第151話 ギルの覚悟
「身分の違う者同士の恋愛、ですか」
昼下がりの中庭。
ギルはベンチに腰掛け、隣のクリスの言葉を待っていた。
許婚にこんなこと聞くだなんて、非常識なのはわかってる。
でも今、俺の期待する返事をくれそうなのはこいつしかいない。
もうこうなったら、なりふり構っていられないんだ。
対するクリスは、うーんと顎に手を当てた。
「まずいか、まずくないかで言えば――私はまずくはないと思いますけどね。あくまで個人的には」
「え!?」
予想の斜め上からの返答に、ギルは大声を上げ、思わず後ろにたじろいだ。
「実際、現在の法律において、恋愛感を否定するような文言は記載されていませんし。王族、貴族、平民といった身分制度はあれど、身分の異なる者同士が恋愛してはならないといったことはありません。人間、どんな身分であれ、同じ生物に違いはありませんからね。当然、恋することも愛を育むこともあるでしょう」
「え、えー?」
法律では規定されていない。
クリスがそう言うってことはそうなんだろうけど――でもお前は一体どの立場から話してるんだ?
仮にも許婚が自由恋愛を肯定するような発言をして、アンジェリーナの話だってわかっていないはずはないのに。
いや、そもそも聞いたのは俺なんだけど。
「ですがまぁ、慣例的な問題はあるでしょうね」
クリスは話を続けた。
「貴族と平民との恋愛では、数々の障壁が存在します。双方ともに周りからの非難は当然受けるでしょうし、身分不相応と言われることもあるでしょう。王族と平民ならばなおさら」
わざと付け加えたような口ぶりに、ギルの肩がビクンと跳ねた。
「基本、王族は家柄や血筋を重要視します。特に、ここポップ王国では何百年にもわたり、カヤナカ家がずっと国を統治していますから、血筋へのこだわりは強いでしょう。それは王宮側にのみならず、国民側もそうです」
「国民側?」
ギルが首を傾げる。
「ええ。国の運営というものは国民からの信用があってこそ。それは政治運用にだけ適用されるわけではなく、適切な跡継ぎを残し、ポップ王国を未来永劫反映させることはできるか、ということも含めての話なのです」
跡継ぎ――確かに。
ギルは体を屈め、脚の上に手を組んだ。
アンジェリーナはこの国の姫様。かたや相手はパレス兵。
改めてこう考えてみるとやっぱり、釣り合う釣り合わないどころの話じゃないのがよくわかる。
「まぁ、たらたらと話が長くなってしまいましたが、結局私が言いたいことは一つだけです」
思い悩むギルの空気を払うかのように、クリスが口を開いた。
すぐさま体を起こして、ギルはクリスをじっと見た。
「それは、身分の違う者同士が結ばれるためには、それ相応の覚悟を持つ必要がある、ということです」
「――覚悟?」
どういう意味だろう。
ギルはうーんと唸った。
「覚悟ってつまり、どんなに周りが反対しようと、逆境にさらされようと、いろんな手を尽くして頑張るってこと?」
「いいえ、もっと根本的な話です」
「ん?」
クリスはこちらにはっきりと告げた。
「必要なのは、“その人を好きでい続けるための覚悟”、です」
その言葉に、ギルは息を飲んだ。
「ギルさんの言う通り、どんなに逆境にさらされても立ち向かう覚悟は必要でしょう。ですがそれ以前に、どんなに困難なことが訪れようとも、決して揺らぐことのない、相手への愛情がなければなりません。そうでなければその二人が結ばれることは絶対にないでしょうから」
――――――――――
揺らぐことのない、愛情、ね。
あの後、クリスは用事があるからと、居住棟の方へ戻って行き、ギルは一人、中庭のベンチに残っていた。
あいつと話せた時間は短かったけど、収穫は大きかった。
というかクリスのやつ、最後気づいてたよな?
俺が、“俺とアンジェリーナ”のことじゃなく、“アンジェリーナとジュダ教官”のことを相談しているんだって。
アンジェリーナとジュダ教官のあれやこれやに気づいて、俺には二つ疑問が生じた。
一つ目の疑問は、二人はどうして想いを伝えあおうとしていないのか。
あくまで俺が見た限り。でも二人は、互いに互いを好きだということは気づいている様子で、それなのに、二人とも告白する素振りもなく、その先に進むことを
それは一体なぜなのか。
クリスの話を聞いて確信した。
二人とも、その恋が実ることは絶対にないと、知っていたからだ。
たとえ両思いだったとしても、想いを伝えた後、どうすることもできないんだ。
どちらから告白したにせよ、結局は相手を困らせるだけ。
それなら、初めから何もしないほうがいい、って。
――じゃあ、俺は?
ギルはその場にすっと立ち上がった。
俺は、どうしたい?
立場を考えれば、俺もジュダ教官と同じ。
身分不相応でしかない。普通だったら実らない恋。
たとえ玉砕覚悟で告白したとしても、アンジェリーナを困らせるだけだろう。
――じゃあ、ここで終わる?
ギルは居住棟の階段を昇り始めた。
ここですべてなかったことにして、諦める?
それでもいいのかもしれない。
アンジェリーナのことは、恋愛的に好きである以前に、友達としても好きだから。
今まで通り、くだらないことで言い合いながら、剣の練習とかをして――。
階段を昇りきったとき、ギルは廊下の先、つい先程別れたはずの背中を見つけた。
「ま、礼儀はここからだよな」
ギルは早足でその背中を追いかけた。
「クリス」
呼び止めると、クリスはくるりとこちらを振り返った。
「ギルさん」
「用事は済んだのか?」
「えぇ。たった今」
「そうか」
それを聞き、ギルはきょろきょろと周りを確認した。
見たところ、人はいないようだが――。
「ここの部屋、入りますか?」
そう言って、クリスはすぐ横の空き部屋を指差した。
――――――――――
「ストレートに聞く。お前、アンジェリーナのこと、好きなのか?」
無人の部屋に入るや否や、ギルは何の躊躇もなく、そう尋ねた。
しかし、対するクリスも、もうあらかた予想が付いていたのか、動揺する素振りもない。
正々堂々と切り返す。
「さぁ?どうでしょう」
「あっそう」
特に興味もないというように、ギルは雑に吐き捨てた。
まぁ、はぐらかしてくるとは思っていたけど。
はっきり言って今、こいつの気持ちなんかどうでもいい。
ギルはクリスの目をまっすぐ見つめた。
「でもお前はアンジェリーナの許婚だ。その事実は揺るがない。だから、言うならお前からだと思った」
『その人を好きでい続けるための覚悟』、ね。
上等だ。
「俺は、覚悟を決めたぞ。クリス」
俺はあの人と違って、簡単になかったことにできるほど、頭が良くない。
「だから今、ここで、宣言してやる」
それならばただただまっすぐ進むのみ!
ギルはきっとクリスを睨みつけて言い放った。
「俺は、アンジェリーナのことが好きだ」
――――――――――
「――嘘」
このとき、まだ二人は知らない。
ギルの人生最大のやらかしを。
その部屋の外、壁に背をつけ、口を覆う少女の姿があることを。
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