第153話 分岐点

 馬鹿でまっすぐで生意気な後輩。

 良くも悪くも嘘が付けなくて、感情の起伏が激しくて、少し泣き虫で。

 人が殺せないとわかるまでは、常に人に中心にいるようなやつだった。

 そのまっすぐさゆえ、苛立つことも多々あるが、いつもどこか憎めない。

 

 馬鹿だからと現を抜かし、侮っていたつもりはない。

 だが油断していた。


 今思えば、昔から妙に聡いところがあった。

 人の気持ちに敏感というか。

 

 だからたぶん、それを忘れていたツケが来たのだろう。


 自分が一番知られたくなかったところを、いとも容易く暴かれた。




『ジュダ教官、アンジェリーナのこと、好きですよね?』


 そう告げられた直後、ジュダは震える唇をどうにか抑え、声を絞り出した。


「な、何を言っているんだ。そんなわけ」

「確かに、俺もずっと気づきませんでした。誕生日プレゼントの件がなければ」


 しかしその言葉に、ジュダはすぐに口をつぐんでしまった。


「アンジェリーナへの細やかな気遣いとか、優しさとか。気づいた要因はいろいろでしたけど、決定打となったのは、コハク色の秘密が解けたことです」


 こいつ、こんなやつだったか?


 たった一言、ただの一瞬。

 しかし、二人の立場はもうすでに逆転していた。

 そこには冷静な態度で、こちらをまっすぐに見つめるギルの姿があった。



「ジュダ教官のアンジェリーナへの気持ちに気づいて、俺はふと思い出したんです。つい数日前に釘を刺されたときのことを」


 ジュダの肩がピクッと動く。


「『馬鹿な感情は捨てろ』、『お前みたいなやつが王族なんかに恋していいわけがない』、『身の程をわきまえろ』。あのときは言葉の通りに受け取っていたんです。身分違いだからダメなんだって。実際、クリスと話してその意味を再確認しました。王族との恋愛がいかに困難なのかを」


 ジュダ教官は別に間違ったことを言ってはいない。


「でも、ジュダ教官の想いを知ってから、その言葉をまっすぐに受け取れなくなったんです。なんだか心がモヤモヤして」


 俺が抱いていた疑問は二つ。

 一つは『二人はどうして想いを伝えあおうとしないのか』。

 それは解決した。


 そして二つ目は――。


「どうしてジュダ教官は、俺にあんなことを言ったんだろうって」


 ジュダはもう何を言い返す素振りもなく、ただこちらを見つめていた。


「最初に思い付いたのは、牽制のためなんじゃないかって。まぁ普通、自分が好きな人を、他のやつも好きだと知ったら、邪魔したくなりますから。だから、俺の気持ちを初めから否定したんじゃないかって」


 ギルは自分の胸元をぎゅっと握った。


「でもすぐにそれは違うなって自分で思いました。だって、あのジュダ教官ですよ?真面目で頑なで公私混同するのが大嫌いで――だから、別の理由を思い付きました」


 ギルは静かにその目をジュダ向けた。


「あの言葉は、俺に言っていた言葉じゃない。あの言葉は、自分自身に言っていた言葉なんじゃないかって」


 つまり、逆だったんだ。

 俺に向けた言葉、その全部、向きが。


「ジュダ教官は、俺の気持ちを否定することで、自分の気持ちを否定しようとしていた。考えてみれば合点はいきます。俺が気づかなかったように、ジュダ教官は自分の気持ちをずっと隠し続けていた。自分の気持ちを封じ込め、封じ込め、なかったことにしたかったから。現に、俺に言い当てられて、青ざめてる」


 その言葉に、ジュダはビクッと肩を震わせた。


 俺は今、この人を苦しめている。

 話そうと決意したとき、こうなることはわかっていた。


「責め立てようという気はないんです。ただ自分勝手に宣言したかっただけで」


 だけど、俺はバカだから。

 他に方法が思いつかない。

 ただまっすぐに進んでやるしかないんだ。


「ジュダ教官ははなから、自分の想いを叶えることを諦めている。隠して、隠し続けて、いつか消えてなくなるのをただひたすらに待っている。でも、それを俺が押し付けられるいわれはないですよね?」


 たとえどんなにあなたを傷つけても、俺が傷ついたとしても。


「もはやあなたの言葉に説得力はない。俺は俺のやりたいようにやらせてもらいます。覚悟は決めましたから」


 たとえあなたがここに留まろうとも。


「だからジュダ


 俺は前へ進む。


「俺は、アンジェリーナを好きでいることを諦めるつもりはありません」


 すべてを話し終えたとき、いつの間にか二人とも息が切れていた。


 完全に決別したわけではない。

 何かが瓦解したわけでもない。


 だかその夜、二人の関係は、静かに変わった。

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