第144話 バスタコブレッド

「あだっ」


 大通りから横に入った路地。

 合流して早々、ギルの頭にジュダの拳骨が炸裂した。


「ちょっと、俺だけひどくないですか!?」

「うるさい。お前が簡単に引っ張られていくのが悪いんだろうが」


 それにしても、そんなに強く叩かなくてもいいのになぁ。


 はしゃぎ行き交う人々を横目に見ながら、ギルは不満げに口を尖らせた。


「それにアンジェリーナ、お前も無断で飛び出して行くな。自分の身の程をわきまえろ。お前の身に何かあったらどうなるか、一番よく自覚しているだろ?」

「すみませんでした」


 申し訳なさそうにそう言うと、アンジェリーナは素直に頭を下げた。


「まぁ、ギルを連れてったあたり、学習したと言えばそうなんだろうが。なんというかずる賢くなったというか――とにかく、もう駄目だからな」

「はい」


 アンジェリーナの反応を確認すると、はい終わりと一言言い放ち、ジュダは話題を切り上げた。

 その一方、ギルは未だに頭を切り替えられずにいた。


 だって、俺が責められる筋合――はあるけどさぁ。俺はアンジェリーナに巻き込まれただけじゃん。

 まぁ問題はその理由がサプライズプレゼントのためっていうことなんだけど。

 はぁ。おかげで言い訳もろくにできない。


 俺だって別にこんなことでぐじぐじ悩みたくねぇし。

 さっさと楽しい街散策に戻りたいし。

 でもさ――。


 ギルにはどうしても納得できないことがあった。


『まぁいい。俺はしばらくしたら追いかける』


 どうしてジュダ教官はあのとき、真っ先に追いかけてこなかったんだ?

 あの人の性格だ。普通だったら見失う前にアンジェリーナを取り押さえるに決まってる。

 それが、『しばらくしたら追いかける』!?

 それって職務放棄と変わらないじゃん!自分だって人のこと言えないだろ!


 ギルはジュダの顔をじぃっと睨みつけた。


 絶対に何か隠してる。

 俺とアンジェリーナが店にいたあの間、ジュダ教官は一体何をやっていたんだ?


「さて、もう昼も過ぎたし、何か食べるか」

「そうだね。お腹ペコペコ」


 ギルの思いなど知る由もなく、二人はもう次の話を進めていた。

 この会話で気が付いたが、先程昼の話をしていたときから、もう大分時間が経っている。

 どうりでお腹が空くわけだ。


「どこで食べる?目星は付いたのか?」

「いやぁ、どうしよう。どれも魅力的でさ」


 曖昧な返事をするアンジェリーナに、ギルは直感した。


 こいつ、どこでプレゼント買うかばっかり考えていて、飯屋真剣に見てなかったな?

 ったく、俺はもう腹が減って仕方がないんだ。


「なら、もうここでいいじゃん」

「「え?」」


 半ば苛立ちながら、ギルは二人にそう告げた。


「ほら、ここ」


 ギルが指さしたのは真横の壁のダクト。

 目を見合わせ、ジュダとアンジェリーナは表へ出た。


「「あー」」


 二人が声を上げる。

 そこにあったのは、サンドイッチ専門店と書かれた店だった。


 ――――――――――


「はい。“チキンサンド”」

「ありがとう」


 テラス席に座り、アンジェリーナはジュダからサンドイッチを受け取った。


「私、こういうタイプのサンドイッチ初めて。何て言うのかな。この――バゲットスタイル?いつもはもっと薄いやつだから」

「そうなの?俺、こっちのほうが腹持ちするから好きなんだけどな――あれ?」


 椅子に腰かけながら、ギルはサンドイッチに目を落とした。


「なんでアンジェリーナの、ちょっと千切れてるんだ?」

「え?あ、本当だ」


 気づかなかったが、アンジェリーナの持っているサンドイッチの端が不自然に無くなっている。

 一体これは――。


「毒見だ、馬鹿」


 向かいの席につくと、ジュダはそう吐き捨てた。


「よく考えてみろ。王族お前の食事なんて、普段からでも毎日事前に毒見されてるんだぞ?それなのに外のものなんか、ホイホイと食べさせられるわけないだろ」

「――まぁそうかもしれないけど」


 ん?


 そこでアンジェリーナはあることに気が付いた。


「ということは、私のサンドイッチ、ジュダが食べたの?」

「え?」


 ぽかんとした顔のジュダに、アンジェリーナは眉間にしわを寄せた。


「ひどい!人に無断で。私の分、少なくなっちゃったじゃん」

「いや、だからそれは――」

「なぁなぁ俺もう限界」


 喧嘩一歩手前というところで、ギルが力無い声を上げた。

 ふと隣に目をやると、そこにはへなへなとテーブルに溶けるギルの姿があった。


「おら」


 その声に目線を戻すと、ジュダがアンジェリーナのサンドイッチの袋に、別のサンドイッチの切れ端を入れようとしていた。


「ちょっとやるから、それで勘弁しろ。――あ、ただ毒見してないから、口に入れるのは俺が食べてからにしろよ」


 あ、と思ってジュダのサンドイッチに目をやると、アンジェリーナのものと同じように、端が千切れてなくなっていた。


「うん、ありがとう」


 こういうところが何というか大人な対応って言うの?

 ――なんだかなぁ。


「よし。じゃあ食べようか――いただきます!」

「「いただきます」」


 パンと手を合わせ、三人は一斉にサンドイッチにかぶりついた。



「うまい!」

「うん、おいしい!」

「確かに、うまいな」


 三人が次々に声を上げる。


 アンジェリーナが食べたサンドイッチは中にグリルチキンと、玉ねぎやレタスなど、野菜が挟まったものだった。


 チキンの味はシンプルに塩コショウ。

 その代わりに野菜のほうにドレッシングを絡めているのかな。

 うん。どの具材もおいしい。

 それに――。


「特にこのパン、おいしいね」

「あぁ言われてみれば」


 パンは少し噛み応えがある、バゲット。

 でも固いだけじゃなくて、中はふんわりとしていて、程よい塩味も感じられる。

 なんというか、中の具材をより引き立てているような。


「ん?この味、どこか懐かしい――はっ!」


 そのとき、突然ギルが何かに目覚めたように声を上げた。


「このパン、“バスタコブレッド”ですか!?」


 ばっと体を横に向け、販売ブースにいた店主に声をかける。


「うん。そうだよ」

「やっぱり!」


 何がそんなに嬉しかったのか、今日一番の笑顔を見せながら、ギルはまじまじと手元のサンドイッチを見つめていた。


 な、何なんだ突然。


 アンジェリーナはギルの奇行にあっけにとられていた。


「ねぇねぇギル。バスタコブレッドって?」


 その言葉に、ギルはギロっとこちらに目を向けた。


「お、お前、まさか、バスタコブレッドを知らねぇのか!?」

「え?いや、その――」

「はぁー?まぁそうだよな。なんだかんだ言ってお前も箱入り娘だからな」


 イラッ。


 心の中で浮き上がってきた熱いものをアンジェリーナは必死に抑えた。


「――バスタコってあのバスタコ?ガブロが治めている」

「そう!」


 そう言うと、ギルは何かのスイッチが入ったかのように饒舌にしゃべり始めた。


「いいか?バスタコブレッドはな、今から約30年前にバスタコ領に第一号店を開いたパン屋さんで、どこか懐かしい素朴な味をベースに、開店当初から毎月新商品を売り出すなど、進化を続けるすばらしいお店なんだ。当然人気はどんどんと高まり、今ではポップ王国全土に10店舗を展開する一大パン屋なんだぞ?最近では王都進出も噂になっているし――あぁまさか、今日ここで食べられるだなんて」


 本当に今日来て良かったぁ、そう言って感慨深そうにサンドイッチを頬張るギルを、アンジェリーナは白い目で見つめていた。


「何?この勢い」

「そういえばお前、“バスタコブレッド信者”だったもんな」

「え、え、信者?」


 何やら意味深なその単語に、アンジェリーナは怪訝そうな顔をした。


「ほとんどのパレス兵が配属されている軍基地があるのは知っているだろう?そこから街へ下りたところにちょうどあったんだよ、バスタコブレッドが。基地での食事なんて、おいしいはおいいしいでも、結構メニューが少なかったりするんだよ。だから、久しぶりの休みになって街への外出が許可されると、みんな一斉にバスタコブレッドへ足を運ぶんだ。ここぞとばかりにまとめ買いして、後からちょこちょこ食べるためにな。それで街ではいっつも、バスタコブレッドの前に大行列ができていたわけだ」


 そう丁寧に説明し、ジュダは目を細め、ギルを見つめた。


「中には今のギルみたいに、狂信的にまでそのおいしさに惚れ込む奴らも一定数いてだな。そいつらのことを、基地内で“バスタコブレッド信者”って呼んでたんだよ」

「へ、へぇー」


 なるほど、わかった。


 アンジェリーナは今一度感激するギルを見て、思った。


 熱狂的すぎる異常者ってことね、つまりは。


 プルルルル、プルルルル。


 そのとき、突如近くで電子音が聞こえた。


「あ、ちょっと出てくる」


 ジュダは胸元から魔導通信機を取り出し、人のいない路地へと出て行った。


 その数分後、サンドイッチをおおよそ食べ終えた辺りで、ようやくジュダの姿が見えた。


「あ、ジュダ、戻ってきた――」


 ここでアンジェリーナは気づいた。

 ジュダが何ともバツの悪そうな顔をしていることに。


 え、待って。すごい嫌な予感がするんだけど。


 胸騒ぎが巻き起こる中、ジュダははぁと息をついて、二人に告げた。


「悪い、急用だ。城に戻らなきゃいけなくなった」

「え、ということは?」

「帰るぞ」

「「えー!?」」


 アンジェリーナとギルは悲痛な叫び声を上げ、その場に突っ伏した。

 こうして久しぶりの王都観光は、あっけなく幕を閉じたのであった。




 ――――――――――


 はぁ。どうしたものかな。


 翌朝、アンジェリーナは自室にて大きなため息をついていた。

 というのも結局、昨日は城に帰ってから一度もジュダと会うことができず、プレゼントを渡せずにいたのだ。


 昨日せっかくラッピングまでしてもらって、勢いで渡そうと思ってたのに、こう日をまたいでくると、なんだか決心が鈍るというか――うぅ。


 トントントン。


 そのとき扉が鳴った。


「はい」

「アンジェリーナ、入るぞ」


 朝食の時間を終え、いつも通り、ギルが部屋にやってきた。


「ギル、今日ってジュダは――」


 そこでアンジェリーナは気が付いた。

 ギルの表情がいつもとは異なるということに。


「ギル?」

「え、あ、いや――」


 ギルはどこか気まずそうな顔をして、目をそらした。

 何かを隠しごとがあるかのように。





「ジュダ教官、話って何ですか?」

「あぁ」


 昨日の夜、仕事終わり。

 ギルはジュダに呼び出された。


 ジュダ教官、今日帰ってきてからずっと忙しかったみたいだし、こんな夜中に呼びつけるほどのことって何だろう。


「まぁ、今に始まったことじゃないし、今日である必要もなかったんだが、こういうことは勢いが肝心だからな」

「え?」


 意味のわからない前置き。

 今思えば、あの時点であらかた予想はついたはず。

 困惑するギルを置き去りに、ジュダはこちらの目をまっすぐに見て告げた。


「単刀直入に言う。お前、アンジェリーナのことが好きだな?」

「――――え!?」


 突然の追及にギルは声を響かせ、ただ口をあんぐりと開けることしかできなかった。

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