第168話 裏話
静まり返る執務室。
突然すぎる通達に、アンジェリーナとギルは固まっていた。
「ジュダさんを、た、隊長に?」
「そうだ」
イヴェリオの低く落ち着いた声が、これが現実であることを痛感させる。
「悪いが、私はこれから緊急の会議が入っている。詳しいことはジュダから聞いてくれ」
「お父様、一つお聞きしても」
手早く話を切り上げようとしたイヴェリオを前に、アンジェリーナが口を開いた。
「ヤルパからの宣戦布告には何と?」
「それは機密事項だ。お前でも教えるわけにはいかない」
「そう、ですよね――」
それはそうだ。
これは国同士の問題なんだから。
「まぁ、三人でよく話すことだ。ただし、誰にも聞かれないようにな」
うつむいたアンジェリーナに対し、イヴェリオはそう一言放った。
――――――――――
バタンと扉が閉められる。
執務室を出たのち、三人はアンジェリーナの自室に来ていた。
気まずい雰囲気。
一体何から話せばいいのか――。
そのとき、アンジェリーナがすっと頭を下げた。
「この度の戦争に際しまして出戦されますこと、王家の一員としてお礼申し上げます」
気品ある声で、アンジェリーナはジュダにそう告げた。
「ありがとうございます」
続けてジュダが頭を下げる。
その光景をぼーっと眺めていたギルは、数秒置いて、はっと我に返った。
「え、あ、おめでとうございます」
急いでジュダと敬礼を交わす。
そうだ。軍にいた頃だって、仲間の出戦が決まったときは、こうやってお祝いしただろうが。
あまりに突然のことで、気が動転していた。
そんな俺と比べてアンジェリーナは――。
ギルはすっとアンジェリーナに目線を移した。
「さて、じゃあ何から聞こうかな」
あれ?
アンジェリーナの顔からは、先程までの姫様らしい表情はすでに消え、そこにはいつもと同じ微笑みが浮かんでいた。
「ほら、二人とも座って」
「え、あぁうん」
アンジェリーナに促されて、二人は席に着いた。
「ジュダ、聞きたいことは山ほどある。でもたぶん、私は今、相当驚いている。自分でもなんだか現実味がなくてよくわからないけれど」
そう言うと、アンジェリーナは真剣な眼差しを、ジュダに向けた。
「だからジュダ、あなたが知っていることを教えてほしい。あなたが話せる限り」
「――わかった。説明しよう」
ギルにはジュダのその顔が、すでに何かを決意しているかのように見えた。
ふぅと息を吐き、ジュダは口を開いた。
「とは言っても、まず何から話すべきか――」
「軍隊に合流する時期は決まっているの?」
「あぁ。一週間後に」
「一週間後!?」
思わずギルはその場に立ち上がった。
「は、早くないですか!?」
「別にそうでもないだろ。お前が基地にいたときだって、数日前にいきなり戦地へ行くように言われることはよくあっただろう?」
「え、それはそうですけど――」
ギルは語尾をすぼめながら、シュンとして椅子に座った。
その様子に、ジュダがため息をつく。
「そもそも、俺が戦地に行くことは、ずっと前から決まっていた」
「「え」」
再び衝撃発言。
ギルとアンジェリーナは顔を見合わせた。
「「ど、どういうこと!!??」」
「うるさいなぁおい」
バンと机に手を突き、前のめりに詰め寄る二人。
ジュダはあからさまに顔をしかめた。
「そもそもだ。なんでギルが近衛兵なんかに任命されたと思う?」
「へ?」
ギルはぽかんと首を傾げた。
「え、もしかして」
対して、この一言で一体何を悟ったのだろうか。
アンジェリーナは目を見開いた。
ジュダは二人に言い放った。
「ヤルパとの戦争が起こるであろうことを、俺は今年4月になる前から聞かされていた」
「え?」
ギルは唖然としてその場に固まった。
――――――――――
時は遡り3か月程前、3月の終わり――。
「え。ヤルパとの戦争?」
「そうだ」
ジュダはイヴェリオの執務室にいた。
「そ、それは、えっと」
「今すぐにというわけではない。だがおそらく今年中には」
突然のことに頭が整理できない。
ジュダは口をパクパクさせた。
「そこでだ、ジュダ」
「あ、はい!」
イヴェリオの呼びかけに、ジュダは再び姿勢を正した。
「今回の戦争は、今までの内紛とは違う。国同士の戦いだ。ゆえに、こちらもそれ相応の戦力を整える必要がある」
その言葉に、ジュダはその先イヴェリオが何を言おうとしているのかを察した。
「おそらく、いや確実に、お前には戦地へ行ってもらうことになるだろう」
やっぱりそうか。
ジュダはごくりと喉を鳴らした。
「そのときは、行ってくれるな?」
イヴェリオの発言に、ジュダがビシッと敬礼した。
「はい、もちろんでございます。召集あらば、この国のために誠心誠意尽くして参ります!」
「あぁ、よろしく頼む――それで、だ」
ん?
どこか煮え切らない表情のイヴェリオに、ジュダは静かに手を下ろした。
「お前が戦地に行くとなると、アンジェリーナの護衛となる、近衛兵の代わりを探さねばならなくなる」
「あ――」
そのときジュダは気が付いた。
自分の立場が、今までとはまるで変わっているということに。
「こちらからいろいろと探りを入れてはみたんだがな。どうも駄目だ。薦めてくる者は誰も彼も年を食った奴ばかり。経験だけは豊富なようだが、そんな奴らアンジェリーナに合うわけがないだろう?」
「はい、確かに」
アンジェリーナが一番嫌いなタイプだ。
イヴェリオはなおも苦い顔を浮かべていた。
「というわけだ。軍上層部に直接聞いては見たが、なかなかいい奴がいなくてな。お前の方で誰かいないかと思って」
「そうですね」
なるほど。国王様がわざわざ俺に、そんな機密事項を告げたのは、これが狙いだったのか。
だが、俺が薦められる奴といえば、揃ってパレス兵なんだがな。
まぁ、前例がある以上、国王様はおそらく気にしないということなのだろうが。
そもそも俺に意見を求めている時点で、そういうことなのだろう。
ジュダはうーんと頭を悩ませた。
パレス兵で腕の立つ奴。
それも、あのアンジェリーナとうまくやれるような――。
あ。
「一人、適任がいます。無名ですし、いろいろと問題はあるのですが――」
「だが腕は立つのだろう?」
「はい」
ギル。あいつならば、もしかしたらうまくいくかもしれない。
逆にそりが合わない可能性も大いにあるが――かといって、これ以上の適役は思い付かない。
「それになにより――」
まぁ、ここはあいつに任せてみるか。
ジュダは自信に満ち溢れた表情で答えた。
「私の一番弟子ですから」
――――――――――
「そ、そんなことが――」
ジュダの話に、ギルとアンジェリーナは口をあんぐりと開けた。
つまり、すべては初めから決まっていたんだ。
俺が、近衛兵としてここにやって来たときから、何もかも。
その一方で俺は、また何も知らないで――。
「悪かったな。今まで黙っていて」
黙り込んでしまったギルに対し、ジュダは頭を下げた。
「俺は、お前ならばアンジェリーナのそばにいられる、一人前の護衛になれると思っていた。お前を信頼してのことだ。だから――」
ジュダはまっすぐにこちらを見つめていた。
「頼むぞ。ギル」
そのときギルはようやく悟った。
この人は、本当に戦争に行くんだ。
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