第164話 土下座

「話があるって何?」


 まだ日も低い朝。

 アンジェリーナとギルは、禁断の森に来ていた。

 本来であれば剣の稽古の時間なのだが――。


「と、とりあえず座れよ」


 ぎこちない動きで、ギルは足元の草むらを手で指した。


 さて、どう来るか。


 アンジェリーナは、ギルの様子をじっと窺いながら、地面に腰を落とした。


 視線が一切定まらないギル。

 この感じ、クリスから何か聞かされたことは確かだろう。

 ということは、話題は十中八九告白の件。


「あ、あの」

「うん」


 問題は、どう切り出してくるか――。


「ごめん!」

「え」


 思わず声が漏れ出る。

 アンジェリーナは唖然として口をあんぐりと開けた。

 無理もない。

 なぜならば、ギルが何の前触れもなく、いきなり土下座をし始めたのだ。


 何これ、どういう状況?


 アンジェリーナが困惑する中、ギルは地面にうずくまった状態のまま、顔をグイっとこちらに向けた。


「俺、知らなかった。アンジェリーナがそんなに苦しんでいただなんて。本当に馬鹿で。俺のせいで、アンジェリーナを傷つけていただなんて。アンジェリーナがまさか俺の話を聞いていて、罪の意識に駆られていただなんて。それから、それから――!」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!」


 堰を切って話し始めたギルを見て、アンジェリーナは慌てて制止をかけた。


「そんなに一気に言う必要ないから。ほら、なんで涙目になってるのよ」

「だ、だって」

「はぁ、もう」


 アンジェリーナは大きくため息をつくと、ギルの肩を持ち、ぐっと体を起こしてやった。


「落ち着いて話して。じゃないと、私も何て返せばいいかわからないよ」

「ご、ごめん」


 もはや半泣き状態のギルを前に、アンジェリーナは再びため息をついた。


 そういえば、ギルって泣き虫何だっけ?

 人を殺せないことが発覚して孤立したときも、ジュダに泣きついたって、確か本人が言っていたような。


 それにしても、まさか謝罪が来るだなんて。

 私てっきり直接告白されるものだと――。


 ん?


 そのとき、アンジェリーナはギルの発言にある違和感を感じた。


「というかギル、さっき、私が苦しんでいたって言った?」

「うん」


 ギルはこくりと頷いた。


「私がギルの話を聞いてしまった、とも言った?」

「うん。言った」


 あ。


 その瞬間、アンジェリーナが抱いていた疑念は確信に変わった。


 ギルは、昨日の勉強会の時点で、私が盗み聞きをしたことには気づいていなかった。

 加えて、私が悩んでいることも、おそらく知らなかっただろう。

 実際、本人が今そう言っていたし。

 と考えると、だ。


 アンジェリーナは頭を抱えた。


 さてはクリス、全部しゃべったな?


「怒ってる?」


 アンジェリーナの殺伐とした空気を察したのだろう、ギルが不安そうにこちらを見ていた。


「大丈夫。ギルに対してじゃないから」

「それは、大丈夫なのか?」


 さて、クリスは後で問い詰めるとして――。


 アンジェリーナは改めて、ギルの顔をまっすぐに見つめた。


「じゃあ、改めて話しようか。ギルもちょっと落ち着いたみたいだし」


 アンジェリーナの言葉に、ギルは地面に座り直した。


「俺は、謝りたいんだ。お前を、傷つけてしまったことを」


 先程とは違い、静かな声。

 ギルの曇りなき眼が、こちらをまっすぐに見ている。


「俺は、自分だけがまっすぐであればいいと思ってたんだ。俺が前へ進むためには、そうすればいいって。でも結果どうだ?俺の勝手な感情で、お前を傷つけてしまった。一番傷つけたくないものを、傷つけてしまった。俺は、アンジェリーナの気持ちなんて全然わかってなかったんだよ。お前がどんなに苦しんでいたのか、わかっていなかった」


 ギルは静かに頭を下げた。


「本当にごめんなさい」


 その姿を、アンジェリーナは優しげな瞳で見つめていた。


 ギルが思っているほど、私は傷ついてはいない。

 たぶん、今のギルのほうが私の何十倍も思い詰めている気がするし。

 でも、改めて思う。


「わかった」


 泣き虫で、浮き沈みが激しくて、生意気で――。

 この人は、本当にまっすぐな人なんだな。


 おずおずと体を起こしたギルに、アンジェリーナは微笑んだ。


「許してあげる。私も、ごめんね。勝手に盗み聞きして」

「う、うん」


 よいしょと声を出し、アンジェリーナはその場に立ち上がった。


「さて!気を取り直して剣術の稽古始めるかぁ!」

「あ、ちょっと待って」


 ギルは手を挙げ、アンジェリーナを制止した。


「あ、あの、水を差すようで悪いんだけど、俺、もう一つ言わなきゃいけないことが――。もう、知られてしまってはいるんだけど」


 あ、なるほど。忘れてた。


 気まずそうにもじもじとするギルを見て、アンジェリーナは地べたに座り直した。


「迷惑かもしれない。今さらだと思うかもしれない。だけど自分の口で言わなきゃいけないことだから。じゃないと、俺は前に進めないから。だから、きちんと言わせてくれ」


 正座するギルを見て、アンジェリーナもまた姿勢を正した。


 どき、どき、と胸が音を立てる。


「俺は、アンジェリーナのことが好きだ」


 ギルのまっすぐな瞳がアンジェリーナを貫いていた。

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