第190話 狼煙

「ふわぁあ」

「おい、仕事中だぞ」


 朝もやが辺りを白く包み込んでいる。

 ぶるりと体を震わせて、男はひりひりと痛む髭を手でこすった。


「――とは言うけどよぉ、こんなところ、毎日監視していても意味ねぇだろ」

「んなこと言うんじゃねぇよ。ったくそんなこと、いちいち考えてたらやってられねぇっての!」


 男は再度大きなあくびをし、ぐーっと体を伸ばした。


「けどさぁ、俺たち、れっきとしたポップ王国軍の兵士なんだぞ?数年前の戦争にも一切参加できなければ、特別警備隊のように高給取りなわけでもない。毎日毎日、変わらぬ景色を見続けて。しかも、いつまで経っても変わらない、しけたメンバーと共同生活して、もううんざりだよ」

「誰がしけたメンバーだ!それを言うならお前だって、人のこと言えねぇだろうが。毎日毎日同じ愚痴吐きやがって」

「あぁ!?なんだと」



 ドオォン――!!


 突然、耳をつんざくような轟音が響き渡り、大地が揺れた。

 今までいがみ合っていた二人も、思わずその場によろける。


「な、なんだぁ?今の。すげぇでかい地震だったぞ!?」


 そのとき、ビーッ、ビーッと警報音が鳴り響いた。


「パターン01ゼロワンだ!周囲の安全を確認し、すぐに王宮と連絡を――」

「おい」

「なんだ!?」

「あれ」


 隣の兵士が指さした先、男は目を疑った。

 深いもやの中、黒い影がこちらに近づいてくる。


「ありえない。そんなはずは、だってここは――!」



 男が一人、姿を現した。

 黒い外套に身を包み、後ろに複数の影を従えて。


 男は内ポケットから何かを取り出し、そしてこう呟いた。


「《叛逆の狼煙リベリオーニス》」




 ――――――――――


「――今朝の地震ですが、被害の状況はデュガラでけが人、建物の倒壊などが少々。しかし、大きな被害はなく、死者も出ていないとのことです」

はどうなっている。一時連絡が途絶えていたのだろう?」

「えぇ。ですが、その後すぐ連絡が取れた模様。『問題ない』とのことでした」

「そうか――いや、念のためにな」


 ポップ王国・首都ミオラ。

 その中心にそびえたつビスカーダ城にて、イヴェリオは宰相リブスからの報告を聞いていた。


「震源地や被害状況等、詳しいことがわかり次第、随時報告してくれ」

「はい。かしこまりました――あ、そういえば」


 深々と礼をして、部屋から出て行く間際、リブスは思い出したかのようにこちらを振り返った。


「姫様の馬車ですが、今日のお昼ごろには到着するだろうと」

「――そうか」

「いやぁ、4月から始まったも、いよいよ次が鬼門ですね」

「ふぅ、そうだな」


 いよいよ、か。


 イヴェリオはくるりと椅子を回して、外を見つめた。

 雲一つない、冴えわたるような青空。


 あいつがここを出て行って、もう二週間近くが経つのか。

 いなければいないで、静かなものだ。


 はぁとため息をついて、イヴェリオは頬杖をついた。


「頼むから、やらかしてくれるなよ?」




 ――――――――――


 本当は、ずっと一緒にいたかった。

 あなたにも、隣を歩いてほしかった。

 でも、あなたはすでにそれを諦めてしまったから。


 この手に茨を絡ませて、私があなたを連れて行く――。




「――ナ、アンジェリーナ?」


 聞き馴染みのある声に、アンジェリーナは瞼を開いた。

 差し込む光の強さに、思わず目をしばたく。


「お、起きたか?」


 馬車の扉を開いて、ギルがこちらを覗き込んでいた。


「今、給水時間だから、一回外出たらどうだ?体固まってるだろ」

「ん、確かに、そうかも」


 ギルの言う通り、長時間の移動で、体はもうバキバキだ。

 アンジェリーナは馬車を降り、うーんと大きく伸びをした。


 見渡す限り、周りは青々とした森が広がっている。

 空気の冷たさに、鼻がツンとした。


「はぁ。もうすぐって感じだね」

「あぁ」



 時は流れ、6年後。

 アンジェリーナは18歳となっていた。

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