第174話 悩む二人

「それで話というのは」

「――ジュダさんのことなんだけど」


 公務棟を出て門の近く、ギルとクリスの二人は城壁を背に並び立っていた。


「俺、アンジェリーナとジュダさんのことには首を突っ込まないって決めたんだよ。俺がアンジェリーナのことをどう思っているかは別問題だとしてさ。つい数日前まではその覚悟でいたし、だから俺も無理にアプローチはしないって決めてたんだけど」

「でも事情が変わった」


 クリスの言葉に、ギルはうんと頷いた。


「俺、わからないんだけど――クリス、あの二人、本当にこのままでいいのかな?」


 躊躇いがちに小さな声でギルは話し始めた。


「結局、あの二人って想いを伝え合う気がないじゃん?立場の問題があるのはよくわかるし、アンジェリーナにも直接話を聞いて、俺が口出しするべきことじゃないということはよくわかった。でもさ?でも――」


 語尾をすぼめ、ギルはうつむいた。


 言葉にすると、まるでそれが現実になるような気がして、怖い。

 でも今一番重要なのは、アンジェリーナのために何ができるのか、それを考えること。


 ギルは意を決して口を開いた。


「次、ジュダさんが帰って来られるとは限らないんだよ」


 言った瞬間、胸がドクンと鳴った。

 やっぱり心の中で思っているのと、口に出すとでは言葉の重みが違う。


「俺も一応兵士だから。戦地にも行ったことあるし。戦争がどれほど怖いものなのかもわかってる。たとえどんなに腕のいい歴戦の兵士でも、みんな死ぬときは死ぬ。何の前触れもなく、いとも簡単に。別に、悲観的になっているってわけじゃなくてさ。ただ――」


 そこで言葉を切り、ギルは目線を逸らした。


「ただ、たとえ戦争が終わってジュダさんが無事だったとしても、今回の戦績次第では、そのままずっと前線に残される可能性だってあるし。そうなったら、アンジェリーナとはもう、一生会えなくなるかもしれない」


 もともとジュダさんはここへ来るまでは、基地にいることのほうが少ないというほど、ずっと戦地に駆り出されていた人だ。

 今回の戦争で隊長に選ばれたことも、これからの期待を込めてということだろう。

 第一、パレス兵出身で出世できる人など、数えるほどにしかいない。

 それでも抜擢されたってことはつまり、身分のことを棚上げしてでも、最強の駒としてジュダさんを手に入れたかったということ。

 早々手放すはずがない。


「二人は俺よりずっと大人で、いろんなことをよく考えていて――だからこそ、これが正解なのかもしれない。でも、本当にそれでいいのかな。両想いなのに、互いに互いのことを好きだってわかっているのに、何もしないままで。もう一生会えないかもしれないのに」


 そこまで言い切って、ギルは再びうつむいた。

 二人の間に沈黙が流れる。


「ギルさんは、お二人が想いを伝え合うべきだと思うのですか?」

「――わからない」


 しばらくして、ゆっくりと放たれたクリスの言葉に、ギルは首をふるふると振った。


「あいつらにとって、何が幸せなのか、どうしたらアンジェリーナを幸せにできるのか、もうよくわからないんだ。自分で考えると、うじうじしちゃって、どうしても悪い方向へ考えてしまうから。だからこうして相談しているわけで」


 そう。

 前回は自分一人で突っ走ったせいで、アンジェリーナを傷つけてしまった。

 だから今度こそは失敗したくない。


 ギルはばっと顔を上げた。


「クリスは、クリスはどう思う?」

「私は――」


 必死の懇願。

 ごくりと喉を鳴らし、ギルはその続きを待った。

 だが――。


「私も、わかりません」

「え?」


 クリスの口から出てきたのは、予想外の言葉だった。

 てっきり前回のように明確な意見が出てくるとばかり思っていたために、動揺が広がる。


「そのことに関しては、私もずっと考えてきました。ギルさんが思っていることと同様のことを。ですが、未だに答えは出ていません。自分でも、どうしたらいいのか、どうすればアンジェリーナ様のためになるのか、考えては悩み、そして時間だけが過ぎ――」


 どこか躊躇いがちに、クリスはぽつぽつと語っていた。


 こういうクリスを見るのは初めてだ。

 いつもならもっと、はっきりした物言いなのに。

 こいつもいろいろ悩んだりするんだな。


「相談してみましょうか」

「え?」


 何か聞き逃したか?

 そう思うほど、突拍子もないクリスの発言に、ギルは戸惑いを露わにした。


「だ、誰に?」

「アンジェリーナ様に」


 思考が停止する。


「はぁ!?」


 数秒経って事態を理解したギルは、派手に声を上げた。

 が、すぐにはっとして口を押さえる。


 今は真夜中。大声は厳禁だ。

 って、それよりも!


「どうしてそうなるんだ!」


 ギルは極力小声でクリスに詰め寄った。


「こういうことは、傍から考えていてもどうしようもないものです。結局は本人たちがどうにかしなければならない問題なのですから」

「――まぁそうだけど」


 こちらが押され気味になったのを、見逃すまいとばかりに、クリスは畳み掛けてくる。


「私たちが大切にしたいのは、アンジェリーナ様の気持ちです。下手にここで結論付けて動くよりも、当人の意思を尊重するべきかと」

「え、えぇー?」


 やっぱり訂正。

 クリスはクリスだった。


 結局、ギルの悩みが解決することなく、3日後、勉強会を迎えることになるのであった。

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