第145話 悶々
『お前、アンジェリーナのことが好きだろ』
突然言い放たれたその言葉が、ギルの頭の中で何度も何度もリピートされていた。
俺が、アンジェリーナを好き?
――はぁ!?
「そ、そ、そ、そんなことないですよ!お、俺が、アンジェリーナのことを、す、す、好きだなんて――」
「じゃあその動揺っぷりはどうなんだ?」
「え、あ、それは――突然そんなこと言われたら誰だって動揺しますよ!」
ジュダに詰め寄られ、ギルはどうにかこうにか言い訳をしようと頭を動かしていた。
しかし、こちらの慌てぶりとは対照的に、ジュダは眉一つ動かさない。
「そ、それにしても、なんで今?」
「言ったろ?たまたまタイミングが良かっただけだ。今に始まったことじゃない。前々、言ってしまえば、先月のパーティーのときからもう気になっていた」
「先月って、誕生日パーティー?」
侵入者事件でごたごたしていた印象が強いけど、何かあったかな?
「お前、あのときアンジェリーナに見惚れてただろ?」
「え!?そ、それは――」
はっと心当たりを思い出し、ギルは口ごもった。
確かにあのとき、階段から登場したアンジェリーナのことを、きれいだなぁとは思ったような気がする。
いつもとは違う姫様らしい格好をしていて。
だけど、それと惚れるかどうかはまた別問題じゃあ――。
「パーティーの最中もずっと様子がおかしかったし、例の侵入者事件の後は幾分かマシになっていたが、その前は見るからにぼーっとして、うわの空だったぞ」
「――すみません」
「それだけじゃない」
まだあるのか!?
ジュダはなおも、追及の手を止めない。
「昨日だってそうだ。アンジェリーナに触られたぐらいで真っ赤になりやがって。それに自覚があるのかは知らないが、お前、アンジェリーナと目、ろくに合わせてねぇぞ?」
「え」
その言葉にギルは固まった。
え、嘘?
そんなに俺、露骨に目逸らしてたの?
全然知らなかった。
「ともかく、俺が言いたいことは一つだけだ」
その言葉に、ギルはごくりと喉を鳴らした。
「馬鹿な感情は捨てろ。それはお前の思い込みだ」
「――は?」
斜め上の発言に、ギルはぽかんとした。
思い込み?
――さっきと逆じゃん!
「え!今、ジュダ教官が言いましたよね?俺がアンジェリーナのことす、す、す――」
「だからそれはお前の思い込みだってことだ」
そこでジュダははぁとため息をついた。
「お前、ちゃんと理解しているのか?アンジェリーナは普段ああでも、れっきとした一国の姫なんだぞ?パーティーのときは、それを初めて間近に見てしまったから、いつもとのギャップに驚いただけだ」
「え、じゃあ俺のこの気持ちは?」
「ただの動揺。もしくは姫姿のあいつに尊敬や憧れの念を持ったかのどちらかだろう」
そ、そんなぁ。そんなことってある?
いや、俺があいつのことを好きなわけないんだけど。
それでも納得できない様子のギルに、ジュダは追い打ちをかけた。
「いいか?お前みたいなやつが王族なんかに恋していいわけがないんだよ。だからこれは気のせいだ。身の程をわきまえろ」
話はそれだけだ、と一方的に言い放つと、ジュダはすたすたと行ってしまった。
「え、ちょ、言い逃げ!?」
こちらを一切振り向く様子のない背中に、ギルは深くため息をついた。
もう、なんなんだよ。人の気持ち、勝手にかき乱して。
意味がわからない。
ただ、そうだよな。
俺が姫様なんかを好きになっていいわけがないんだよ。
ジュダ教官が言っていた通り、あれは幻想。
気のせい気のせい!
――――――――――
自室に戻り、ベッドの中、ギルは今一度パーティーのときのことを思い出していた。
下手に記憶力がいいせいで、あのときの映像も鮮明に覚えてるんだよな。
黄緑色のドレスにキラリと光るティアラに、それからまばゆいほどの笑顔に――。
「はっ!」
ギルはがばっと体を起こした。
何考えてんだよ俺!
そんな、まるで、アンジェリーナが輝いて見えたなんて。
そして翌朝。
アンジェリーナと会合したとき。
あー今日は剣術稽古はないか。
アンジェリーナと手合わせするの楽しいんだけどなぁ。
まぁ、そばにいられるだけで十分楽しいけど。
――はっ!
それじゃあまるで、俺が、アンジェリーナと会うだけで嬉しいみたいじゃねぇか!
それから数刻。
アンジェリーナのピアノのレッスン。
はぁ。アンジェリーナのやつ、見るからにつまらなそうに演奏しやがって。
それにしては上手い、ような気がするけど。
ったく、こんなときも様になるなぁ。
――はっ!
それじゃあまるで、俺が、姫様らしいアンジェリーナを、美しいと思っているみたいじゃねぇか!
夕方、アンジェリーナの自室。
自習時間。
「ギ、ギル?」
怪訝そうなアンジェリーナの声も聞こえぬほど、このときギルは、心の声でパンパンになっていた。
ダメだダメだ!
どうしても考えちまう!気のせいだって言ってんのに。
ギルは心の中でひたすら繰り返した。
気のせいなんだ。気のせい。
気のせい気のせい。
気のせい気のせい気のせい!
――気、の、せい。
―――――。
あー!
んなわけねぇだろうが!!
そのときついに、ギルの心の蓋が吹っ飛んだ。
もうわかった。今日でわかった。
俺は、アンジェリーナのことが好きなんだ!
あーあーもう!どうして自覚してしまったんだ!
ジュダ教官のせいだ!あの人が、変なこと言うから。
それまでも、何となく自分でも気にはなっていたけど、だけど、完全に自分の気持ちに気づいてはいなかったんだ。
気のせいだと本当に思っていたのに!
はぁー。どうしよう。
いやどうしようもないか?
いやどうしよう!
こんな恋、不毛でしかないよ。
あ゛ー!!
――――――――――
ギル、何やってんだろう。
アンジェリーナは自習の手を止め、じぃっとギルの挙動を見つめていた。
今朝から様子がおかしかった。
なんだかぼーっとしているし、かと思えば突然自分をはたいたりして。
そして今は――。
「あ゛ー!」
奇声を発してなんか悶えてるし。
本当、何なんだろうこの人。
アンジェリーナはすっかり引いていた。
それにしても、今日もジュダはお休みか。
昨日のプレゼント、今日渡せるかなと思ってたのに。
やっぱりパーティーの件かな。
『ヤルパ王国との戦争が始まるかもしれません』
そのとき、アンジェリーナの頭に、いつかのクリスの言葉がよぎった。
戦争、か。
その夜。
「どうしたアンジェリーナ」
「え?」
「手が止まっているぞ」
夕食の時間。
イヴェリオの言葉に、アンジェリーナは、自分がうわの空になっていたことに気づいた。
「何かあったか?」
「え、えーっと、大したことじゃないから――」
そう言いかけてアンジェリーナは言葉を切った。
馬鹿げた話だと一蹴されるかもしれない。
でも話さなければこのあとずっと、心のモヤモヤは消えずに残り続ける。
たぶん、聞くなら今だ。
アンジェリーナは意を決して再び口を開いた。
「ねぇ、お父様」
「なんだ?」
アンジェリーナは目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、そしてぱっと瞼を開いた。
「ヤルパで起こるかもしれない戦争。あれって、お母様が言っていた、予言の戦争のこと?」
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