第152話 猪突猛進
「ごちそうさまでした」
時刻は12時半を回ったあたり、食堂にてアンジェリーナはいつも通り、昼食を終えていた。
まだ13時までには時間があるな。
アンジェリーナは椅子から下り、扉のほうへ向かった。
「アンジェリーナ様、どちらへ」
「ちょっとお手洗いに」
片づけをする使用人たちを置いて、アンジェリーナは一人、廊下へ出た。
ふぅ。午後からはピアノのレッスン。正直面倒臭い。
トイレを出て、アンジェリーナはゆっくりと廊下を歩いていた。
それにしても午前のダンスのレッスン、大変だったな。
戦勝記念日のパーティーも近いし、先生の熱がすごい。
「――ならお前からだと思った」
ん?
どこかから耳慣れた声が聞こえ、アンジェリーナは立ち止まった。
今、どこかからギルの声が。
きょろきょろと、聞き耳を立てながら辺りを探索する。
どうやらその声は、数メートル先、今はもう使われていない、空き部屋から聞こえてくるようだった。
「だから今、ここで、宣言してやる」
あれ?クリスもいる?
ドアの隙間からそっとアンジェリーナは中の様子を覗き見た。
「俺は、アンジェリーナのことが好きだ」
え。
アンジェリーナはばっとその身を隠した。
えー!!
――――――――――
と、いうのがつい数分前の出来事。
「はぁーーー」
二人に気づかれることなく、どうにか食堂に戻ってきたアンジェリーナはぐでっとテーブルに突っ伏していた。
もう、えらいところに出くわしてしまった。
あー、やらかした。やらかした!
アンジェリーナはどうしようもなく、ん゛ーと唸った。
というかギルも、どうしてクリスに話してるの!?
そういうのはまず初めに本人に言うものなのでは?
アンジェリーナはとても混乱していた。
まぁ、姫という立場がゆえに、想いを告げられたことがなかったといえば嘘になるけど――といっても、そういうことをしてくるのはたいてい、見ず知らずの貴族の人だったからなぁ。
だから、こう、何て言うの?
思い切り知り合いで、それも普通に仲がいい人に告白されるなんて、経験したことないから、どうしたらいいものか。
どうしよう。いっそギルに言う?
いやいや、それは駄目でしょう。
どういう意図があったかは知らないけど、ギルにしてみれば、告白していないのに想いを知られただなんて、恥さらしにも程がある。
「あ゛ぁーーー」
アンジェリーナは頭を抱えた。
大丈夫かな、私。
ちゃんといつも通り、ギルに接せられるかな。
コンコンコン。
その音にアンジェリーナははっと体を起こした。
来た!
「アンジェリーナ様、お迎えに参りました」
「うん。今行く」
アンジェリーナは扉の前まで足を進め、そこで一つ深呼吸をした。
よし。
腹をくくって扉を開ける――。
「じゃあ、行きましょう」
「うん」
あれ?
ジュダの後ろ、いつも通りの立ち姿で、ギルはそこにいた。
その仕草、表情ともに普段と何ら変わりない。
「今日は午後もずっと中かぁ。こう天気もいいのに体を動かせないなんて、損してる気分にならねぇか?」
「え?あ、そうだね」
会話も普通。
ギルからちゃんと話しかけてくるし。
てっきり、パーティー後の一時期みたいに、挙動不審になるかと思っていたのに。
「明日も、一応自由時間はあるけど、確か雨だったような――」
「はぁ?じゃあ明日も外行けないってことじゃねぇか。カビ生えちまうよ」
「ははっ、何それ」
うん。私も普通に受け答えできてる。
なんだか変なこと聞いてしまったけど、案外何も変わらないものなのかな。
これなら大丈夫――。
「そんじゃあ、明後日はその分いっぱい鍛錬しような?」
ギルはこちらを覗き込み、満面の笑みでそう言った。
大、丈夫?
その心底嬉しそうな顔に、アンジェリーナはどことなく違和感を覚えた。
これは、この感じは、挙動不審というよりは逆に――。
――――――――――
ふぅ。今日も疲れた。
仕事を終えて夜。
ジュダは一人、廊下を歩いていた。
それにしても――ったく、今朝のギルは一体何だったんだ。
呻いたり悶えたり忙しない。
あんなので本当に一人前の近衛兵になれるのか?
まさか、まだアンジェリーナのこと、引きずってるんじゃないだろうな。
「あっ、いた。ジュダ教官」
噂をすれば。
背後からの声に、ジュダは足を止めた。
「ジュダ教官、お話があります」
「あ?急になんだ――」
そう何気なく振り向き、ジュダはドキッとした。
ギルは、いつになく真剣な表情でこちらを見ていた。
「俺の部屋でいいですか?」
「――あぁ」
いつもとは全く異なる雰囲気に気圧されながら、ジュダはギルの自室に足を踏み入れた。
何なんだ一体、改まって。
いつもなら、所構わず何でもぺらぺらとしゃべるのに。
「ジュダ教官、俺、考えたんです。俺なりに、いろいろと。それで今日、やっと答えが出て、決心しました」
部屋に入るや否や、ギルは開口一番にそう言い、くるりとこちらを向いて、とんでもないことを口走った。
「俺、やっぱりアンジェリーナのことが好きです」
「――なっ!」
その発言に、ジュダは思わず大声を上げた。
こいつ――。
途端、ジュダの胸に苛立ちと呆れが充満する。
「お前、あれほど言ってまだ――」
「ジュダ教官のおっしゃることはごもっともだと思います。身分とか立場のことを考えれば、アンジェリーナを困らせるだけだって」
「わかっているなら――」
「でも俺は、諦めたくないんです」
はぁ!?
ここまで言っても一切改心する様子のないギルに、プチっと堪忍袋の緒が切れる心地がした。
その瞬間、ジュダの苛立ちは怒りに変わっていた。
「諦めたくない?馬鹿じゃねぇのか!?」
感情を露わに声を荒げる。
ジュダは口早にまくしたてた。
「そういう問題じゃねぇんだよ!お前、本当にわかっているのか?アンジェリーナはこの国の姫様だ。この国を背負って立つ方なんだ。アンジェリーナがお前のことをどう思うかなんてもはや関係ない。そもそもそんな想い、初めから叶うはずがないんだよ。第一、アンジェリーナにはクリス様という許婚が――」
「そのことでしたら、クリスにはもう、宣言しておきました」
「――は?」
その言葉に、ジュダの勢いが止まった。
突然あらぬ方向から水を掛けられたかのように。
「おま、何言って――」
「ですからもう、『俺はアンジェリーナのことが好きだ』と言ってきました」
まったく悪びれる様子のないギルに、ジュダは絶句した。
驚きのあまり口をパクパクとさせることしかできない。
もはや怒るとかいう次元じゃない。
本当に意味がわからない。
何を言っているんだこいつは。
クリスに自分の気持ちを伝えた!?
アンジェリーナのことが好きだって?
馬鹿すぎてもはや呆れるしかない。
というかそもそも、『クリス』って何だ。
もしかしてこいつ、日常的に呼び捨てにしているわけじゃねぇだろうな。
はぁとため息をついて、ジュダは改めてギルを睨みつけた。
「お前がここまで馬鹿だったとは」
「それについては否定しません。自分でもだいぶバカなことをやっていると自覚しています。ですがそもそもジュダ教官こそ、こんなこと俺に言う資格ないんじゃないんですか?」
「はぁ?」
思わぬ跳ね返りに、ジュダの心に再び火が付いた。
「どういう意味だ」
「そのままですよ。ジュダ教官も、俺と何ら変わりないでしょう?」
だから、どういう意味なんだよ。
イマイチ要領を得ない言いまわしのギルに、ジュダは苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「回りくどい言い方するんじゃねぇよ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「そうですか。じゃあ――」
だから隙を突かれた。
「ジュダ教官、アンジェリーナのこと、好きですよね?」
「――――え?」
ギルの視線がまっすぐに突き刺さる。
ジュダは血の気が引いていくのを感じた。
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