第143話 秘密の作戦
勢い任せにギルを連れ出したアンジェリーナは、ぐっと背伸びをし、体をギルに近づけた。
「秘密の作戦?」
目を逸らしながら距離が近いと、ギルはアンジェリーナを手で制止し、そのまま遠ざけた。
「忘れてたの!私!」
「ん、な、何を?」
未だ興奮状態のアンジェリーナを前に、ギルは困惑を露わにした。
「誕生日プレゼント!ジュダの!」
「――あー!!」
その言葉にようやく合点がいったのだろう。
ギルは納得という様子で、ポンと手を叩いてみせた。
「そうか。ジュダ教官の誕生日って、5月1日だから――」
「もう過ぎてるの!」
そう。今はすでに5月半ば。
パーティーの件で駆り出され、会えない日々が続く中、ジュダはいつの間にか22歳になっていたのだった。
「え、去年とかはあげてたわけ?」
「い、いや?――だから、前にギルが、私にプレゼント渡さないの?ってジュダに聞いたとき、はっ、てなったの」
「なるほど?それまではあくまで自分がもらう立場で、人にあげるって発想すらなかったってことか」
うっ、ぐうの音の出ない。
ギルから放たれたストレートパンチに、アンジェリーナは思わず体を縮こまらせた。
確かに、ギルの言っていることは正しい。
去年はおそらく、『誕生日おめでとう』くらいは言ったような気がするけど、向こうも『ありがとうございます』の一言だけだったし。特に何もなかったんだよね。
いや、何をしなかったというか――。
「だからこそ、今日は私の誕生日プレゼントとかこつけて、街へプレゼント探しに行こうっていう計画だったの。こういうのは自分の目で選びたいし」
アンジェリーナは気合い十分という具合に、ぐっと拳を握ってみせた。
「久しぶりの街も堪能できるしな」
「そう!」
一石二鳥。逃すわけないよね――はは。
「それで?目星はついてんのか?」
「うん」
一週目であたりは付けたから。
「こっち!」
アンジェリーナは元気よくギルを誘導し始めた。
――――――――――
「ったく、あいつら急に駆け出しやがって」
同時刻、ジュダはというと、二人に置き去りにされたまま、道端に佇んでいた。
アンジェリーナのやつ、何なんだ一体。
ジュダははぁとため息をつくと、すっと右耳を手で押さえた。
「ギル、聞こえてるか」
『――ザザ、あ、き、聞こえてます』
そのとき、ジュダの耳元に直接ギルの声が響いてきた。
小声でしゃべっているのか、雑音にまみれて声が聞き取りにくい。
「アンジェリーナは?」
『あ、そばに――ます』
音質は最悪だな。
ところどころ声がブチブチと切れている。
だが――。
ジュダは耳にはめた小さなデバイスをそっと指で触った。
こんな小さなものを耳に入れるだけで通信ができるとは。
やっぱり、無理を承知で頼んでよかった。
ジュダとギルが耳に身に付けていたもの、それはごく最近王宮直属の開発機関で発明された、小型無線だった。
従来の無線といえばトランシーバーのような、持ち運びにくい大きなものが一般的。
そのため、今では無線はほとんど使われておらず、魔導通信機という、手のひらサイズほどの四角いデバイスを使うことがほとんどだった。
しかし、それも持つことができるのは一部の人間のみ。
ジュダも一応、アンジェリーナ直属の近衛兵、その代表として、王城警備隊と直接連絡ができるようにと、任務中は魔導通信機を携帯していたのだが、ホイホイと持ち歩けるようなものでもなく。たいてい他の兵士とのやり取りは直接会話するよりほかないのだった。
だが今回は特殊案件。
それも一国の大事な姫様がお忍びで出かけられるというのだから、トップシークレットもトップシークレットである。
そのため、万が一アンジェリーナを見失ったとき等々、互いにいつでも連絡が取れるように、あらかじめイヴェリオにお願いしていたのだった。
国王様、特例だからと快く貸し出してくださって、本当にありがたい限りだった。
しかも、王城警備隊に詳しい貸出内容を告げずに許可をもらえるなんて。
裏から手を回していただいたおかげだ。
相手はエリート育ちの頭の固い連中。
こんな案件、馬鹿正直にベラベラと話そうものなら、即刻却下されるに決まっている。
ジュダは再び耳に手を当て、ギルを通信を続けた。
「あの感じ、俺に見られたくない何かなんだろ?」
『え!?そ、そんなことないですよぉ』
無線越しでもわかる。ギルの白々しい声色。
ジュダは一つため息をついた。
「まぁいい。俺はしばらくしたら追いかける。それまで絶対にアンジェリーナから目を離すなよ」
『は、はぃ――』
語尾が消えていくのと同時に、ブチッと通信の切れる音がした。
この無線、事前に試してみたが、二人の距離が遠くなればなるほどノイズが多くなり、通信が不安定になることが問題だな。
まぁ、俺が気にしたとて、どうにかなるものでもないが。
そこでジュダはグイッと伸びをした。
アンジェリーナのことは、ギルに任せておけば大丈夫だろう。
本当は今すぐにでも二人のもとへ駆けつけたいところだが――。
今日くらいはいいか。許可もいただいたし。
「さて、俺もさっさと片付けるか」
そう一言呟くと、ジュダは再び、街の雑踏の中へ足を踏み入れたのだった。
――――――――――
「ここかぁ」
「そう。さっき見てた雑貨屋さん。ここなら何かとあるかなって」
アンジェリーナとギルの目の前にあったのは、先程甘い香水の香りが漂ってきた、雑貨屋だった。
「ふーん?俺、雑貨屋なんて人生で一度も入ったことねぇんだけど」
「まぁ出店だし、そんなに身構えなくてもいいでしょう」
そう言うと、アンジェリーナは屋台に近寄った。
「うーん、どれがいいかな」
「――うわっ、結構かわいい感じの物置いてんだな」
横にひょこっと顔を出したギルの言葉に、アンジェリーナは改めて、並べられた品々に目を向けた。
確かに、どれもこれもカラフルで可愛らしいものばかり。
種類的に言っても、香水だったりハンカチだったり女の子が喜びそうなものたちだ。
ジュダは――こういうのは興味無さそう。
んー?店を変えるべきか?
そう悩みながら一個一個丁寧に商品を目で追っていたとき、アンジェリーナの目にあるものが留まった。
「ん?これは?」
「なになに?」
アンジェリーナが手にしたそれは、手のひらサイズほどの小さな袋のようなものだった。
袋は薄くきれいな色に染められており、リボンで縛られたその中には、何やら形の違うものがごろごろと入っているようだった。
それに――。
アンジェリーナはその袋を鼻先に近づけた。
「何か、いい匂いがする?」
「それ、気に入っていただけましたか?」
話しかけられ顔を上げると、女性店主が爽やかな笑顔でこちらを見ていた。
「それ、『ポプリ』って言うんですよ」
「ポプリ?」
店主は説明を続けた。
「もともとは違う地方からやってきたものらしいのですが、ポプリというのは簡単に言うと、いい匂いが染みついた草花のことですね。たいていは、草花を香辛料やオイルなどと混ぜ合わせ、熟成させて作るんですよ。それを袋に入れればこのように、『匂い袋』の完成です」
「匂い袋――」
アンジェリーナは改めてまじまじと手元の袋を見つめた。
なるほど。中に入っていたのは花とか草とかだったんだ。
どうりでカサカサと。
「その香りを楽しむことはもちろんですが、ポプリには嬉しい効能がいくつもあるんですよ」
「効用?」
「例えば、防虫・抗菌効果とか、酔い止め効果であるとか――今お客様がお持ちのポプリは、リラックス効果や安眠効果が期待できますよ」
「リラックス、安眠――」
そのとき、アンジェリーナの頭にふと、ここ数日のジュダの姿がよぎった。
隈を作って明らかに寝不足の顔。
実際、職務に戻れたといっても、パーティーの事件の積み残しがまだあるのだろうし、何より、ここ二週間以上、社会の闇みたいなものに触れ続けてきたのだろうから、そりゃあストレスも貯まるよね。
もしかしたら寝つきが悪くなっているのかも。
――よし。
アンジェリーナは心を決めて、ぱっと顔を上げた。
「これください!」
ありがとうございました、と爽やかな声を背中で聞きながら、二人はその場を後にした。
「良かったな。いい物があって」
「うん。喜んでくれるといいんだけど」
でも、なんとなく無表情で受け取られるような気もするけど。
「それより、早く合流しようぜ?これ以上離れてたら絶対怒鳴られる」
「――もう脱走した時点で怒られることは確定事項だけどね」
はぁと肩を落とすギルとは対照的に、アンジェリーナはふふっと口元を緩ませ、足取り軽くジュダのもとへ向かうのだった。
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