第191話 君の回想

 春の陽気漂う、4月25日。

 普段は活気に満ち溢れる城下町の人々も、その日だけは店を閉め、城の前でぎゅうぎゅう詰めになりながら、今か今かとその時を待っていた。


 ファンファーレの音に、一斉に歓声が上がる。

 ギィィと大きな音を立て、城門が開かれる。


 現れたあいつは、観衆にはとても輝いて見えたという。

 18歳の誕生日、アンジェリーナは成年王族となった。




 時刻は経過し、その夜――。


「国内主要都市の視察!?」

「そうだ」


 長い長い式典を終えたのも束の間、アンジェリーナとギルはイヴェリオの執務室に呼び出されていた。


「えっと、視察っていうのは?」

「まぁ、挨拶回りみたいなものだな。この度、正式に王女として成年王族になりました、と各地領主にお知らせして回るということだ」

「なるほど?」


 面倒臭いなぁ、と顔に滲ませながら、アンジェリーナは言葉を返した。


「要は、今日の式典を除けば、これが初の公務というわけだ。各都市滞在期間は長くて一週間。移動も含めてだいたい半年ほどの旅になるだろうな」

「えっ、そんなに?」


 思わず声が、とでも言いたげにギルはぱっと口を塞いだ。


 本当にこいつらは――。


 はぁとため息をつき、イヴェリオは気を取り直して言い放った。


「王女として、王族の威厳を示すための大切な仕事だ。しっかり励むように」

「はい、わかりました」

「それから!」


 イヴェリオはわざとらしく口調を強め、アンジェリーナをじっと睨んだ。


「くれぐれも、問題行動は起こさぬように。いいな?」

「――はい」




 そしてそれから約二週間後――。

 思いを馳せるは遥かなる北方の地。


「今頃、あいつらは何をやっているのだか――」


 イヴェリオは椅子に深くもたれ、そして机の引き出しを開けた。




 ――――――――――


「うーん!やっぱりこの辺は空気がおいしいね」


 アンジェリーナはぐっと背伸びをして、改めて周りを見渡した。


 5月から始まった視察。

 一行は多くの警備隊と使用人、そして役人たちを引き連れ、首都ミオラを出発し、王都からほど近い主要都市を数日でテンポよくまわり、北上を続けていた。

 今のところ特に問題もなく経過している。


「アンジェリーナ、どっか痛いところはないか?途中、道ガタガタだったろ」


 アンジェリーナの隣に控える背の高い男。

 王女付き近衛兵、ギル。


 ギルが近衛兵として配属されたのは今から6年前。

 実はまだ、あのときは17歳だっただったため、初めギルはジュダの補助役という、見習い扱いでの雇用だった。

 まぁ、あれから18歳成人となり、正式に王女付き近衛兵として任命したので、未成年雇用に問題はなかった、ということにしている。


「ううん、大丈夫。というか、途中から寝てて全然気にしてなかった」

「あ、そう。そりゃ良かったけどさぁ」


 そう言うと、ギルは何かを気にしたように、ちらりと馬車を見た。

 すると、先程までアンジェリーナが乗っていたその馬車から、何者かが降りてきたところだった。

 出てきたのは、綺麗な身なりをした、金髪碧眼の――。


「ふぅ。さすがにこの時間の移動となると、体が痛くなりますね」

「何が『痛くなりますね』だ、居候!」


 クリス=ミンツァー。

 アンジェリーナの元許婚。

 6年前のジュダの件の後、許婚を解消した男だ。

 まぁ、とはいえ、アンジェリーナとの関係は特にこじれる様子もなく、この6年間、普通に勉強会を続けていたのだが。


 見ると、うーんと体を伸ばしながらクリスはこちらに近づいてきた。

 その堂々とした様子を見て、すかさずギルが突っかかりに行く。


「あのなぁ、なんでお前が一緒に乗ってくるんだよ!――ミンツァー大臣?」


 かすかに口元をピクつかせて、わざとらしくギルはクリスの顔をのぞき込んだ。


 そう。三人の間で一番の変化といえばこれだろう。

 約1年前、カヤナカ王政始まって以来、史上最年少大臣として、クリスが大臣となったのだ。


 役職は保健福祉大臣。

 その名の通り、この国の保健と福祉を支える、保健福祉局の長である。


 前任の大臣が不祥事により急遽辞めざるを得なくなってしまったということ、そして何より、優秀な人材をいち早く手元に置いておきたかったということによる大抜擢。

 王宮に入ってからわずか8年目での、スピード出世であった。


 しかし、どんなにクリスが偉くなろうと、変わらないのがこの男である。

 ギルはなおもクリスに突っかかっていた。


「わざわざカイオラから同乗しやがって」

「私も、行くところは同じだったので。ちょうど済ませなければならない用事がありまして」

「それじゃあ、お前一人で行けばいいだろうが」

「馬車代がもったいないので」

「屁理屈言うんじゃねぇ!」


 ギルの非難にも一切動じないクリス。

 こういうとき、普通は引き下がるものだと思うのだが。

 それでも飛び込んでいけるのは、もはや彼の才能だろう。


「おい、というか、寝ているアンジェリーナに何かしてねぇだろうな?」

「――さぁ?」

「あぁ!?」


 無表情のからかいに、苛立ちを露わにして声を上げるギル。

 その裏では、役人が、兵士が、使用人が、揃いも揃ってざわめきたっている。


 まぁ仕方ない。

 何せ、一近衛兵がこの場でアンジェリーナの次に偉いであろう大臣に、一切臆することなく噛みついているのだから。


 その横で苦笑いを浮かべ、アンジェリーナは二人を仲裁した。


「まぁまぁ、とりあえずいいでしょう?ほらギル、いつまでもむくれてないで――そろそろ出発するんじゃない?」


 アンジェリーナの声掛けに、渋々という様子で、ギルは出立の準備に戻り、同時に、アンジェリーナとクリスも、馬車へと乗り込んでいった。




 ――――――――――


「――なぁ、本当に今、こんな会話が繰り広げられているのか?」


 イヴェリオはそっと、写真立てを指でなぞった。

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