第155話 暴露大会

「あーくそっ、俺としたことが、挑発に乗っちまった!」

「あ、挑発されていたって自覚はあるんだ」


 今はまだ勉強会の途中。

 クリスのあからさまな挑発に乗り、見事文字の勉強をする羽目になってしまったギルは、あ゛ーと頭を掻きむしった。

 その様子を、アンジェリーナは白い目で見つめていた。


 何ていうか、自業自得というか。

 ギルって良くも悪くもまっすぐなんだな。


「あー、よりにもよって、クリスの思うつぼだなんて!」

「前々から思ってたけどさ、ギルってなんでそんなにクリスを敵対視するの?」

「あ?」


 ギルがクリスを目の敵にしていたのは前々からだったけど、もし私が原因なのだとしたらと思うと、気になるし。


 アンジェリーナの質問に、ギルはぱっとこちらを振り向いた。


「そりゃあお前、決まってるだろ」


 アンジェリーナは心をドキドキさせて、次の言葉を待った。


「いいか?こいつをよく見ろ。こんな金髪碧眼の、いかにも王子様みたいなやつ、妬ましいに決まってんだろうが」

「えー?」


 アンジェリーナの体から一気に力が抜けた。


 私のことなんて、全然関係なかった。

 あーもう、自意識過剰とか、恥ずかしいことこの上ないよ。

 はぁ。とはいえ、だ。


 アンジェリーナは気を取り直して、体を起こした。


「どうしてそんなに固執するの?ギルってそんなこと気にするたちだったっけ?」

「あのなぁアンジェリーナ」


 ギルはわざとらしく間を貯めて、言い切った。


「男っていう生き物はなぁ、常に『かっこいい!』って言われたいものなんだよ!」

「――はぁ?」


 思わず本音が漏れ出る。

 アンジェリーナは呆れを露わにして、首を振った。


「意味がわからない。聞いた私が馬鹿だった」

「なんだと!?」

「まぁまぁ」


 再びギルの熱が上がりかけたとき、クリスがなだめに入った。


「かくいうギルさんは『かっこいい』と言われたことはないんですか?今までに、主に異性から」

「え」


 唐突な質問。

 ギルはその場に固まった。


「あ、確かに気になるかも。ギルって結構男前の部類だしね」

「え」


 まさかのアンジェリーナからの迎撃。

 無論、ちょっとしたいたずらである。


 さすがに無神経すぎる?

 でもまぁ、普通に興味はあるし。

 それに、ギルの告白を立ち聞きしていなかったら、こういうこと、何の遠慮もなく聞いてそうだしね。

 こっちのほうが違和感ない――。


「――ぇよ」

「え?」


 そのとき、頭上からぼそっと途切れた声が聞こえた。

 次の瞬間、ギルは勢いよくばっと顔を上げた。


「ねぇよ!そんなこと!!人生の一度たりとも!!!」


 突然怒ったように声を張り上げたギルの顔を見て、アンジェリーナとクリスはぽかんと口を開けた。

 驚くのも無理はない。

 この一瞬に一体何があったのか。ギルの顔は真っ赤に変わり、目にはかすかに涙が浮かんでいた。


「聞くか?聞くか!?この際だから、俺の情けない話を!」

「え、いや、別にいいよ――」

「パレス兵にはなぁ、大人の仲間入りを祝う恒例行事があるんだよ」


 せきを切ったように、ギルは話し始めた。


 なんか、始まった。


 突如入ってしまったギルの謎のスイッチに困惑しながら、アンジェリーナとクリスはギルの話を聞く羽目になった。


「パレス兵ってのは16歳になると、一応一人前ってことで戦地に行けるようになるだろ?つまり、大人の仲間入りってわけだ。そこで、戦場デビューを祝して、先輩方が街へ連れ出してくれるんだよ。それも、夜の街にな?」


 夜の、街?


「なるほど。つまり娼館ですか」

「ストレートに言うんじゃねぇよバカ!」


 一切オブラートに包むことのないクリスの発言に、アンジェリーナもギルが何を言おうとしていたのか、ピンときた。


「あぁそういう」

「アンジェリーナも何普通にスルーしてんだよ!」


 アンジェリーナの反応に、即座にツッコむギル。


 じゃあどういう反応をしろと。

 別に言葉の意味自体は知っているし、別に男社会、そういうこともあるんだろうし。

 逆に過剰反応するほうが変な雰囲気になるでしょ。


 アンジェリーナははぁとため息をついた。


「それで?どうしたって?」

「――アンジェリーナ知っているだろ?16歳のときに、俺に何があったのか」

「え?16歳のとき?何って――あ」


 ギルの言葉に、アンジェリーナは思い出した。


 そうだ。16歳といえば、結構初めに教えてくれた――。


「そうだよ。16歳、俺の戦地デビュー。俺が、人を殺せないと判明した時期」


 まずい。この後の展開がわかってしまったような気がする。


 見ると、時すでに遅し。

 ギルは肩をわなわなと震わせていた。


「わかるか?俺に何が起こったのか。その件をきっかけに、俺は友人同期から交友関係を一切絶たれ、先輩方からも距離を置かれるようになり、俺は孤立――つまり!俺は、俺は、誰にもどこにも連れ出してもらえなかったんだよ!!」


 あぁやっぱり。


 迫真の自虐に、アンジェリーナは思わず目を逸らした。


「その結果、今日の今日まで恋愛経験はゼロ。それどころか友人の一人もいない。こんな、こんなの、惨め以外のなにものでも――うぅ」


 あぁー、とうめき声を上げ、ギルは半泣きになりながら、その場に崩れ落ちた。

 その様子をアンジェリーナとクリスは気の毒そうに見下ろしていた。


 なるほど。つまり私たちはギルの地雷を踏み当ててしまったってわけね?

 でも、誘爆させたのはギル自身じゃない?


 しゃがみ込むギルを見ながら、アンジェリーナは冷めたことを考えていた。


「まぁ、恋愛経験はどうにもならないとして」


 どうにも?


 そのとき、空気をぶった切るようにして、クリスが口を開いた。

 どうやら私よりも冷めたことを考えていた人がいたようだ。

 クリスはずいっと体をギルのほうへ向けた。


「ギルさんにはもう、友人はいるでしょう?」

「え?」


 その言葉に、ギルはぱっと顔を上げた。

 そして、ゆっくりと視線を横に移す。

 アンジェリーナの目線の先、ギルの涙目が合った。


「うん。確かに、ギルは友達かも」

「――お、おう」


 どういう反応なの、それは。


 何とも判然としない返事で、ギルはおずおずと頷いて見せた。


「というかここまで散々突っ込んでおいて、そういうアンジェリーナはどうなんだよ」

「え、何が?」


 先程の照れ隠しか、ギルはその場に立ち上がった。


「友達、いるのか?」


 ――あぁ、そっち?


 その質問を失礼だと思うわけでもなく、アンジェリーナは真っ先に心の中でそう呟いた。

 てっきり恋愛話が続いていると思ったんだけど。

 どうやらいつの間にか、話題は恋愛問題から友人問題へと移ったようだ。


 アンジェリーナはうーんと首を傾げた。


「言われてみれば、私も友人はいないかな。ほら、姫って城に閉じこもっているから。いろいろと面倒な交流会とかパーティーで関わる人はいるけど、大体が下心込みだし。そもそも、年齢が近い人なんかいないんだよね」


 しーん。


 その場が静まり返る。

 空気が、重い。


 これは完全にギルの質問ミスだ。

 本人もそれを理解していたのか、すぐさま取り繕うようにしゃべり始めた。


「ま、まぁ。アンジェリーナには俺という最高の友人がいるんだし?大丈夫だろ。と、というか、ほら、さっきから人の話ばっかり聞いてるけど、クリスはどうなんだよ」

「私ですか?」


 暗い雰囲気を払拭しようと、満を持して話を振ったのはクリス。

 しかし、その人物選択に、アンジェリーナは心の中で頭を抱えていた。

 そしてそれと同時、ギル本人もまた後悔に頭を抱えていた。


 クリスは感情が読み取れない、コミュニケーション最難関の男。

 そんな無表情はやつに、話を振ったところで、より空気を悪化させるだけじゃないか!


 だが、言ってしまったものは仕方がない。

 クリスはゆっくりと口を開いた。


「そうですね――私は小中一貫校に通っていたのですが、やはり最初は皆、私が無表情なのが怖かったようで、近寄っては来ませんでしたね。領主の息子というところでも近寄りがたかったのかもしれませんが。ですがまぁ、子どものときのコミュニケーション力は素晴らしいですからね。日常関わっていくうちに次第に、『クリスって無表情で面白い』とか『敬語使うの変』とか『意外とやんちゃなんだね』とかいろいろと言ってもらえるようになり、結構楽しく生活していましたかね。高校に上がってからも大体そんな感じでした」


 ――ん?


「大学時代は――まぁいろいろとありましたが、大学はもともと変わり者の集まりですからね。面白い人たちばかりで。4年間、一切飽きることもありませんでした」


 ちょっと待って。


 そのとき、クリスの話を聞き、アンジェリーナとギルはその場に固まった。


 てっきり私、クリスも私たちと同じく、一人ぼっちで過ごしてきたと思ったんだけど――。


 何だよこの違和感。

 もしかして、クリスって――。


 二人は静かに顔を見合わせた。


 友達、多い?


 衝撃の事実に、二人は静かに息を飲んだ。




 ――――――――――


「それでは今日はここまでということで」


 それから数十分後、勉強会は終わりの時刻を迎えた。

 結局あの後、脱線した会話をどうにか修正し、経済の勉強をしたのだが、クリスの意外な交友関係に打ちひしがれて、アンジェリーナは終始うわの空だった。


「はぁ。今日はなんだか疲れた」


 どうやらもう一人同じくうわの空だった者がいるようで。


 なぜか赤くはれた目をこすりながら、ギルはよいしょと宿題の本たちを持ち上げた。


「じゃあ俺、一回これ自分の部屋に置いてくる」

「うん、わかった。じゃあ私、ここにいるから――」

「あっ、しまった」


 そのとき突然、クリスが声を上げた。

 振り返ると、クリスは申し訳なさそうにこちらを見つめていた。


「すみません。アンジェリーナ様、お渡ししたものがあったのを忘れていました」

「渡したいもの?」

「はい。本なのですが――」


 そう言って、クリスがガサゴソとかばんを探った。


「実を言うと、誕生日に間に合わせるべきものだったのですが」

「え?」

「はぁ?誕生日プレゼントってことか?そんなの、もう1か月半くらい前だぞ?」

「えぇ。本当にすみません。何分、取り寄せるのにいろいろと手続きがかさんで」


 手続き?

 ということは禁書?

 え、でも、前にもらった図鑑も禁書だったよね。

 けどそれは、普通に誕生日までに間に合っていたし。

 じゃあ、そんなに遅れる本って一体?


「これです――どうぞお受け取りください」

「うん。ありがとう」


 クリスが手渡したのは、至って普通のサイズの本。


「どれどれ?大遅刻の誕生日プレゼントの内容は?」


 珍しいクリスの失態に気をよくしたのか、ニタニタと悪い顔をして、ギルが覗き込んできた。


 さてさて、気になる内容は?


 アンジェリーナは表紙に目を向けた。


「「『基礎魔法学』?」」


 ――え。


 途端、二人の目は大きく開かれた。


「「はぁ!?」」


 そのとき、アンジェリーナとギルの声が部屋中に轟いた。

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