第150話 恋愛相談
「あ゛ぁーーー」
「どうしたんだろう?ギル」
「さぁな。今朝からこの調子だ。ったく」
一体誰のせいだと!?
唸り声を上げ、一人身もだえていたギルは、呆れ口調の二人をきっと睨みつけた。
時刻は昼前、もうすぐ12時というところ。
午前中のレッスンを終え、ギル、アンジェリーナ、ジュダの三人はアンジェリーナの自室に溜まっていた。
ギルはふわぁと漏れ出すあくびを、どうにか噛み殺した。
あー、結局昨日は眠れなかったし、どうしてこうなったんだ?
どうして外野な俺がこんなにムズムズしなければならないんだ!
ギルは周りの様子など気にする余裕もなく、悶々としていた。
それもこれも昨日発覚した衝撃事実のせい。
まさか、まさか二人が、両想いだったなんて!
くぅー、とギルは目を覆った。
そんなぁ、いや、今思えば二人ってかなり親密だし、好き同士と言えば納得というかなんというか――。
ところで、二人は互いに互いの気持ちに気づいているのか?
ギルは口に手を当てた。
普段の様子を見る限り、二人は仲はいいけど、剣の師匠と弟子、もしくは姫と護衛の主従関係にしか見えねぇんだよな。
ということは知らないのか?
いや待て待て、俺と違ってあの二人はバカじゃない。
さすがにあんなプレゼントの交換しておいて気づかないほど、鈍いってわけじゃねぇだろ。
え?でも二人は――。
「ねぇギル聞いてる?」
「へ?」
その声にギルははたと我に返った。
「もうやっぱり聞いてない」
「あ、わ、悪い」
「もう!」
見るとアンジェリーナがこちらを見てふくれている。
あぁー、ほっぺた膨らませて、こんなところもかわいい――じゃなくて!
「ごめん。もう一回言ってくれるか?」
「だから今週の日曜日、ジュダは用事だからいないって」
用事?
ギルは首を傾げた。
「え、でも、つい一昨日、ごたごたは片付いたんじゃ」
「ちげぇよ。今度は来月頭の戦勝記念日パーティーの準備」
「あ、あぁー!」
すっかり忘れてた。
そう。今はもう5月の半分を過ぎた頃、あと半月後には国内最大のイベント、戦勝記念日がやって来る。
それを受けて、誕生日パーティーに引き続き、ジュダは警備計画の立案をしなければならないのだった。
「大変ですね」
「あぁ本当に」
ジュダ教官が苛立ちを露わにしている。
まぁ、せっかく誕生日パーティーの事件が終わったと思ったのに、またすぐに別の仕事が雪崩れ込んできちゃったんだもんな。
そりゃあぼやきたくもなるよ。
「じゃあそういうことだから、頼むぞ、ギル」
「はい、わかりました」
――――――――――
「じゃあ、また昼食後に」
そう言ってアンジェリーナは一人、食堂に入っていった。
「さ、俺らも早く済ませるぞ」
「はい」
ギルとジュダは連れ立ってその場を離れた。
どこへ行くかといえば何ら特別な場所ではない。
ただ食事を取りに食堂へ向かうだけである。
ただし、使用人・警備兵専用の食堂に。
アンジェリーナの警備は朝、アンジェリーナが朝食を終えたところから始まる。
そこから昼までびっちり任務に当たり、昼食時に一時解散。
アンジェリーナは王族専用の食堂で一人食事を取り、ギルとジュダは多数の使用人たちが出入りする階下の食堂へと移動するのだ。
それから昼食後、再度合流し、夕食前まで護衛を続ける。
これが一日のスケジュール。
まぁ、さすがに姫様とパレス兵が一緒に食事をするわけにはいかないもんね。
とは言ってもここは王城。
使用人用の食堂でも、メニューは一級品なんだよなぁ。
特に日替わりメニューとかが最高で。
今日は何食べようかな――。
「そうだ、ギル。一つ確認しておきたいんだが」
「はい?」
ギルが昼ご飯に思いを巡らせていたとき、ジュダは突如口を開いた。
「お前、まだアンジェリーナのことが好きとか言わねぇよな?」
「え」
その言葉に、ギルは思わず足を止めた。
続いてジュダがこちらを振り返る。
「今朝にしろ、昨日の夜にしろ、お前、最近落ち着きがなさすぎるんだよ」
「え、いや、それは――」
あなたがたの気持ちに気づいてしまったからで。
しかし、そんなこと言えるはずもなく、しどろもどろになるギルに、ジュダははぁとため息をついた。
「いいか?何がなんでも下手な感情を抱くな。そんなの仕事の邪魔でしかない」
邪魔?
その言葉がギルにはなぜか引っ掛かった。
「忘れろ。以上だ」
そう一方的に吐き捨てると、ジュダは一人、すたすたと食堂へ歩き去って行ってしまった。
――――――――――
一人取り残されたギルは、食堂へは行かず、中庭のベンチに座り込んでいた。
先程まで抱いていたはずの空腹はどこへやら。
代わりに胸がモヤモヤする。
なんだ?これ。
『馬鹿な感情は捨てろ。それはお前の思い込みだ』
『お前みたいなやつが王族なんかに恋していいわけがないんだよ。だからこれは気のせいだ。身の程をわきまえろ』
――あっ、そっか。
その瞬間、ギルの頭の中で何かがカチッとはまった音がした。
今理解した。
違和感の正体。モヤつきが取れない理由。
どうしてジュダ教官は――。
「どうしたんですか?こんなところで」
耳慣れた、感情の起伏のない声。
ギルはぱっと顔を上げた。
「クリス――」
クリスは静かにこちらを見下ろしていた。
「どうしてまた中庭に?」
「居ちゃ悪いかよ」
男並んでベンチに二人。
ギルは隣のクリスを睨んだ。
「つーか、お前こそなんでここにいるんだよ。普段こっちになんてこねぇだろうが」
「心外ですね。私とて平日にも
どうだかな。
ギルは疑念を丸出しに、やれやれと首を振った。
「そういえばギルさん、昼食は?」
「あ?今そんな気分じゃねぇんだ――」
そう言いかけて、ギルははっと口を閉ざした。
そうだ。
くるりと横を向き、クリスの目をまっすぐに見つめる。
俺にとって最大の障壁はこの男じゃねぇか!
現時点、一番アンジェリーナの隣に近い男。
まぁ、本人どう思っているのかはわからないし、アンジェリーナは全く恋愛的興味はなさそうだけど。
「ギルさん?」
「悪い、ちょっと良いか?」
そう言って、ギルは真剣な眼差しをクリスに向けた。
こいつはいわば俺の敵。
だけど今俺に置かれている状況を、自分だけの手で解決することは困難だ。
俺はバカだけど、こいつなら答えを導き出せるかもしれない。
おそらくこのとき、ギルはとてもリスキーな選択肢を選んだことだろう。
後々どう転ぶかわからない、博打な手。
だがギルは迷わなかった。
彼はただただ、まっすぐに突き進む男だったから。
「クリス――身分の違う奴らが好き同士になるのは、そんなにまずいことか?」
その言葉に、普段ほとんど動かない、クリスの瞼が、大きく開かれた。
俺は、このあいまいな感情に終止符を打ってやる。
ギルはあろうことか、正当な許婚であるクリスに、相談することを決意したのだった。
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