第181話 部外者の吐露

「本日は、このような華やかな饗宴にお招きいただいたこと、至極光栄なことと申し上げます」


 シャンデリア輝く大広間。

 壇上には、きらびやかなパーティーでは異質といえる、軍服姿の男がいた。


「我らがポップ王国軍は、今まさに、この国の未来を切り開こうとしております。我々がこれから向かうは、あの野蛮なヤルパ民族の住む地!あろうことか、己の実力もわきまえず、無謀な戦いを挑んできたのです」


 会場に、熱を帯びた男の声が響き渡る。


「我々は平和を望む者。本来は、戦いなど望んではいないのです。しかし、相手がその気な以上、迎え撃つほか手はありません!だからこそ、我々は立ち上がるのです。今、ここに、我々は、ポップ王国の栄誉を守り、国を平和に導くことをお約束いたします!」


 熱烈な宣言に、どっと歓声が湧いた。

 拍手の音がけたたましく、会場を揺らしている。


 その傍ら、大広間に一段高く造られたスペースにて、ギルは王家の面々を前に、内心嫌気がさしていた。


 ったく、なんだよ今の煽り文句は。

 そんなこと言っても、結局お前らはただ、椅子の上でふんぞり返ってるだけだろう?


 そう。今派手に挨拶をしたのが、ギルの所属する、ポップ王国軍そのトップ。最高司令である。

 最高司令は云わば、王宮と軍をつなぐパイプ役で、その人事も直接国王が任命することになっている。

 まぁ要は、国王のご意見を軍内部に伝えるのが役割のおおかたで、実際に軍事作戦の指揮をとるというわけではないのだ。


 だからこそ、あんな大それたことを、言える立場ではないと思うんだけど。


 ギルははぁとため息をつきたいところをぐっと堪え、パーティーの進行を見守った。


 決起パーティーという名を呈してはいるが、それは急遽決まったこと。もともとはただの舞踏会を予定していたわけで。

 ゆえに、最高司令のお話が終わった後はというと、法王オルビアの挨拶を皮切りに、普通の舞踏会が始まってしまった。

 貴族たちがあちこちで噂話をし、牽制し、踊っている。


「アンジェリーナ、そろそろ行ってこい」

「――はい」


 盛り上がりが少し落ち着いた頃、イヴェリオに促され、アンジェリーナは席を立った。

 向かうは貴族たちが蠢く群衆の中。


「姫様だわ!」

「あぁなんとお美しい」


 一段下りただけでこれだ。

 貴族たちのどよめきに動じることなく、アンジェリーナは毅然として歩みを進めた。

 そして一人の前で立ち止まると――。


「今日はこのような場においでくださり、ありがとうございます」


 始まった!挨拶回り。


 そう。今日のアンジェリーナの役割、それは主要な貴族の方々に、王家を代表して挨拶して回ること。

 そして、俺とジュダさんはその警護というわけだ。


 アンジェリーナが見事な作り笑顔であたりさわりのない世間話を繰り広げる中、その背後にジュダがピタリと付き、ギルは少し離れたところでアンジェリーナと、その周りを広く監視する。

 こういう態勢を整えられるのも、二人警護の利点と言えよう。


 ――それも今日でおしまいなんだけどなぁ。


 ギルはふぅと静かに息を吐き、二人の背中を見つめた。


「あのお二人、どうかなさったんですか?」


 突如、背後から囁き声に襲われ、ぶわぁっと全身の毛が逆立った。


「うわぁ、びっくりした――クリス

「すみません。驚かせて」


 極力声を抑え、ギルは目線を後ろへ逸らし、クリスを睨みつけた。


「いいんですか?上流貴族様がこんなところで、一近衛兵と話していて」

「問題ありませんよ。こんな人が多い中、私たち二人が話していたとて、誰も気づきません」

「そういう問題じゃ――」


 そのとき、横に並んだクリスを見て、ギルは言葉を切った。

 社交界仕様。

 少し癖毛な髪をピシッと上げ、高級そうな燕尾服に身を包み、何より、シャンデリアの光が地の金髪碧眼を照らし出して――。


「くそっ、キラキラさせやがって」

「きらきら?」


 先程よりも一層目を細め、ギルはジト目でクリスを見つめた。


 普段の奴を知っているからこそ、こういうときに思い知らされる。

 力の差ってやつを!


「アンジェリーナ様もジュダさんも、どこか元気がないご様子で」

「ん?あぁ、えぇ――うん、そう」


 再び話は元に戻り、ギルは気を取り直そうと、二人のほうへ意識を戻した。


 昨日何があったのか、それを俺は知らない。

 アンジェリーナともジュダさんとも、ろくに話をできていないのだ。


「昨日、ジュダさんと喧嘩しちゃって」

「え?何やってるんですか?こんなときに」


 う゛っ。


 クリスの正論が痛い。

 ギルははぁと息をついて、事の顛末を語った。



「――なるほど?それはそれは」


 ひとしきり話を聞き終えて、クリスは顎に手を当てた。


「でも、あの時点で俺、かなりカッとなっちゃってたけど、それはジュダさんもそうだったと思うんだよね。だから、つまり、なんであんなに――」

「生気が抜けたようになってしまったのか、それが不明だと」


 クリスの言葉に、ギルはうんと頷いた。


 俺がジュダさんと別れたとき、ジュダさんは見るからに苛立っている様子だった。

 でも、その後、城に戻ってきたときには、すでに目の色を失っていて。

 そして、その少し前にはアンジェリーナの様子もおかしくて――。


「なぁクリス。つまりこれって、アンジェリーナとジュダさんとの間に、何かあったってことだよな?何か、俺らには話せないような、何かが」

「――えぇ、そうでしょうね」


 どうすればいいのか。

 本来ならきっと、俺はそのことをクリスに相談していただろう。

 しかし、今は俺もクリスも黙り込んでしまった。


 だって、これはアンジェリーナとジュダさん、二人の問題で。

 相談されていないということは、干渉してほしくないと言われているようなもの。

 所詮、俺らは部外者。


 そして何より、残された時間はわずか。


 今の俺にできることなんて――。


「おぉクリス様、ここにおいででしたか」


 そのとき、前方から声がかかった。


 あれは――げっ。


 その姿を見て、ギルは思わず顔を歪めた。

 そこにいたのは先程、迫真の演説をした、最高司令だった。


「モリス様、お久しぶりです」


 クリスが駆け寄ると、モリス最高司令はがっはっはと笑った。


「いやぁ、ミンツァー家のご子息も、今やこんなに大きくなられて、時の流れは早いものですなぁ」

「確かに、以前お会いしたのはかなり昔でしたから」


 やけに馴れ馴れしいモリスの態度にも、クリスは相変わらずの無表情で対応している。

 いや、たぶんあいつはそれが標準装備なだけで、内心どう思っているかは全くわからないのだが。


「舞踏会でも堂々とした立ち居振る舞い、さすがは姫様の許婚だ。格が違いますな」


 これ、明らかに媚び売ってるだろ。

 貴族の闇事情が露わに見えている。


 俺は、一介の近衛兵で、加えてパレス出身。

 貴族特有のあれこれなんてものは理解しがたい。

 でも、この状況、クリスもアンジェリーナもどんなに迷惑しているか、ということだけはわかる。


 いい加減離れろよ。この粘着質。


 かれこれアンジェリーナとクリスを拘束すること10分。

 ギルの苛立ちが高まっていく中、しかし、モリスはさらにとんでもないことを宣った。


「そうだ!せっかくですし、お二人で踊られては?」

「「え?」」


 はぁ!!??


 ギルは口に出そうになるのを必死に抑え、心の中で悲痛な叫びを上げた。


 パーティーの盛り上がりは最高潮へ。


 だが、困惑するアンジェリーナのすぐ後ろ、ジュダだけが、一人暗い目をして佇んでいた。

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