第149話 月夜の思案
なんか今、隣の部屋から奇声が聞こえたような。
ギルが事の真理に気づいてしまったちょうどそのとき、ジュダは自室のベッドに寝転がっていた。
ったく、ギルのやつ、もう夜も遅いってのに、部屋でくらい静かにできねぇのか?
こっちは今日、精神的に疲れたっていうのに。
ギルに己の秘密を暴かれたとは露知らず、ジュダは心の中でぼやいた。
「まさか、発想もタイミングも被るだなんてなぁ」
ジュダは手を伸ばし、枕元からあの匂い袋を手に取った。
――――――――――
時を遡り、一昨日のこと。
アンジェリーナがギルを強引に引き連れ逃走した直後、ジュダは一人、武具屋に足を運んでいた。
「女用の剣ベルト?」
「あぁ。作れないだろうか?」
ジュダのオーダーに、店主は首を傾げた。
「作れるか作れないかと言われればまぁ、サイズを小さくすりゃあいい話だからな。できないこともないが――だが兄ちゃん、そんなもん手に入れてどうするつもりだ?まさか女が剣を使うわけでもあるまいし」
「それがそうでもないんだよな」
怪訝そうな店主を前に、ジュダは胸元からバッジのようなものを取り出した。
途端に、店主の目が丸々と大きくなる。
「なっ!それは、王城警備隊の――」
「俺の先輩の娘さんなんだがな、どうやら父親の姿に憧れて、最近剣術を習いたいと言ってきたらしい。まぁ、あんたのように“女が剣を握るだなんて”、と初めは反対したらしいんだがな。それがその先輩、相当な親馬鹿でな?結局は承諾してしまったらしいんだよ。それで、色々と揃えなきゃならなくなって、おつかいを頼まれたって話だ」
「な、なるほど」
当然すべて作り話である。
ま、この国の姫様が剣をやっているからだなんて、死んでも言えねぇからな。
適当に言っただけだが。
しかし店主はこの話を信じたようだ。
まだ少し戸惑ってはいたが、すぐに腕をポンと叩いてみせた。
「よし!それなら任せとけ。その先輩の娘さんにぴったりのベルトをこしらえてやるよ」
「あぁ頼む」
「じゃあ早速、サイズのことなんだが――」
「あ、それから」
「ん?」
店主の話を遮り、ジュダは店の外を指さした。
「あそこに置いてあった魔石も付けてくれるか?身体強化の」
「お?いやもちろんいいが――必要なのか?そんなに本格的なもの」
「あの先輩、妙に凝り性なところがあるんだよ。作るからにはちゃんとしたものを、って」
「ふーん。まぁいいよ。それじゃああの中から適当に選びな。身体強化と付いているものなら、どの石も同じ効果だから」
ジュダは表に出た。
適当に選びな、ね?
まぁ形に関してはこれから加工するんだろうし、となると違いは色か?
って言っても、別にアンジェリーナの好みの色とか知らないしな。
というかあいつ、そもそも宝石とか好きじゃなかった気がするし。
ふぅ。適当に選ぶか――。
そう思って目を向けたときだった。
あ。
ジュダが真っ先に気になったもの。
それは、色鮮やかな魔石に追いやられ、端っこに埋もれかけていた。
「おっ、決まったか。どれどれ?――ん?」
店主はジュダからその魔石を受け取ると、眉間にしわを寄せた。
「兄ちゃん、本当にこれでいいのか?もっときれいなのあったろう?子どもにやるんだったらなおさら。この石のどこが良かったってんだい?」
「なんとなく、ですかね」
そう言ってジュダは静かに微笑んだ。
不思議そうな顔をする店主の手には、琥珀色の魔石が握られていた。
――――――――――
あー!今考えるとなんて恥ずかしい。
自身の痴態を思い出し、ジュダはぐるんと寝返りを打った。
いや待て。そもそも別に、深い意味はないんだ。
どうして俺が悶える必要がある。
そうだ。何ら意味はないんだ。
スーハ―と繰り返し深呼吸をし、ジュダは心を落ち着けた。
元を辿れば、昨日一昨日といきなり拘束されたのが原因なんだ。
あれがなければ俺は、当日なり翌日なりにすっと渡せたのに。
今日みたいに大げさな渡し方する予定なんてなかったんだ。
いつの間にかジュダは、一昨日発生した事件に怒りの矛先を向けていた。
ったく、あんなタイミングじゃなければこんな面倒なことには――。
『どうして侵入者は今頃、自殺しようだなんて思ったんでしょうか?』
そのとき、ジュダはふと思い出した。ギルの言葉を。
『逃げ場なんてないに決まっている。それなら、下手に抵抗するよりも、情報を吐かされる前に自殺しちゃうとか。そのほうが良さそうですけどね』
言われてみればそうなんだ。
確かに、どうしてあのタイミングで――。
『ったく、このこと知ったらヤルパの連中、大喜びでしょうね。自分たちの秘密を漏らすことなく、事件の幕引きができたんですから』
――つまり、ヤルパ側が口止めにかかった?
というよりも、何らかの指示があった?
だから何の前触れもなく、そして何の躊躇いもなく、犯人は――。
「あー、やめやめ!」
ジュダは再びごろんと寝返りを打った。
何、らしくもなく詮索してんだよ。
こういうことは上に任せておけばいいんだ。
下の奴らはただ現場のことに集中していればいい。
「はぁ。寝よう」
なぜか余計に疲れた気がする。
そう思ってジュダは目を閉じようとした。
そのとき、
ん?
ジュダは、手の違和感に気づいた。
目を開けると、その手には先程取ったあの、匂い袋があった。
あぁそうか。持ったままだったのか。
そこでジュダはすっと匂い袋を鼻に近づけた。
甘い香り。確か、安眠効果があるんだっけ。
はっきり言って疑わしいが。
『はい!これ!』
ジュダの頭の中に昼間の情景が映る。
『ありがとう、ジュダ。すっごく嬉しい』
お揃いの瞳に彼女がはにかむ。
――今日はなんだが、よく眠れそうだ。
――――――――――
コンコンコン。
「入れ」
「失礼します」
静かに一礼し、低い声の男が部屋に入ってきた。
そして、重厚な机の前で背筋を伸ばした。
「例の件、無事自害させました」
「――そうか」
そう答えたのは、机越しに座る恰幅のいい男。
男は口元の髭を手で触った。
「やはり、情報は得られなかったか。まぁあちらとて、侵入者にホイホイと機密をもらすほど、穴だらけではないか」
「はい。消失薬のテストも、結局出来ず仕舞いになってしまい」
「それはいい。もともと実用性はなかったからな」
そう言うと、恰幅のいい男は、つまらなそうに手元の書類にサインをした。
「ですが、もう一つのテストのほうは滞りなく終了しました。こちらは十分実用可能かと」
「ふむ。そうだな」
男はカタッとペンを置いた。
「今回の件、収穫は十分に得られた。可及的速やかに計画をまとめ、じき実行に移そう」
「はっ」
月明かりの中、にやりとした笑みが窓に映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます