第175話 少女は心に惑う
「それじゃあ、今度のパーティーはクリスも出られるんだ」
「はい。今のところは」
談笑を交わす二人。
その一方で、一人ギルは悩んでいた。
さて、どう切り出すか。
時を遡ること3日前――。
『相談してみましょうか――アンジェリーナ様に』
真夜中始まったクリスとの密談。
その結果、ジュダとの関係について、直接アンジェリーナに聞こうとなったわけなのだが。
ま、そんな簡単に聞けるわけがないよね。
あぁーどうすれば!!
「ギル?」
はっとしてギルは我に返った。
見ると、アンジェリーナが怪訝そうにこちらを覗き込んでいる。
「また百面相みたいになってるよ?何か、隠し事があるなら、早めに言いなさい」
「え?」
まるで子供を躾ける親のよう。
ギルの口から間抜けな返事が飛び出した。
「その反応、やっぱり何か隠してるんだ」
「い、いやそんなこと――」
「もう、ギルがうじうじ悩んで今までいい方向に向かったことなんて、一回もないでしょう?」
「なっ!」
心外とばかりに、すかさず食って掛かった。
「なんだその言い草は。まるで俺が自己主張もできないような、赤ん坊みたいじゃねぇか」
「事実そうじゃん」
うぐぐ。
言い返す言葉がない。
「アンジェリーナ様もこう言ってますし、何か気がかりなことがあれば、今おっしゃったらどうですか?」
「!?」
その発言に、ハァァ、とギルは息を吸い込んだ。
ゆっくりと声の方向へ顔を向けると、そこには澄ました顔でこちらを見上げる、クリスがいた。
そう。あろうことか、クリスがアンジェリーナを援護したのだ。
この計画の立案者であり、本来共犯であるはずのクリスが!
こいつ、俺がぼろを出すの待ってやがったな!?
ギルはクリスをぐっと睨みつけた。
自分から話しにくい話題だからって、人に押し付けて!
裏切り者が!!
しかし、二人の裏事情を知らぬ者には何のことやら。
無言のやり取りにぽかんとするアンジェリーナに気づき、ギルはゴホンと咳ばらいをした。
くそっ、こうなったら腹をくくるしかないのか?
いや最初からそのつもりではあったけど。
うーんとひとしきり悩んだのち、ギルはその場にしゃがみ込み、机の上に腕を乗せた。
そして腕の中に顔をうずめる。
「なぁアンジェリーナ、嫌だったらいいからな?答えなくて。何なら俺のこと引っ張たいてもいいからな?」
「はいはい。何?」
ギルはすーはーと深呼吸をして言い放った。
「ジュダさんとのこと、このままでいいのかよ」
その言葉にアンジェリーナはぴくりと眉を動かした。
「ジュダさんってほら、すげぇ真面目だからさ、きっとあの人、このまま何も言わずに出ていっちゃう気がするんだよ。それに――今回の戦争でまた戦果をあげたら、そのままエリート部隊に引き抜かれて、城には戻って来られないかもしれないし」
慎重に、慎重に言葉を運んでいく。
ギルは上目遣いにアンジェリーナを見つめた。
「アンジェリーナは、このままジュダさんと一生別れることになっても、いいの?」
「ギル」
数秒の沈黙ののち、凛とした声が響いた。
「ギルって本当、優しいね」
「え?」
てっきり、怒られると思っていた。
しかし、ビクッと肩を揺らしたギルに対し、アンジェリーナは柔らかな笑みを向けたていた。
「大丈夫。わかっているよ。ありがとう」
わかっている。
その言葉はたぶん、俺が、わざとアンジェリーナに言わなかったことにつながるのだろう。
わかっている。俺がアンジェリーナにこの提案をした、本当の意味を。
「確かに、戦争に向かう兵士に向けて、自分に何ができるのか。その答えは簡単に見つかるものじゃない。私だって、姫として、今まで戦地へ向かうたくさんの人々を見てきたけれど、結局それは他人事だった。だから今回、身近な、それも大切な人がその立場になってしまって、最初聞いたときは動揺してどうすればいいのかわからなかった」
「え?」
ギルははっとして体を起こした。
そうだったのか。
思い出すは、初めてジュダの派遣を聞いたときのこと。
あのとき、国王様からジュダさんのことを聞いて、俺はびっくりしてその場に固まってしまった。
けれど、アンジェリーナはいつもと変わらぬ態度でいて、ジュダさんと三人きりになったときも、真っ先に『おめでとうございます』と、頭を下げて、てっきり冷静でいるものだと思っていた。
今思えば、冷静でいられるはずもないのに。
アンジェリーナは静かに続けた。
「ジュダに、何をしてあげたらいいんだろう。私は、彼に何ができるのだろう。そうやって考えて、その日の夜は全然眠れなくて――。でも、次の朝、普段通りに部屋まで迎えに来てくれたジュダを見て、気づいたんだ。あぁ、これがいいって。私は、こんな、当たり前の日常が、一番好きなんだって」
言葉が、まっすぐに飛んで来る。
心臓が、ドクンと大きく音を鳴らした。
「ジュダに何をしてあげられるのか、本当に良い答えは別にあるのかもしれない。だけど、私にできることは限られているから。だったら私は、当たり前の日常を、彼にプレゼントしてあげたい。たとえそれが残された一週間足らずの時間でも。いや、だからこそ――」
二人に向けて、アンジェリーナはニコッと笑いかけた。
「穏やかな、何の変哲もない日常だからこそ、また帰ってきたいと思えるでしょう?」
あぁ本当に。こいつは本当に。
ギルはごくりと唾を飲み込んだ。
こんな、12歳の少女が、この結論を出すまでに、どれほどの覚悟が必要だったのだろうか。
胸が苦しくなった。
涙が出そうになった。
でも、彼女は泣いてはいないから。笑っているから。
俺は、苦く苦しいこの想いを、堪えて、堪えて、心の中にしまった。
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