第142話 王都観光

 そして次の週末――。


「うおぉ、うおぉー!!」

「うるさいな馬鹿、静かにしろ」


 はしゃぐギルに、ははは、と苦笑いし、アンジェリーナは周りに目を移した。

 休日ともあって、街は活気に溢れ、観光客を含め、多くの人々が行きかっている。

 それもそのはず。ここはビスカーダ城のお膝元、城下町なのだから。


「さぁさぁ行きますか」

「お前も目立ちすぎるなよ。正体がバレたらもう終わりだからな」

「わかってるって。だから変装してきたんでしょう?」

「この汚らしい格好でな?」


 アンジェリーナ、ギル、そしてジュダはそれぞれ薄汚れたローブを上から纏っていたのだった。


「ったく、こんなローブ一つでどうにかなるものなのか?お前、自分がどれだけ有名人かわかってるんだろうな?」

「いやいや、といっても年に一回新聞に載るくらいでしょう?フードで顔隠してれば大丈夫大丈夫」

「あのなぁ、一般人はそんな定期的に新聞に顔が載ることなんてないんだからな」


 ジュダの愚痴を聞き流し、アンジェリーナはくるりと回って手を広げてみせた。


「それに、城下町なんて外出禁止になった8歳のとき以来だから、4年ぶりだよ!楽しまなくちゃ!」

「外出禁止はそれ以前からそうだったんだろうが。それをお前が脱走するから――」

「あ!」


 説教じみた話を無理やり断ち切るように、アンジェリーナは声を上げ、タタタタと横の屋台へと駆け寄った。


「この串焼き屋、まだあったんだ!――はっ、ここにあったはずの服屋さんがなくなってる。代わりにこれは何?ジュース屋さん?珍しいフルーツがいっぱい!どれもおいしそう!」


 目に映るものがどれもこれも輝いて見える。

 4年ぶりに訪れた新鮮な街の様子に、アンジェリーナの心はすっかり高ぶっていた。


「おい馬鹿、急に駆け出すんじゃねぇよ」

「なぁなぁこれ買うの!?」


 後ろを振り返るとジュダとギルの二人が急いでアンジェリーナのもとへ走ってきていた。

 ギルはもう、はしゃぐ心を抑える様子も見られない。

 あーあ、ジュダが白い目で見ているよ。


「今日はとりあえず一通り見てから、どれを買うか決めようかなって。お昼とかもよく考えて選びたいでしょう?」

「は?お前、昼またぐつもりか?というか金は?」


 怪訝そうな顔をするジュダにアンジェリーナは、ふふん、とローブの内から袋を取り出した。


「じゃーん、今日の予算は5000マリン!」

「――結構持ってきたな」


 アンジェリーナはにやりと笑い、手元の袋に目をやった。


 8歳のときに換金して以降、大事に大事に隠し持っていたへそくり。

 こういうときのために使うんだよね。


「え、俺、1000マリンしか持ってきてないんだけど」

「「え?」」


 その言葉に、アンジェリーナとジュダの声がハモった。

 急に訪れた白けた雰囲気に、おずおずとアンジェリーナが口を開く。


「ギルここの相場舐めすぎ。ご飯ものだけで考えても500マリンは余裕で使っちゃうよ?」

「嘘だろ!?」


 本当に何も知らなかったのだろう。

 ギルが盛大に驚く。


「つまり、昼飯代抜きで俺が残り使える金は、えっと――――500マリン?」

「おい、手使って数えるな」


 指折りして計算するギルに、アンジェリーナは苦笑いを浮かべた。


 ――――――――――


「さぁさぁ次は次は?」


 3人は仲良く並んで散策を続けていた。


「本当、何でもあるんだな。ん?あれなんだ?甘い香り」

「えーっとなになに?――雑貨屋さんなのかな。香水とかも置いてるみたい」

「じゃあこの匂いは?」

「それは、甘菓子じゃないかな?ほら、あっちで焼いてる」


 新鮮なもの、おいしそうなものにアンジェリーナとギルは飛びついていっていた。

 こう目新しいものが多いと、一軒一軒じっくり見たくなってしまう。

 だがそれだと日が暮れるのは明白。

 アンジェリーナはぐっと自分を押さえつけ、店を傍観して回っていた。


 お店巡りも終盤に入った頃、アンジェリーナの視界の端に、何かキラリと光るものが映った。


 ん?なんだろう。


「わぁー!」


 アンジェリーナが近づくと、そこには色とりどりの宝石のようなものが陳列されていた。

 だが、見たところ宝石のようにきれいにカットされているわけでもなく、アクセサリーとして売られている様子もない。


「何だろうここ」

「ここは武具屋だな」

「武具屋?」


 後ろからジュダが声をかけてきた。


「ほら、防具やらいろいろと置いてあるだろう?」


 言われた通りに店の中に目をやると、そこには確かに、戦闘服や剣のベルトなど、様々な武具があった。


 すごい。こんなにたくさんの種類、初めて見た。


「おっ、魔石もあんじゃん」

「魔石?」


 耳慣れない言葉に、横を振り向いた。

 見ると、ギルが先程見ていた石たちを指さしている。


「これが魔石――。本では見たことあるけど、色々な種類があるんだね。この色違いそれぞれに効果が違うの?」

「まぁ多少はな。だがここに置いてあるのは大体、人の手が加わったものだろう。たぶんそんなに差はないと思うぞ?」

「そうなんだ――」


 本で見た魔石は確か――。


『何らかの作用により、魔力を高濃度に保有する石。魔石は所持した者に、強力な魔力を供給したり、あるいは魔石自体が魔法を持っている場合があり、古くから魔法社会に役立てられてきた。しかし、天然での産出量は少なく、市場で出回るほとんどが人工的に作られたものである』


 とかなんとか書かれていたけど、やっぱり天然物は相当珍しいんだな。

 これでも十分きれいだけど。


「ほら、身体強化できるやつとかあるぞ」

「え?」


 ギルが魔石の一つを指さした。


 身体強化って言えば――。


「あれって剣に内蔵されているやつじゃないの?」

「それだけじゃない。例えばこの魔石は、身に付けることで身体強化機能を自身に付与することができる。この他にも、服自体にポップ魔法をかけて防御性能を高めるといったこともできるんだ」

「へぇ」


 なるほど。武器に仕込むだけじゃなくて、後からプラスして持つこともできるんだ。


「ていうか、アンジェリーナもそろそろ身体強化機能とか取り入れてもいいんじゃねぇの?最近必殺技の練習も始めたことだし――」

「いや、それは駄目」

「え?」


 アンジェリーナはギルの提案をズバッと切った。


「昔ジュダに言われたの。身体強化は、確かに自分の実力以上の力を手に入れられる優れものだけど、頼り過ぎると元の自分の力が衰えてしまうって」

「まぁそれはそうだけど――」


 どこか不満そうにギルは口を尖らせた。


「でも、俺らってアンジェリーナくらいの歳から、身体強化付きの訓練してましたよね?」

「それは、いち早く実践投入できる兵士を造り上げるための荒業だ。本来はもっと個人の成長に合わせて慎重に時期を見定めるべきなんだ。それに思い出せ。俺らは自身の力が衰える余裕もなく、体を酷使し続ける訓練を続けていただろうが」

「あ」


 そうでしたー、とギルは苦笑いを浮かべた。


 確かに、私も軍の訓練なんて見たことないけど、ギルが走らされてるのを見ていると、実際どんなに過酷なのかがよくわかるような気がする。

 そんな環境下、筋力が衰えるなんてあるわけないよね。

 それどころか、身体強化がなければやっていけないまであるのかも。


「よし、じゃあ次回るぞ」


 早く面倒事を終わらせたいのか、ジュダが先を急かし、3人は店を離れた。


 武具屋さんとか、今まで全く見たことなかったから新鮮だったな。

 魔石は人工のだったけど。


 うん。でもやっぱり――。


 アンジェリーナはふっと後ろを振り返った。


「きれいだったな」


 その視線の先に輝くあの石たちがあった。


 ――――――――――


「さて、一通り周り終わったな。どうする?」

「そろそろ昼飯にしてもいいぐらいの時間じゃないですか?」


 武具屋を出てから数分後、その後もいろいろと店を見て回り、アンジェリーナたち3人はようやく大通りの端っこにまでたどり着いていた。


 確かに、ここまで大分歩いて疲れたし、お腹も空いた。

 これからお昼にするのもいいんだけど――。


 アンジェリーナはジュダをちらりと見た。


 私にはやるべきことがある。


「ちょいちょいギル」

「ん?」


 アンジェリーナは、ジュダと話すギルを小声で呼び寄せた。


 大体の傾向はわかった。

 気になる店もあった。

 実行に移すなら今しかない!


 アンジェリーナはがばっとギルの腕をつかんだ。


「んぇ!?」


 ギルの顔がぼっと赤く染まる。


「ジュダ、ちょっとギル借りるから!ジュダはついて来なくていいよ!じゃ!」

「はぁ!?」

「え、ちょ、ちょ、ちょ」


 困惑するジュダとギルを置き去りに、一気にそうまくしたてると、アンジェリーナは全速力でギルを引っ張り、再び人混みの中へと飛び込んでいった。

 その後ろ、ただ一人ジュダがポツンとその場に取り残されていた。




「何なんだよいきなり引っ張りやがって!」

「ギル!」


 ある程度距離の離れたところでアンジェリーナは立ち止まり、不満を露わにするギルに告げた。


「ジュダには内緒で付き合ってほしいの。秘密の作戦に!」

「――ひ、秘密の作戦?」


 うん、と力強く頷くと、アンジェリーナはギルにぐいっと顔を近づけた。

 至近距離の攻撃にたじたじになるギルと二人、秘密の作戦が始まろうとしていた。

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