第185話 共鳴

「マインド、トラベラー?」

「そう名付けたの。魔法の訓練をしているときに」


 城の裏庭、禁断の森にほど近い通路にて、アンジェリーナとギルはお互いに顔を見合わせていた。


「私の力、“記憶の旅人マインドトラベラー”は、見た者の魂の記憶を追体験できるというもの。そして、追体験した分の記憶を書き換えることができる。ゆえに、魔法を発動するためには、さえあればいい」


 その言葉に何かを察したかのように、ギルはかっと目を見開いた。


「それって――」

「えぇ。たとえ死者であれ、魂がまだそこにあるのならば、私は記憶に触れられるということ。つまり、私が言いたいのは、死ぬ直前の、生きているジュダにもまだ、会えるかもしれない」


 まだ、会える?


 ギルはぽかんとしてアンジェリーナをまじまじと見た。


 アンジェリーナの力は一応聞いてはいた。

 でも、まさか、そんな使い道があっただなんて。

 それにしたって、結局俺が会えるというわけではないのだけれど。


 ――いや、待てよ。


 そこでギルは思い出した。


「で、でも、お前の能力って確か、過去は変えられないんじゃ――」

「そう。だから、これは私の自己満足」


 その呟きに、ギルははっと息を飲んだ。


「たとえ記憶を書き換えたとしても、それは一日足らずで消えてしまうもの。すでに今、死んでいる者にとっては、きっと意味はないのだろうし、それによって、何かを感じ取ることはたぶんできないのだと思う。だけどね――」


 あくまで冷静に、淡々と、アンジェリーナは言葉を紡いだ。


「今、私がまだジュダに対してできることがある。そして、会いに行く手段もある。私には、その力がある。私は――」


 キリッとした鋭い眼差しが、ギルを静かに貫いた。


「今、動かなかったら一生後悔する」


 気迫溢れる顔つきで、アンジェリーナはこちらを見つめていた。


「だからギル、お願い」


 呆然としたままのギルを前に、アンジェリーナはゆっくりと頭を下げた。


「私に、最期のお別れをさせてください」


 この少女は、なんでいつも――。


 一切の躊躇を示すことなく下げられた、その後頭部を見て、ギルは唇を噛んだ。


「――わかった」


 アンジェリーナの言う通り、この行動には何の意味もないのかもしれない。

 彼女の自己満足なのかもしれない。

 それでも――。


「行こう!」

「――うん」


 俺は、お前の、嫉妬するくらいにまっすぐな決意が、大好きだ。




 ――――――――――


 二人の思いが共鳴する。

 アンジェリーナとギルは、再び森に向かって走り出していた。


「あっ、森に入るぞ!」

「うん!」


 薄暗い中、見慣れた道をひた走る。


「それにしても、大丈夫なのか!?」

「え!?」

「テレポート!いやサーチもか?カイオラに飛ぶったって、ここから千キロ以上離れてるぞ!?」


 アンジェリーナの隣、息を切らして走りながら、ギルが大声で呼びかけた。


「大丈夫、対策はしてあるから」

「え?」


 ギルの懸念はもっとも。

 だから――。


 そう言うと、アンジェリーナはローブの内からコンパスを取り出した。


 カイオラは、ここから北東。


「宝剣よ――」


 そう呟き、アンジェリーナは背に手を回した。


 瞬間、ぎゅっと握った手の中に、大剣が召喚される。


「“地を這う薔薇よ――”」


 剣がぶるりと震える。


 詠唱。

 魔法の効果を高めるために、思い付いた技。

 自己流の、拙い言葉だけれど――。


「“その根を広げ、枝を広げ、葉を花を広げ、遥か彼方、千里先まで庭を広げ、その地に宿りしさざめきと共に、私を連れて行け”」


 そう唱えると、アンジェリーナはその場に急停止し、剣を地面に突き刺した。


「《さざめく薔薇庭アナジティス》」


 唱えると同時に、瞼の裏、ありありと遠くの光景が映し出される。

 いくつもの街を越え、森を越え、カイオラは確か、石造りの大きな教会が目印――。


「見えた!」


 着地点をプロット。


 遥か彼方を見通して、アンジェリーナはぱっと目を見開いた。


「ギル!近くに!」

「――おう!」


 アンジェリーナの呼びかけに、瞬時にギルが駆け寄る。


 二人を飛ばすのは初めて。

 やれる保証は全くない。

 でも、やるしかない!


 ギルの周りを素早く回り、二人を囲う大きな円を描く――!


「《瞬く一番星ティアメタフォラ》!」


 二人の足元、魔法陣が白くまばゆく浮かび上がる――!

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