕石”
もし、私の考えていることが正しくて、それが事実だとして。
ヤルパ民族の分断が、ポップ王国の罪なのだとしたら、私は一体、何をどう償えばいいのだろうか。
王女とは名ばかりの薄っぺらい立場で、彼らに報いることなど、不可能に等しいというのに。
今の私にできることとは、一体――。
「アンジェリーナ!!」
こう迷っているときに限って決断は、案外すぐに迫られるもの。
心づもりもなく突き付けられる事実は、ふにゃふにゃの心に容赦なく突き刺さって――。
ヤルパ訪問5日目。
中央図書館の探し物を始めること早3日。
ドーム中に響き渡る呼び声に柵から身を乗り出すと、そこには全速力で駆け上るギルの姿があった。
「これ!」
目を見開き、緊張した面持ちのギルに、鼓動が高鳴る。
差し出された本に手を伸ばし、アンジェリーナは静かに表紙に目を落とした――。
「『赤い隕石』」
――――――――――
「ザグルヴさん」
その声に、窓辺で一人座っていたザグルヴは、本からぱっと顔を上げた。
「私、ずっと考えていたんです。ザグルヴさんがおっしゃったことを。『無い土台』とは何か――私にはそれが、ただの恨み言には思えなかったんです。その背景には私の知らない、隠された真実があるのではないかと。ポップ王国とヤルパを分断するような何か、隠された歴史があるのではないかと」
知らなければならない事実がすぐそこにある。
それを知ることを、私は諦めてはならない。
すっと目線を上げ、アンジェリーナは尋ねた。
「これですか?その鍵は」
アンジェリーナが提示したのは、先程見つけたあの本。
ザグルヴは微動だにせず、『赤い隕石』と書かれた表紙を見つめていた。
表情が見えない。
眉一つ動かさず、まるで私がこの本を見つけてくるのをわかっていたかのように。
「少しお時間いただいてもよろしいでしょうか」
「え?」
そう言うと、突然ザグルヴはその場に立ち上がった。
冷たい瞳が静かにアンジェリーナを見下ろしている。
「お連れしたい場所があります」
――――――――――
「――ここから歩きます」
「歩くっておい」
その光景に、隣でギルが顔をしかめた。
「ここからって――獣道じゃねぇか!」
ザグルヴに連れられるがまま1時間。
まさかこんな鬱蒼とした森に連れてこられるだなんて。
目の前に広がるは、黒々とした針葉樹の森。
その木の間、入り口とおぼしき辺りには、“立入禁止”の古びた看板が刺さっており、よく見るとその先も、一切舗装の施されていない細道が続いている。
「お、俺たちをどこへ連れていくつもりだ!こんな、護衛も付けずにたった三人で」
「あなたがその護衛ですよね?ならば問題ないかと」
「なっ!」
突然の予定変更、また行き先もわからぬままの出発につき、実はこの三人、その他護衛の目を欺く形でここまできたのだ。
国家安全上、かなり問題だとは思うけど。
長時間の馬移動によりバキバキになった体をう゛っと伸ばし、アンジェリーナはギルの背にポンと手を置いた。
「ほら、ここでうだうだしていても仕方ないでしょう?――というかギル、ザグルヴさんにも敬語外れてるよ」
「はっ――!」
口を押さえるギルを尻目に、アンジェリーナはザグルヴに続いて森の奥へと分け入っていった。
「なぁ、やっぱりここ、長らく使われてねぇんじゃねぇの?足元悪すぎだって」
「大丈夫だよ。ブーツ履いてるし」
「お前ズボンだしな?――ったく、姫様がワンピースもドレスも着ずに。これ普通なのか?」
「いいでしょう?こっちのほうが動きやすいんだから。現に今役立っているし」
後方二人、いつもと変わらずぶつくさ言いながら歩くこと数分、一向に何かが現れる気配はない。
ザグルヴさん、本当にどこへ?
まさか、いや、いざというときはすぐに召喚できるように――。
「王女様、一つお尋ねしたいのですが」
「――はい!」
タイミングの悪い質問に、アンジェリーナの肩が思わずビクッと跳ねる。
「私の戯言にそこまで時間を割いてくださったのは、一体なぜなのでしょうか」
「え?」
ザグルヴは前を向いたまま質問を続ける。
「本来ならばあの発言は、王家侮辱の罪に該当するもの。投獄されてもおかしくないと思うのですが。あなた様はそれを真に受けられた。なぜかと思いまして」
なぜか、ね。
またこれも、こちらを試すような発言。
「ザグルヴさんのおっしゃったこと、それがただの侮辱ではないことは明らかでした。それでなければ“無い土台”という回りくどい言葉など、使うはずがありませんから。それで、何か意図があったのではないかと――あとは、直感です」
その言葉に、ちらりとザグルヴが視線を寄越した。
「ザグルヴさんの、あのときの口調・表情はまるで鉄面皮。なかなか内なる心がわかるようなものではありませんでした。ですが、私はもっと、普段から無表情の人物を相手にしているので、その人よりかは感情の動きがわかりやすいのですよ」
アンジェリーナはふふっと笑い、その先を続けた。
「あのとき、あなたは私に対して確かに、敵意を向けていた。しかし、それは憎しみや殺意というよりも、嫌悪に近いものだったのではないかと考えています。私情というよりは、あくまで旧ヤルパ王国の人間として、何かポップ王国王女である私に、物申したいことがあるのではないかと」
それを聞き、ザグルヴは再び顔を前へと戻した。
返事はない。
場のピリピリとした緊張感が、森の静寂を際立たせている。
――ん?あれは。
沈黙を保つことさらに数分、前方に光が見えた。
先の風景は見えないが、どうやらようやく森の終着点に出るらしい。
「王女様」
そのとき、ザグルヴの足がピタリと止まった。
「私は確かにあなたを試していた。その上で、あなたは見つけた。その鍵を」
ゆっくりと後ろを振り返り、ザグルヴが指し示した先には、アンジェリーナの手の中の本があった。
「どうぞ、その目でお確かめください。ポップ王国、その負の遺産を」
そう言うと、ザグルヴは道を開けた。
冷ややかな眼差しがこちらをまっすぐに貫いている。
行くしかない。
アンジェリーナはその一歩を踏み出した――。
「なに、これ」
その光景を目の当たりにし、思わず声がこぼれた。
瞳に映し出されたのは、周りの針葉樹林とは程遠く、異様に赤い土。
直径1キロメートルはあろうかという、巨大な円の窪み。
草木も生えないむき出しの地面。
これは――。
「約200年前にヤルパを襲った、巨大な“赤い隕石”のクレーターです」
アンジェリーナは息を飲み、ただただその場に立ち尽くしていた。
この世のものとは思えないような現実が今、ポップ王国の過去を炙り出そうとしていた。
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