第189話 二人の密談

「“記憶の旅人マインドトラベラー”でジュダの記憶を辿ったとき、言われたことがあるの」


アンジェリーナはゆっくりと語り始めた。


――――――――――


「あ、そうだ。アンジェリーナ」

「ん?」


暗い森の中、ジュダは思い出したように声を上げた。


「あそこにあるパーツ、見てくれないか?」

「パーツ?――あ、あれか」


ジュダに促され、視線の方向を辿ると、そこには確かに、何か欠片のようなものが落ちていた。

黒焦げになった上に細かくばらけていて、原形はほぼなくなっているが、まだところどころに金属の光沢が見える。


「うん。よく見たら、確かに金属片みたい」

「やっぱりか」


ジュダはぼそっと呟いた。


「――これが、どうかしたの?」

「あぁ――アンジェリーナ、さっきの、いや今日の爆撃については、どこまで把握している?」

「え、えーっと」


突然のジュダの質問に、アンジェリーナは首を傾げた。


「うーん、私もギルに聞いた程度だけど、『カイオラ近くで複数の小隊が爆撃された』ってぐらいしか」

「複数、か――時刻は?」

「時刻?」

「その爆撃はそれぞれどのくらいの時間帯に起こったものなんだ?」

「えーっと?」


いきなりどうしたんだろう、ジュダ。

こんな立て続けに質問なんかして。

確か時間帯は――。


「正確にはわからないけど、でも、どれも今朝、同じような時間帯に起こったみたいだよ」

「なるほどな」


そこまで聞いて、ジュダは何か納得したようにふぅと息をついた。


「ねぇジュダ、一体何を?」

「――アンジェリーナ、お前に一つ伝えておかなければならないことがある」

「え?」


真剣な眼差しでこちらを見つめるジュダに、アンジェリーナは思わず身構えた。


「今回の爆撃、お前の話からすると、おそらく同時多発的に起こったものだろう。その金属片、それはミサイルの破片だ。それも高性能の」

「高性能――」


アンジェリーナはちらりと先程のパーツに目を向けた。


「普通、爆撃っていうのは、ある程度当たりを付けて無差別に行うものと、確実に一点を狙って行うものが存在する。当然、後者のほうは、高性能のミサイルが必要になる。ゆえに、今回の爆撃は、後者に該当する」

「確かに」


兵士が固まっている拠点を複数同時にたまたま当てるだなんて、考えられない。


「ここで問題になってくるのは、果たしてヤルパに、その高性能ミサイルを所持できるだけの、技術力あるいは経済力があるのか、ということだ」

「ん?」


“本当に”?


意味深なジュダの言葉に、アンジェリーナは眉をひそめた。


「俺は別に、外のことに詳しいわけじゃない。だから、正確なことはわからない。だが、実戦経験はある。その中で、ヤルパと対峙したこともある。今から2年ちょっと前のことだ」

「2年ちょっと――」


ジュダが、近衛兵としてこちらに来る少し前。


「そのとき、ヤルパの軍勢は基本的に歩兵をメインとして、爆撃といっても大砲によるものがほとんど。後は、無差別的なミサイル攻撃が数発あっただけだ。それも、今とは比べ物にならないほど、お粗末なものだった」

「でも、それが2年ちょっとでここまで発展した?」


そう口に出して、しかしすぐに、そのことが胸に引っかかった。


本当に、そうなのかな?


「こう軍隊の中で実務を経験して、それに加えて城の中での護衛任務も経験して。俺はそんなこと知りたくもないのに、はっきり言って、知りたくないことも見聞きしてしまうことがある。今までは、俺はそんなこと考えられる立場じゃないと、詮索しないようにしていたが、でも、今となってはそれも無意味だろう――アンジェリーナ、俺はこう考えている」


アンジェリーナはごくりと唾を飲み込んだ。


「ヤルパは、飛躍的な成長などしていない」

「え」


その言葉に、アンジェリーナは思わず固まった。


ヤルパが、成長していない!?

え、それじゃあ――。


「前にあった、消失薬の件はどうなるの?あれだって、ヤルパに資金力があるからこそ、手に入れられたんじゃ――」

「あぁ。だからヤルパはおそらく、どこかから多額の資金援助を受けている」


その瞬間、アンジェリーナははっと息を飲んだ。


「資金、援助?――誰から!?」

「さぁな。誰からだなんて、考えたくもないが、まぁ、ミサイルをいくつも買えるだけの金とならば、国単位で関わっているかもな」

「国って――」


あまりの壮大さに頭がついていかない。


ジュダの仮説が正しければ、いや、もはやそうとしか思えないけど。

もしそうならば、ヤルパはどこかの国から多額の援助を受けていて、その資金でもって、ポップ王国を攻撃するための物資を購入したことになる。


たぶん、購入先はフォルニア王国だろう。

まぁそこはわかりやすいからいいけど、問題は――。


一体どこの国が、ヤルパを援助したのか。

ポップ王国に敵対するヤルパを助けるということはつまり、その国もこちらに敵意があるということ。

それも、ヤルパに資金援助ができるほど、経済的余裕があるのは明白。

つまり、ポップ王国と同等、あるいはそれ以上の国力を持ち合わせていることになる。


「問題は、もう一つある」

「え?」


心臓がドクンと鳴った。


「敵はどうやって、俺らの居場所を突き止めた?」


その疑問に、脳内をこれまでの情報が駆け巡った。

同時多発的な攻撃。高性能のミサイル。何者かからの資金援助。

それに加えて、正確な位置の把握。


結論は、一つしかない。


アンジェリーナは恐る恐る口を開いた。


「つまり、情報が漏れている?」

「はぁ、だろうな」


あまりのことに、頭がパンクしそうだ。

アンジェリーナは呆然と、半ば呆れたような顔のジュダを見下ろしていた。


「アンジェリーナ、今年の誕生日パーティー、覚えているか?」

「え、うん」


唐突に、ジュダは切り出した。


「あのとき、襲撃事件があったろ?」

「――あぁ、例の消失薬の事件」

「あの件で秘密にしていたことがある」

「秘密?」

「犯人の格好だ」

「え?」


何も知らない様子のアンジェリーナを見て、ジュダは続けた。


「そいつは城の使用人の格好をしていたんだよ」

「変装していたってこと?」

「まぁ、そうなんだが――アンジェリーナ、うちの制服の仕様は知っているか?」

「仕様?」


アンジェリーナは首を傾げた。


「城に仕える使用人、それと兵士はどの役職であれ、体に合った、オーダーメイドの制服を身に付けるのが決まりなんだよ」

「あ、そうなんだ」


知らなかった。

そういえば、ジュダもギルもその他の使用人も、いつもぴったりの服を着ていたような気がする。

今まで気にしたこともなかったけれど。


「それが、どうかしたの?」

「――ぴったりだったんだよ」

「え?」


そのとき、ジュダはとりわけ苦い顔をして、こちらを見つめた。


「侵入者が着ていた制服、なぜかそいつの体にぴったり合ったものだったんだよ」


その言葉に、思考が加速する。


侵入者が変装をしていた。それも城の制服姿。

一体、どこからその服を入手したのか。

それに、オーダーメイドの服ならば、もっと面倒くさいことになる。

だって、その服一つ作るにも、お金だって人の手だってかかる。


少なくとも、あの犯人一人でできる代物じゃない。

それどころか、外部ヤルパの手だけでは――。


そこでアンジェリーナはぱっと顔を上げ、まじまじとジュダを見つめた。

その表情に、ジュダがふぅとため息をつく。


「まぁ、もうわかっただろうが、つまり、俺が言いたいことはこうだ――」


――――――――――


「『王国内に、裏切り者がいる』」


その言葉に、ギルははっと目を見開いた。

唖然とした様子で、口をあんぐりと開いている。


なおも鋭い目つきで、アンジェリーナは続けた。


「それだけじゃない。ジュダが言っていた通り、服が本当にオーダーメイドなのだとしたら?裏切り者は複数人いることになる。それも、わざわざそんな無理な命令ができるのは――相当、立場が上の人間しかいない」


王国内に影を落とす、裏切り者。


「ジュダが教えてくれた、未来へのバトン。私たちが、無駄にするわけにはいかない」


アンジェリーナとギルは、未だ見えないその存在に二人で立ち向かうこととなるのであった。






――――――――――


「――お疲れ様です。あ、お疲れ様っす」


公務棟一階、出入り口横の警備室。

いつもと変わらず、男は職務をこなしていた。


すっかり日も落ちて、辺りを暗く闇が包んでいる。


「お疲れ様です。お疲れ様で――」


そのとき、窓口にパサっと紙が落ちた。


ん?何すかね。


拾い上げて裏を確認する。


「ふん?」




今は8月。夏盛りというが、それでも夜は涼しいものだ。

それに今日はやけに風が冷たい。

この辺りなんか、特に――。


「こんなところに呼び出して、どうしたんすか?――クリス様」


薄暗い街に伸びる影。

高そうなスーツを着込んだ男がそこにはいた。


「危ないっすよ?この辺。城下町とはいえ、人気のない裏通りなんか、貴族様が訪れて良い場所じゃ――」

「ノア


その声に、ノアは動きを止めた。

前方、ゆっくりとクリスが振り返り、街灯の光に、その顔が露わになる。


「手伝ってほしいことがあります」


無表情で淡々と――ふふっ。


「なんすか?――クリス


闇夜の中、ノアはにやりと笑った。




(第三章 完)

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