第186話 北方辺境カイオラ
「嘘だろ。本当に――」
「ここが、カイオラ」
足元の光が消え、目に飛び込んできたのは石造りの街並み。
しかし、そのどれもがボロボロに崩れ、原形を留めていない。
ギルとアンジェリーナの二人は、ついに北方の辺境都市カイオラへとたどり着いた。
「――行こう」
「あ、おう」
フードを深く被って、街へ繰り出す。
二人がどうやら、門のすぐ脇の茂みに飛んできたようだった。
「どうすんだよ、これから。バレたら大騒ぎなんてもんじゃ済まねぇぞ?」
「わかってる」
本当にわかっているのか?こいつ。
アンジェリーナは周りの目を一切気にすることなく、ずんずんと街の中心へ向かって歩き進んでいた。
アンジェリーナのやつ、冷静でいるようで周りが見えていない。
まぁ、下手に挙動不審になるよりはいいんだろうけど。
「おい!人手が足りねぇぞ!」
「こっち、早く物資持って来い!」
街の中心へ近づくにつれ、人が増えてきた。
といっても、行き交うのは兵士ばかり。
本部が置かれているということもあるのだろうが、それにしても皆が皆、慌てふためいて走り回っている。
このばたつき
やっぱり、今朝の爆撃が影響しているのか。
おかげで、誰も俺たちのことなど、気にする余裕もなさそうだけど。
「あ」
そのとき、アンジェリーナがいきなり足を止めた。
その視線の先、いたのは――。
死体を運ぶ、兵士?
向かう先は――。
「教会?」
そこでギルははっと気が付いた。
「そうか。ということはここが――。」
「遺体の安置場」
北方の辺境カイオラのシンボルである、石造りの教会。
見た感じ、そんなに大きなダメージを受けているわけではなさそうだ。
ところどころ、外壁が崩れ落ちてはいるが、天井が落ちている様子はないし、きっと中も無事なんだろう。
確かに、死体を置いておくにはうってつけの場所だが――。
「あ、おい、アンジェリーナ」
それと気づくや否や、アンジェリーナはすたすたと教会へ向かって歩き出した。
周りに気づかれぬよう、極力声を落としながら、ギルも急いでアンジェリーナの後を追う。
遺体の安置場。そんな、生易しい物じゃない。
あれはただ、邪魔な死体を一時的に置いておくための場所だ。
中はきっと、見るに堪えない惨状。
とてもアンジェリーナに見せていいものじゃない。
「待てって。俺が先に確認するから――」
しかし、ギルの制止も及ばず、アンジェリーナは教会の入り口までたどり着いてしまった。
「う゛っ」
続くようにして、中を覗いたギルの口から、思わず声が漏れた。
教会の中、石畳の上一面に、死体が無造作に置かれていた。
漂う、鉄と火薬の臭い。
まだ死んで間もない死体もあるようで、床に血だまりができている。
だが、戦場の後方支援で、死体の運搬をしていたからこそわかる。
これはまだ、マシなほうだ。
つい今朝死んだからなのか、死体特有の腐った臭いはほとんどしない。
死体の数自体もそれほど多くない。
普通だったら、死体の上に死体を重ね、山ができるはずだ。
まぁ、ほとんどが回収できていないというのも原因なんだろうけど。
兵士の俺でさえ、無数の死体を目の当たりにすると気持ちが悪くなるものだ。
ましてや、王族の子どもなんて――。
そう思い、ふと横を見て、ギルは言葉を失った。
アンジェリーナは苦い顔一つしないで、この惨状を直視していた。
透き通った瞳は、確かに、今この現実を見つめていた。
ひと通り部屋を見渡すと、アンジェリーナはゆっくりと中に足を踏み入れた。
隙間なく並べられた死体を踏まぬよう、細心の注意を払いながら、奥へ奥へ進んでいく。
その間、ギルは死体の状況に目を細めていた。
爆撃だからなのか、欠損したものが多い。
腕や足がバラバラになって、上半身だけのやつもいる。
ギルはごくりと喉を鳴らした。
この中に、ジュダさんが。
そのとき、前を歩いていたアンジェリーナの足が止まった。
その目は、ただ一点を見つめて――。
「あ」
思わず声が出た。
本当は、違うんじゃないかって、そう信じていた。
ここに行きたくなかったのも、もしかしたら真偽を確かめるのが、怖かったからなのかもしれない。
でも、現実は、すぐ目の前にあった。
視線の先、1メートルもないその距離に、ジュダさんが寝ていた。
実際に目にすると、一気に現実感が襲ってくる。
他の遺体と比べると、ジュダは綺麗な顔をしていた。
ここだけ見たら、まるで眠っているよう。
でも――。
目線を下へ移すと、現実は惨くやって来る。
かろうじて、欠損こそ無いようだが、ジュダの足はあらぬ方向に曲がり、左手も折れているようだった。
あ。
その足元、見慣れたものが目に入った。
きっと、遺体を運ぶときに、腰から落ちたのだろう。
ジュダの愛刀である、あの短剣がそこにあった。
アンジェリーナは屈んで剣を取り、そして静かに鞘から抜いた。
刃元に“ジュダ”の字が刻まれている。
「ずっと、触らせてもらえなかったのに――」
目を閉じ、すぅっと深呼吸をして、アンジェリーナは顔に剣を近づけた。
“
それでも、私は知りたい。
アンジェリーナはすっと目を開いた。
「どうして、あなたは死んだの?」
――――――――――
「う゛っ――」
呻き声を上げ、ゆっくりと目を開けた。
月が、綺麗に見える。
ここは――?
刹那、感覚が戻ってくる。
これは、火薬の臭い。それに血の臭いも。
あぁそうか。俺は――。
そこでジュダはようやく気が付いた。
自分が、冷たい森の地面に仰向けになっているということに。
記憶が曖昧だ。
爆撃に巻き込まれて、その衝撃ですぐ気を失ったからか。
まずは、状況確認。
ジュダは周りを確認しようと、体を動かそうとした。
顔は、かろうじて動くか。
うーん、真夜中なせいで、視界が悪い。
見えるのは、誰かの足と、何かのパーツ?
音は、しない。
誰かの、うめき声も、何も。
――部下たちは即死だったか。
次に、自分の体。
くそっ、ほとんど感覚がない。
特に下半身は動かせているのかどうかもわからない。
おかしなことに、痛みすら感じられない。
神経そのものが切れているのか。
左手も、感覚はない。
右手は――少しは動かせるか。
体が動かないわりに、思考は正常。
幸いなことに、頭は打たなかったようだ。
とはいえ――。
ジュダははぁと息をついた。
もう、長くはないな。
そのときだった。
ジャリ、ジャリ、と土を踏む音が聞こえた。
――誰か来る!敵兵か!?
しかし、その直後、ジュダの視界に映り込んだのは、敵でも、ましてや兵士でもなかった。
「アンジェリーナ、どうして――」
目を丸くし、唖然として、ジュダは呟いた。
白い月をバックに、少女が首を傾げる。
「会いに来ちゃった」
そう言って、アンジェリーナはにこっと笑った。
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