第146話 迷宮入り
勇気を持って尋ねた質問の答えを、アンジェリーナは固唾を飲んで待っていた。
が――。
「さぁな」
「――は?」
イヴェリオが口を開いて出てきた言葉は、全くの期待外れなものだった。
思わずガクッと肩を落とす。
いや、あの、わかってはいたよ。
あのお父様のことだから、素直に話してくれるとは思っていないし。
でも、こんな、はぐらかすだなんて――やっぱり腹が立つ。
「少なくとも」
その声に、アンジェリーナはぱっと顔を上げた。
「今すぐお前がどうこうできる話ではない」
イヴェリオはこちらをちらりと見てそう言い、カシャリとフォークとナイフを置いた。
「たとえこの国がどうなろうが、世界がどうなろうが、子どものお前ではできることなど無いに等しい。現実を考えろ」
冷たい視線に、冷たい言葉。
国王としての立場ゆえか、確かな信憑性をはらんだそれらの言葉は、アンジェリーナの心をぐさりと刺した。
確かに、お父様の言う通りだ。
まだ成年王族であるわけでもなく、何の立場も力も持たない私に、できることなんて――。
「お前は今のお前に出来ることをしろ」
ぼそりと低い呟きが耳に飛び込んだ。
ゆっくりと顔を上げると、もう話は済んだとでも言いたいのか、イヴェリオはすでに食事を再開していた。
結局、その後特に話すこともなく、二人は夕食を終えた。
お父様は明言してはいなかったけど、十分確かになったことがある。
自室の椅子に腰かけながら、アンジェリーナは思案に
それは、これから起きるかもしれない、ヤルパとの戦争は、お母様が言っていた戦争とは異なるということ。
ヤルパとの戦争に私が直接関わることはないということ。
加えてあと一つ。
お父様はお母様の予言について、わたしにまだ隠し事があるということ。
考えてみれば、私が聞いた話はごく一部。
その後、私が生まれてお母様の容態が悪化するまでには、一週間以上あったわけだし、もっと詳しい話をする時間は十分あったはず。
それに、私の記憶が確かなら、お母様は自身の力について、断片的に見ることができると言っていた。
それはつまり、私が『巨大な戦争に立ち向かう』までの過程も、未来視していたということ。
お母様は、ヤルパで戦争が起こることも、そのとき私が何をしているのかも、予知していた可能性がある。
そしてお父様もまたそのことを知っている。
そこまで考えて、アンジェリーナはふぅと息をついた。
薄々そんな気はしていたけど、そういうことか。
やっぱりお父様はわざと私の未来を伝えていない。
まぁたぶん、伝えたところでどうこうできるものでもないんだろうけど。
――あれ?
そのときアンジェリーナはふと思い出した。
確かお母様は未来を変える方法があるって言っていたような。えっと――。
『自分の未来を全く信じなければ、それが現実になることは永遠にない。』
つまり、私が自分の未来を信じなければ良いってこと?
いや違う?お母様が視たのはあくまでお父様の未来であって、私の未来じゃないから、私が信じなかったところでどうにもならないのか?
あれ?
アンジェリーナは頭がこんがらがってきた。
駄目だ。何だかこういう哲学的な話になると、永遠に答えが出ない気がする。
とりあえずこの話は置いておこう。
それよりも、だ。
今の私にできることって何だろう。
イヴェリオから課せられたその宿題に、アンジェリーナは夜遅くまで考えを巡らせていたのだった。
――――――――――
「あ」
「ん?」
翌朝、自室を出てばったりと。
ジュダに出くわしたギルは、思わずその場に固まった。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
普段通りの様子のジュダにぎこちなく挨拶を返し、ギルはジュダの隣に駆け寄った。
この人、本当に神経図太いな。
俺、あんな後でジュダ教官の顔、まともに見れねぇんだけど。
というのも一昨日の夜――、
『お前、アンジェリーナのことが好きだろ』
ギルはジュダに自身の内なる気持ちを言い当てられてしまったのだった。
しかも、身分不相応だからやめろとか釘刺されるし。
あー、おかげでアンジェリーナのこと、本気で好きだって自覚しちゃったし!
踏んだり蹴ったりだー!!
「今日は剣術指導の日だよな」
「――え?あ、そうです」
淡々と始まった業務連絡に、ギルは一気に現実に引き戻された。
昨日は無かったから、アンジェリーナのやつ、ストレス溜まってるだろうな。
結局一日中、ジュダ教官も戻ってこなかったし。プレゼント渡せなくてイライラしてそう。
「そういえば、昨日の緊急招集は何だったんですか?またパーティー関連ですか?」
ふと気になって、ギルは何気なくそう尋ねた。
「あぁそうだ。捕らえていた犯人が自殺したとか言うからな」
「へぇ――」
え?
そこで違和感に気づき、ギルはピタリと足を止めた。
「え!?」
ようやく理解が追い付き、ギルは派手に声を上げた。
「馬鹿!声がでかい」
「え、あ、すみません」
だって、ジュダ教官があまりにもさらっと言うんだもん!
ギルはささっとジュダに近寄った。
「ったく、面倒事増やしやがって」
「ど、どういうことなんですか?自殺だなんて。警備体制は?」
今度は小声で尋ねたギルに、ジュダは周りをきょろきょろと確認すると、静かに、ついて来いと言い、庭へと連れ出した。
「警備体制は十分だったということだ。しっかり手錠も掛けていたし、その上手足を鎖で繋いでいたからな」
「じゃあ、どうやって自殺を?」
「その件で、俺が呼ばれたというわけだ。まぁ、呼ばれたのは俺だけじゃなくて、
地下牢の場所を知っていた人?
――まさか!
「城の中の人間が、秘密裏に手伝ったってことですか!?」
「まぁ状況的にそう考えるのが妥当だったからな――結果的に勘違いだったが」
「え?」
首を傾げるギルに、ジュダは続けた。
「解剖の結果が出たんだ。結果は服毒自殺。どうも口内に毒入りのカプセルを隠し持っていたらしい」
「カプセル?」
「このくらいの、小さいカプセルだ。不溶性で、歯でガリッと中を開けない限り、毒が漏れることはないらしい」
ジュダがジュスチャーして見せたカプセルの大きさは、指の関節に満たないほど小さなものだった。
確かに、これだったらバレずに口の中でも持っていられそう。
「はぁ。もう少し結果が早く来ていれば、一日拘束されることなんてなかったのに――」
「でも変ですね」
「あ?」
ここまで話しを聞いて、ギルは一つ疑問に思うことがあった。
「どうして侵入者は今頃、自殺しようだなんて思ったんでしょうか?」
「――今頃?」
「だってそうでしょう?今はもう、パーティーが終わってからもう半月以上になるのに。今更というか、時期、微妙過ぎませんか?」
その言葉に、ジュダはうーんと口に手を当てた。
「尋問に耐えられなくなったから、とか?あるいは情報が漏れるのを恐れたか。実際、奴が死んだせいで、パーティーの件は明確な真相がわからぬまま、迷宮入り確定だ」
「まぁそうかもしれませんけど」
しかし、ギルの心の中にはまだ引っかかるものがあった。
「だったら、もっと早く実行しませんか?例えば捕まえられてすぐとか。もう逃げられないって状況なのは、俺が犯人を制圧した時点でわかっていたと思うんです。ほら、何せ犯行場所は城の中でしょう?逃げ場なんてないに決まっている。それなら、下手に抵抗するよりも、情報を吐かされる前に自殺しちゃうとか。そのほうが良さそうですけどね」
何気なく発したその言葉に、ジュダは何も返すことなく、しーんと黙り込んでしまった。
途端にギルの心に不安が広がる。
「え、俺、なんか変なこと言いました?」
「いや、別に。おかしなことは言っていないと思う。むしろその逆というか――」
「え?」
「何でもない。あぁもう時間だ。そろそろアンジェリーナを迎えに行くぞ」
「あ、はい」
そう言い放ち、すたすたと先へ行くジュダの背中を、ギルは追いかけた。
ジュダ教官、さっき何言いかけたんだろう。
なんかすごく大事なことをはぐらかされた気がする。
ジュダの態度にどこか釈然としないまま、いつも通り仕事が始まろうとしていた。
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