第147話 真理

来た!運命の日!


今は昼食を終えたばかりの昼下がり。

アンジェリーナは一人、自室にて密かに息巻いていた。


今日はこれからレッスンも何も予定は入っていない。

つまり午後は剣術指導。

加えて、朝の時点でジュダがいることは確認済み。

念のためギルにこそっと、ジュダの急用は終わったのかどうか聞いてみたら、終わったらしいって返ってきたし。


うん。抜かりはない。


そのとき、コンコンコンとドアが鳴った。


「アンジェリーナ、準備できたか?」

「できた。今行く」


アンジェリーナは木の剣を手に取り、そしてもう一つ、ラッピング袋をポケットにしまった。


よし、行こう!


アンジェリーナは背水の陣の覚悟を持って、部屋を出た。




そして禁断の森――。


「じゃあ、始めるか――」

「あ、あの、ジュダ?」

「ん?」


行くなら初手。

アンジェリーナは剣術の稽古を始めようとするジュダの言葉を遮って、計画を実行に移した。

ポケットからそっと袋を取り出す。


「はい!これ!」


アンジェリーナは勇気を振り絞って、ばっと手を差し出した。


「誕生日プレゼント」

「――え」


うっ。反応は鈍い。


アンジェリーナがおずおずと顔を上げると、ジュダは少しは驚いてくれたのか、目をパチパチさせていた。

しかし、その表情はいつもと変わらず硬いまま。


その様子に、アンジェリーナは内心焦っていた。


どうしよう。この後のこと考えていなかった。

これは、喜んでもらえていない?もしかして迷惑だった?


どこか重苦しい空気を感じる中、ようやくジュダが口を開いた。


「なるほど?お前の誕生日プレゼントだった、城下町散策は、このプレゼントの下見を兼ねていたってわけだ。どうりでこそこそと」


そこまで言ってジュダは、はぁとため息をついた。


「ったく、普通に考えて、立場の違う人間同士がプレゼントのやり取りだなんて、身分不相応が過ぎるだろ。それもよりによって姫とその護衛なんかが――」


あ。


アンジェリーナは確信した。


つまり、ジュダが言いたいことは――迷惑。


その瞬間、アンジェリーナの心の中に、どうしようもない恥ずかしさが湧き立ってきた。


「ご、ごめん!なんか困らせちゃったよね。自分の身分とかジュダの立場とか考えずにこんなこと――やっぱり忘れて!これは私のほうでどうにかするから――」

「待った!」

「――え?」


取り乱すアンジェリーナを、いつになく強い口調でジュダが制した。

その額には汗が滲んでいる。


「そうじゃなくてだな――あーなんていうか、そのだなぁ」


どこか煮え切らない態度で、ジュダはバツが悪そうにポリポリと頭を掻いた。


何?


アンジェリーナが首を傾げる中、ジュダはこちらをちらりと見た。

そして、何かを決意したかのようにふぅと息を吐くと、タタタッと後方の自身の荷物のもとへ走って行った。


「これ」


息を切らして戻ってきたジュダは、持ってきた何かをこちらに差し出してきた。

受け取ると、それはついさっき見たような、リボンつきの袋だった。


アンジェリーナははっとして顔を上げた。


「え、これって――」

「誕生日プレゼント」


―――!!


「なっ!」


驚きのあまり声を失っていた最中、突然耳元に大声が響き、アンジェリーナの体はビクッと跳ね上がった。

どうやら今まで空気を読んでいたらしい。

存在感を消し、隠れていたギルが、いつの間にか後ろにいた。


「お、おい。開けてみろよ」

「え、あぁうん」


ギルに急かされ、ラッピングの袋を開ける。

すると中から出てきたのは、茶色の綺麗な革製品のようだった。


「これは?」

「え!剣ベルトじゃん!」


またしても、アンジェリーナより先に反応するギル。

その声にはっと目を向けると、確かにそれは、先日街で見た、剣を挿すためのベルトのようだった。


取り出して広げてみてわかる。

この革、上物だ。手触りがいい。

それに――。


アンジェリーナはベルトの中央、そこにきらりと光るものが気になっていた。


「は?というかこれ、魔石付きじゃん!」


再びぐいっとギルが顔を覗かせる。

そう。ベルトにあったのは、前に街で見た、宝石のような魔石なのだった。

あのときはほぼ原石に近いような形で置いてあったが、今は丸く綺麗に加工されている。


「あの場では身体強化の練習はまだ早いと言ったが、そろそろ段階的に慣れていっても良いかと思ってな。まぁ街へ行く機会なんてないだろうし、どうせならと思って」

「え、うん」

「で、でもジュダ教官?俺の記憶が正しければ魔石付きのベルトって、相当高かったような」

「あっ、そうだよ」


ギルの言葉で思い出した。

さらっと見ただけだったけど、確か、結構いい値段がしたような気が。

それに、ベルト自体もいい素材が使われているみたいだし。


その一方で、私はたかが2000マリン程度の匂い袋。

絶対に釣り合わない――。


「大丈夫だ。公費から出してるから」

「「え?」」


ジュダの発言に、二人はぽかんと口を開けた。


公費?公費ってことはつまり?


「つまり、俺は選んだだけで金は一切出してないってことだな」

「えー!?」


すかさずギルが食ってかかる。


「そ、それ、ずるくないですか!?」

「剣術稽古のための備品購入。真っ当な理由だと思うがな」

「――屁理屈」


納得のいかない様子のギルに、アンジェリーナは苦笑いを浮かべた。


「そういうことだ。だからお前が気にする必要はない」


その言葉にぱっと目を向けると、ジュダはこちらをまっすぐに見ていた。


「悪かったな。変な態度取って。まさか外出中に秘密で用意するっていう考えも、渡すタイミングも被るだなんて思わなかったから。お前からプレゼントがあると差し出されて、つい戸惑いが先に出てしまって――まぁ、身分うんぬんが問題なのは確かだが、今回ばかりは俺も同罪だからな。これ以上は何も言わねぇよ」


――あぁだからこの人は。


こちらを思いやる心からの言葉に、さっきまでのネガティブな感情はどこへやら。

アンジェリーナの心はすっかり軽くなっていた。


「それ、もらってもいいか?」


ジュダはアンジェリーナのポケットを指さしてそう言った。


「え?あ、うん!」


そういえばさっき、渡しそびれてたんだった。

アンジェリーナはどうぞ、とプレゼントを差し出した。


「なんだこれ。袋の中に、袋?」

「匂い袋だよ。ポプリっていう、植物とかにいい匂いをつけたものが入っているの。安眠効果があるとかなんとか」

「へぇ」


抑揚のない淡泊な返事。

しかしそれとは裏腹に、真剣な眼差しそのもので、ジュダは熱心にプレゼントを眺めていた。

対して、アンジェリーナはどこか落ち着かない様子で、体をもじもじと動かしていた。


なんかこう、ちょっと照れるな。


今さら恥ずかしくなってきたアンジェリーナをよそに、ジュダはしばらく鑑賞を続け、そして静かにポケットに匂い袋を仕舞った。


「ありがとう。大事に使うよ」

「うん。私も――」


ありがとう、とそう言いかけて、アンジェリーナはふと手元のベルトに目を落とした。

何が気になったというわけではない。

ただ、改めてジュダからのプレゼントを見直そうと思っただけだった。


目を引いたのは、キラリと光ったからであって。

だから、特に何の意図なく。

本当に偶然で。


その目に映ったのは光透き通る、丸い魔石。

宝石でも何でもない、ただの人工物。

少し黄味がかった、茶色の――。


「琥珀色――」


呟いたのは無意識で、だからそう口にした途端に気づいた。

その瞬間、心臓がドクンと音を鳴らした。


おもむろにアンジェリーナは視線を戻した。

すると、さっきまでこちらをまっすぐに見ていたはずのジュダは、明後日の方角を向いて、どこか気まずそうに口に手を当てていた。


うわ。


アンジェリーナはぎゅっとベルトを握りしめた。


「ありがとう、ジュダ。すっごく嬉しい」

「――ん」


相変わらずのそっけない返事。

アンジェリーナの顔には自然と笑みがこぼれていた。




――――――――――


あれ?


その一方、二人は忘れていた。


一部始終を目撃してしまった、この男の存在に。

ギルはアンジェリーナの顔をまじまじと見ていた。


かすかに頬を赤らめて、照れくさそうに目線を落とすその仕草。

見たこともないような穏やかな優しい笑み。

小さな手で大事そうにプレゼントを抱きかかえ、まるで恋する乙女のよう――。


え?


その瞬間突然、ギルの脳裏に自身の記憶が次々とフラッシュバックした。


『じゃあさぁ、“ラブ”の方面に好きなやつはいないわけ?』

――『あぁうん。いないよ。いるわけないじゃん』


ん?


『それじゃあアンジェリーナは本当に、す、好きな奴が――』


んん?


『未成年の姫なんて、人と関わる機会自体少ないだろうし――』


んんん!?




そのとき、パズルのピースがはまる音がした。

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