第195話 動力源
「っだぁー!腹立つ!!」
その夜、ヤルパ市街のホテルの中、アンジェリーナの部屋にて、ギルは苛立ちを露わに声を荒げていた。
「何なの!?あのザグルヴとかいう奴の態度!後ろで聞いててもう、イライライライラ――!」
「はいはい。よく抑えたね」
子供をなだめるような声を発しながら、アンジェリーナは向かいのソファに腰かけた。
「『はいはい』じゃねぇんだよ!お前、腹立たねぇのか!?」
「――まぁ、ちょっとイラッくらいはしたけど」
「だよなぁ」
はぁと大きなため息をつきながら、ギルはぐったりとふかふかの背にもたれかかった。
「お疲れだね」
「いや、それを言えばお前も――まぁ、今日は慣れないことが多かったし」
「確かに。護衛の任務とはいえ、向こうのお役人さんと一緒の馬車に乗るのは精神的にきてそうだったし」
「え、そんなにバレバレだった!?」
アンジェリーナの言葉に、ギルはがばっと体を起こした。
「ギル、本当に嘘付けないね。まぁ、敬語が使えるようになった分だけ、良くなったとは思うけど」
それを聞き、再びソファに倒れ込むギル。
今日の視察、いやこれからあと4日間の視察期間、ギルにはより苦労を掛けてしまうことになるだろう。
というのもここ、ヤルパは元敵国。
住民の多くは、ヤルパ王国時代から長きにわたり、この地で暮らしている。
当然、ポップ王国側に敵意を持つ者もいるだろう。
その中には、役人がいる可能性も高い。
ゆえに、近衛兵であるギルは、常に私と一緒にいることを命じられている。
馬車の中でヤルパ側の人間と二人きりにさせることなど、言語道断なのだ。
「なぁ、あのザグルヴって人も、やっぱりヤルパ王国側なのかな。明らかに、アンジェリーナに意地悪して」
「うーん、意地悪とは少し違うような気もするけど」
「じゃあなんだ?もともとああいう無礼なやつってことか?」
「――それをギルが言うのはちょっと」
無礼なやつ、ね。
アンジェリーナは昼間言われたザグルヴの言葉を思い出していた。
確かに、口調はぶっきらぼうというにふさわしい感じだし、表情だって愛想笑いの一つしない。
でも彼が言ったこと、それが間違っているのかというとそれも違うような気がする。
なんというか、正論責めみたいな。それにしては回りくどい言い方をしていたけど。
それこそ、そのあたりは意地悪なのかもしれない。
明らかな敵意も感じたし。
「うぅ、難しい」
アンジェリーナはソファにもたれかかり、ぐーっと伸びをした。
ザグルヴさんのことはちゃんと考えなきゃいけないような気がする。
けれど、何をどうしたらいいのか。
考え方も境遇も違う人と対話をする難しさを、今、私は実感している。
「話は変わるけどさぁアンジェリーナ」
「ん?」
見ると、ギルは体を起こし、こちらを見ていた。
「今日見た水力発電って、あれ、本当に水で“電気”ってのを作ってるの?」
「そうだよ。ちゃんと解説してもらったでしょう?」
「いやそうだけどさ、やっぱり
そう。外界と触れ合わないポップ王国にいると忘れがちなことがある。
それは、ポップ魔力はポップ王国内にしか存在しないということ。
王国内のインフラ設備、その他街灯や各種家電など、あらゆるものはポップ魔力を動力源としている。
つまり、外の世界には当たり前にある“電気”というものが、ポップ王国には実はないのだ。
かくいう私も、電気の存在は『魔界放浪記』を見て初めて知った。
そこに当たり前のように書かれている電気。
それが何物であるかを、書庫まで行って調べたものだ。
そして当然、元外国であるヤルパには、ポップ魔力は存在しない。
ポップ王国はヤルパを取り込んだことで初めて、電気と触れ合うことができるようになったのだ。
「というか、その発電所の見学って、アンジェリーナの希望だったんだよな。事前の要望みたいなので出してただろ?」
「うん、そう」
「でもさぁ、王都とかには電気なんて必要ないだろ?ポップがあるんだから」
「確かに、今はそうかもね」
「え?」
含みのある言い方に、困惑するギル。
こういう反応を見ると、教えるほうも嬉しくなるというものだ。
「ねぇギル、ポップって、あとどのくらい存在できると思う?」
「へ?」
突拍子もないアンジェリーナの質問に、ギルはぽかんと口を開けた。
「そ、存在とは――?」
「あーじゃあ、あのポップ石。あれってあとどのくらいで朽ちてなくなると思う?」
「え!?」
訳がわからないという風に、ギルはばっと立ち上がった。
「な、なくなるなんてことあるの!?あれ」
「あるでしょう。そりゃあ、どんなに力を持った石でも、石には変わりないんだから」
なおも納得できないという顔のギルに、アンジェリーナは説明を続けた。
「ほら、午前中に見たでしょう?街の銀行。あの外装、ところどころ石が変質していたし、ツタも這っていた。これは風化している証拠。ポップ石だってこの先何百年、もしくは何千年後かには消えてなくなる運命にあると思うんだ」
「何百、何千――」
「もしかしたら、意外にも何十年後かもしれない」
「え、嘘だろ!?」
大声を上げるギル。
まぁ当然だ。
だって、我々ポップ王国民からすれば、ポップなんていうものは、当たり前のように存在するもの。
それこそ、生まれるずっと前から。
それが、自分たちが生きてるうちになくなるかもしれないと言われても、そう簡単には信じられる話ではない。
「それから、ポップ――あの人型の魂のほうね。あの人だって、この先どのくらい生きているのかはわからないよ。本人は妖精だかなんだかって言ってるけど、もしそれが本当なのだとしても、きっと、妖精にも寿命はあるはずでしょう?そうしたら、石のほうも消えてなくなるかもしれない」
ちらりと見上げると、すでに頭の容量を超過してしまったのだろう。
ギルは口をぽっかりと開いたまま、その場で静止していた。
「ふっ、わかったでしょう?私が電気について知りたがった理由。ポップが失われれば、この国は崩壊する。そしてその日は必ず来る。だからこそ、いつか来る、その日のために、私たちは備えておかなければならない」
「ポップに代わるもの。それが、電気ってことか」
「そういうこと!」
はぁ、なるほど、とギルはうんうん頷いた。
果たして、今語った内容のどれほどを真に理解してくれているのだろうか。
ギルは、記憶力はいいんだけど、理解力がなぁ――。
「っていうか、そんなこと考えながら視察してたんだな、お前。俺なんか、常に気を張って、それから――――あ゛ぁ」
「何?どうしたの?」
突然唸り声を発し、ギルはすとんとソファに腰を落とした。
「水力発電で思い出しちまった。ザグルヴのあの意地悪発言」
「――あぁ」
そういえば、話の発端はそうだった。
先延ばしにしてしまったけれど、結局、ザグルヴさんのこと、どう昇華していいものか。
『それはあくまで、あなた方からの目線でしかない』
『あなた様はきっと、“
『無い土台にいくら物を積み上げたとて、何もないのと変わらないのですよ』
「――ねぇギル」
「あ?」
そのとき、アンジェリーナはぼそっとギルに呼びかけた。
「『無い土台』って一体何だと思う?」
「え」
今改めて思い出してみると、あの発言。
一体何の意図があったのだろうか。
未来でもなく、現在でもなく、それよりもっと前提的な――もっと根本的な何かが欠けている?
――はっ!
「ギル!!」
「あ、何!?」
突然声を上げ、アンジェリーナはギルに飛びついた。
「お願いがあるの!」
目を見開き、体を仰け反らせるギルの腕を掴み、アンジェリーナは目をキラキラと輝かせた。
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