第157話 魔法こそ自由

「魔法?」

「はい」


 禁断の森の広間。

 ジュダとギルは少し離れたところから、アンジェリーナの様子を伺っていた。


「昨日クリスから本を渡されて――」

「クリス、な」

「すみません」


 ジュダの鋭い視線に、ギルはすぐさま頭を下げた。

 こういうやり取りも久しぶりである。

 ジュダは相変わらず戦勝記念日のパーティー準備で忙しいようだったが、今日は珍しく、ジュダの出張は午前で終わったらしい。

 よって、久々に3人による、剣術指導が行われていた、のだが――。


「集中したいから一人にさせてだなんて、相当本気ですね」


 早速、魔法のあれこれを試してみたいと、アンジェリーナは大好きな鍛錬の時間を削ってまで、魔法研究に励んでいるようだった。


「本気だろ。あいつは常に」


 遠く、試行錯誤する小さな背中を見て、ジュダは言った。


「まぁそうですけど。ジュダさんは魔法に興味とかは――」

「さぁ、俺らも早く始めるぞ。まずは基礎トレーニングから」

「――はい」


 見た目普通に戻ったようで、ところどころがやはり違っている。


 わざわざ遮らなくても――。


 ギルは内心そう思いながら、いつも通り、ジュダのスパルタ訓練に身を投じた。


 ――――――――――


「駄目だ。全然掴めない」


 一方、魔法開発に励むアンジェリーナは、壁にぶつかっていた。


 本を読んでみて、クリスが言っていたことの意味がわかった。

 ――魔法は自由。

 その言葉通り、本の中には、物を浮かせる魔法から、火を出す魔法、治癒力を高める魔法まで、多種多様な魔法が載っていた。


 すごいと思う反面、これが初等学校で習うようなレベルのものだと思うと、信じられない気持ちになった。

 こんな数の、それも何の共通点もないような魔法たちを、一人で繰り出すことができるようになるなんて。

 それも道具を持ち帰ることもなく、杖一本で。


 今まで漠然としていた魔法の存在が露わになればなるほど、自分には到底できないのではないかという、疑念が広がってしまう。

 アンジェリーナは未だ、自分が魔法を使う姿を想像できずにいた。


「はぁ。どうしよう」


 いざ魔法を使おうと思っても、使い方がわからず、何をすればよいのかもわからず、アンジェリーナは大剣を持ったまま、すっかり困り果てていた。


 ふぅと息をつき、地面に座り込む。


 この本、クリスは参考になればって言っていたけど、実際ここに書かれている魔法が使えるわけでもないしなぁ。

 まだ全部読めたわけじゃないけど、どっかに私でも使える魔法とかないのかな。


 そう意気消沈して、ページをペラペラとめくっていたときだった。


 ん?


 本の後ろのほう、アンジェリーナは何かを見つけた。


 何?この辺のページ。

 魔法が書かれている感じじゃない。

 つらつらと長く説明文が載っている。


『さて、ここまで魔法を列挙したわけだが、このページまでたどり着いた者の中に、一つでも私の魔法を使えたものはいただろうか。私が思うに、ほとんどの者は一切魔法が使えずに、困り果てていたことだろう。しかし、それは当然のことである』


 え!?


 突然の筆者からの裏切り。

 アンジェリーナは先を読み進めた。


『ここで一度、魔法を使うとはどういうことか、想像してほしい。あなた方が思う、魔法とはどのようなものだろうか。きっとその響きだけで、心躍る者が多いだろう。この問いに正解はない。だが私は、魔法とは人々の夢を体現する、輝かしいものであるべきだと考えている』


 輝かしいもの――。


『まぁ、このように長たらしく書き連ねたが、このすべては私の持論である。だからあなた方が私の意見に賛同する必要は一切ない』


 えー?

 また裏切られた。


 紙面に翻弄されつつも、アンジェリーナはすでに、この本のとりこになっていた。

 だってこの人、面白いし。


『それでは、ここまで読んでくれた方々に対して、ヒントを差し上げたいと思う。魔法を使うコツについてだ』


 来た!


 アンジェリーナはじっと目を凝らして、視線を動かした。


『魔法とは、魔力+イメージである』


「魔力+イメージ?」


 アンジェリーナは首を傾げた。


『まず魔力について、これに関しては先天的なものであるから、あまり言及はしない。魔法を使うときは必ず、「魔法を出すぞ」と思い、皆力を込めることだろう。このとき実は、何も意識せずとも杖に魔力が注がれるように、我々の体はうまくできている。そのため、魔力の込め方について心配する必要はない。つまり、重要なのはイメージのほうということだ』


 イメージ――。

 確かに、今私も、魔法を使うというイメージができずに苦しんでいる。


『イメージ、つまりは想像するということ。例えば物を浮かせる魔法を使いたいとき、あなた方は「物を浮かせたい」と意識することだろう。しかし、それでは不十分なのだ。実際、これだけで使えた者は少ないだろう。必要なのはイメージの具体性だ』


 具体性――。

 アンジェリーナは先を急いだ。


『先程の例で言えば、物を浮かせるとき、まず何を浮かせるかということが重要だ。それからどのくらい持ち上げるか、どのくらいの時間保持するのか、それともどこかへ運ぶのか、どこまで運ぶのか、どのように降ろすのか、などなど。要は事細かに明確なイメージが必要になる。初めのうちは、いちいち考えるのが面倒に感じるだろう。しかし、ここを少し我慢してほしい。そして一度その魔法を体感してほしい。この体験を積み重ねていけば、特に意識せずとも、体が覚えた通りに動いてくれるようになるはずだ』


 最後に、筆者はこう締めくくっていた。


『今話したのはあくまで私のイメージにすぎない。あなた方の中には、この感覚が合わないという者もいるだろう。だがたとえこの本に書かれた魔法を使えなくても構わない。なぜなら、ここにある魔法は私が考えた魔法の一部にしか過ぎないのだから。世界にはもっともっと多様な魔法が溢れている。常識にとらわれるな。あなた方が思う通りに、自由に、魔法を操ってくれることを、私は楽しみにしている』




 本をパタンと閉じると、アンジェリーナはどこか満ち足りた気持ちになっていた。


 さっきまで悩んでいたのが嘘みたい。

 私は、魔法という概念に囚われていた。

 魔法が使えないと、自分を縛っていたのは私自身だったんだ。

 魔法はもっと自由なものなのに。


 アンジェリーナはふぅと一つ深呼吸すると、すっと立ち上がった。


「よし。頑張るぞ!」


 気持ちを新たに、アンジェリーナの魔法研究が始まった。

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