第198話 側近家

「あ」


 ヤルパ訪問4日目。

 昨日と同じく、アンジェリーナとギルは中央図書館に籠っていた。


「ギル!ちょっと来て!」

「――ん?え、なんか見つかったのか!?」


 柵から身を乗り出し、下を覗き込むと、ギルが階段を全力で駆け上がっているのが見えた。



「これ」


 アンジェリーナはギルに一冊の本を手渡した。


「えーっと――『王家血統縮図』?なんだこれ」

「ちらっと見た感じ、ヤルパ王家の歴史とかについて書かれているみたいなんだけど」


 ギルが本を開くとそこには確かに、ヤルパ王家に関する歴史や功績、繁栄の道筋などが事細かに記されていた。


『モンドリオール家は、ヤルパ王国創建から今日に至るまで、約200年に渡り、栄華を極めてきた。――現在の国王モンドリオール7世は、隣国にして最大の敵国である、ポップ王国との分離を進め、南部ヤルパ民族の奪還を目指しておられる。――』


「はぁーん?要は、王家自慢ってことだろ?こういう伝記みたいの、俺苦手なんだけどなぁ」

「まぁまぁ。でもほら、王都にいたらこんな本、そうそう読めるものじゃないし」

「そんなもんか?」


 ギルが退屈そうにページをめくる。


 まぁ確かに、一方的な自分語りみたいな本は、私も苦手ではあるけど。


 と、そのときだった。


「おいアンジェリーナ、これ見ろよ!」


 突然の声に驚き顔を向けると、ギルは目を大きく見開きこちらを見ていた。

 急いで本を覗き見ると、そこには――。


「――ザグルヴ家!」


 見るとそこは、歴代王家に仕えた側近たちについて書かれたページ。

 その中、ひと際大きく『ザグルヴ家』の文字があった。


「ザグルヴさんって名家の出身だったんだ」

「というかそれって、ヤルパ王国側の人間だったってことだろ!?やっぱりあいつ、ポップ王国を敵視して――」

「まだそうと決まったわけじゃないでしょう?」


 ――とは言いつつも。


 アンジェリーナは眉間にしわを寄せた。


 ザグルヴさんがこちらに嫌悪感を抱いているのは確か。

 その理由がヤルパ王国出身なのだとしたら?

 やっぱり、戦争のことなのだろうか。


 それに――。


「あ」

「え?」


 その呟きにぱっと顔を上げると、ギルが無言で本を指さしていた。


「――あ」




 ――――――――――


「姫様、お食事は口に合いますでしょうか?」

「えぇ、もちろん。大変美味しいです」

「それは良かった」


 その夜、アンジェリーナは会食の場にいた。

 実はこれは今日に始まったことではなく、初日の領主その他要人との会食から毎夜、ヤルパ領の役人との食事会をこなしているのだ。


「この前菜に使われている器は、ヤルパ原産の石を加工したものなんです」

「なるほど。どうりで綺麗なお皿だと」


 今日の相手は領主トリスの側近の一人。

 低い声がよく通る、いかにも紳士という様相。


「それにしても、名残惜しいですね。残すところあと2日だなんて。もっと姫様とお話させていただく機会があればよかったのですが」

「私も、なんだかあっという間に感じられて」


 丁寧な言葉遣いに過度なおだても無し。

 有能さが滲み出ている。

 事実、きっと勤勉に領主を支えているだろう。


 そこでアンジェリーナはコトッとグラスを置いた。


「そういえば、一つつかぬことをお伺いしたいのですが」

「なんでしょう?」


 すぅっと息を吸い、まっすぐに目の前の男を捉える。


「バドラス様はヤルパ王国のご出身なのですよね?」


「――え」


 先程の余裕のある顔から一変、突拍子もないアンジェリーナの言葉に、バドラスは固まった。

 目を見開き、口をぽかんと開けて凍り付いている。


 そう。『王家血統縮図』に書かれていた側近の家々。

 その中に、アンジェリーナとギルは、『バドラス家』の名前を見つけたのだった。


「えっと――それはどちらでお聞きに?」


 かろうじて発したその声はかすかに掠れ、無理して作った笑顔に、頬が震えている。


「たまたま拝見しました本に、『バドラス家は過去200年間、モンドリオール家が王位に就いてからずっと、側近として王家に仕えてきた、由緒正しき一族だ』と」


 あくまで淡々と、立場を崩さぬように。

 ぼろを出さぬよう、極力感情を表に出さないで。

 しかし嘘をつかない範囲に内容は抑えて。


 アンジェリーナは静かに相手の動向を窺っていた。


「――そうですか。なるほど」

「私としては、旧王国の方々も、そうでない方々も、お互いに手を取り合って協力し、また有能な人材が上に行くべきだと考えております。ですから、現体制でも領主の右腕となってくださっているバドラス様には、これからもぜひ、ヤルパ領の発展にご尽力いただければ幸いです」


 アンジェリーナの薄っぺらな言葉に、彼は何を思ったのだろうか。

 その実はわからない。


「もちろんでございます。私にできることならなんでも申しつけください。ポップ王国の更なる飛躍のため、努めていく所存です」

「ありがとうございます」


 バドラスは表面上、平静を取り戻した様子で笑みを浮かべた。


 目の笑っていない、黒い思惑が渦巻いている感じ。

 初日の会食のときにも思ったけれどやっぱり、この人こそ要注意人物なのだろう。


 ――――――――――


「はっ、ずいぶん仕掛けたなぁ?」


 ホテルへの帰路、ギルはにやりと笑った。


「まぁ、これくらいやっても罰は当たらないでしょう?」

「して感触は?」

「上々――そっちは?」

「うん。今夜行けるってさ」

「了解」


 時間も迫っている。

 そろそろ、本格的に動き出さないと。


 アンジェリーナは新たな段階へと踏み出そうとしていた。

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