第141話 わがまま

「だから、何で手ぇ放すんだよ!」

「だって離れちゃうんだもん!」


 必殺技の練習を開始してしばらく、アンジェリーナは持ち前のセンスの良さで、どうにか跳び上がれるようになったのだが――。


「もう一回行くよ」

「おう」


 そう言うとアンジェリーナは勢いよく剣を突き立て、それを支点に足を踏み切り、腕の力でもってぐいっと体を持ち上げた。


 高さはまだまだだが、空中姿勢はまずまず。

 そして問題はこの後。

 地面から剣を引き抜く――。


 ぱっ。


「なんで放すんだよ!!」

「知らないよ!!」


 見事に空中で剣を手放し、アンジェリーナはすたっと綺麗に着地した。


「ったく、あーもう一回リセットだ。休憩しよう」


 ジュダとアンジェリーナはお互いに気の晴れぬまま、草地に座り込んだ。

 アンジェリーナのむすっとした顔を見ながらジュダは、原因を探っていた。


 アンジェリーナは覚えがいい。

 だから、今回もうまくいくと思っていた。が、この有様だ。


 踏み切りも空中姿勢も申し分ないんだ。

 それはあいつがうまく動きをイメージできている証拠だろう。

 その一方で、なぜか剣を再び取り上げるところだけがうまくいかない。

 やはり、短い時間で剣を取ることが難しいのだろうか。

 いや、その後攻撃姿勢に移れないというのならば納得は行くが、今はそれ以前の問題だ。

 一体何が問題なんだ?


「ハァ、ハァ、終わりました」


 そのとき、ランニングを終え、ギルが地面に倒れ込んできた。


 もしかしたら、こいつなら俺やアンジェリーナが持たない視点でもって、問題点を見つけてくれるんじゃないか?


 情けなく息切れするギルを前に、ジュダはふと思いついた。


「なぁギル、お前どう思う?」

「ハァ、何がですか?」

「アンジェリーナが剣を離しちまう理由」

「えー?」


 突然の質問に、なぜ今聞く?と言わんばかりに、ギルが声を上げた。


 まぁ、いきなり言われてもわからないよな。

 走り終えた直後で頭も回らないだろうし――。


「あぁもしかして、俺のせいとか?」

「え?」


 ギルは寝っ転がった体を起こし、アンジェリーナに目を向けた。


「ほら、俺、最初に『棒高跳びみたい』って言ってしまったじゃないですか。そのイメージが悪かったとか?」


 棒高跳びのイメージ?――はっ!


 ジュダはギルの意図に気づいた。


 そうか。剣を棒に見立てての踏み切り、そして空中姿勢。

 それは確かに棒高跳びの要領だと思えば、イメージはしやすいだろう。


 だが、問題はその後だ。

 あまりにそのイメージがハマり過ぎたために、それ以外の動きが想像できなくなってしまったんだ。

 ほら、棒高跳びはバーを跳び越えるときに、棒から手を放すから。


「あぁー!――って、それじゃあお前が戦犯じゃないか」

「え、違いますよ!確かに原因の少しはあるかもしれませんけど、ここまでのクオリティになったのは、俺が『棒高跳び』っていう的確な例を出したからでしょう!?責められる筋合いはないですよ」


 それは確かに。


「――なんだか、お前に真っ当なことを言われると癪だな」

「はい!?」

「――ふふっ」


 その二人のやり取りがツボに入ったのか、アンジェリーナが吹き出した。


「あ?なんで笑ってんだよ?」

「ごめん、でもなんか、おかしくって」


 先程までのしかめっ面はどこへやら。

 満面の笑みを浮かべるアンジェリーナを見て、ジュダはほっと胸を撨で下ろした。


 ――――――――――


「それにしても、パーティーの後処理、本当に大変そうでしたね」


 鍛錬を終えて城への帰り道、森の中を歩きながらギルが話しかけてきた。


「なんだか国際ジョーセーとかも大変みたいですしね」

「は?」


 こいつ今、国際情勢とか言ったか?


「おい、どうしてお前がそんな難しい単語覚えてるんだ」

「え!?」


 ジュダの言葉にギルははっとして口を覆った。


「何か隠してるな?」

「いえ、その、あの――」

「クリスと私がそんな話をしていたんだよね」


 間に入ったのはアンジェリーナ。


「ほら、ギルって記憶力良いからさ。きっと聞こえてきた私たちの話を覚えちゃったんだよ――ね?」

「ん?あ、そうそう!たまたま聞こえてしまって」


 あはは、とあからさまに誤魔化すギルを、ジュダはじぃっと睨んでいた。


 こいつ、本当に嘘つくのが下手だな。

 今までどうやって生きてきたんだ?

 それに、アンジェリーナが助け舟を出したということは、ギルだけじゃなくアンジェリーナも共犯。

 ということはクリス様も関わっているということか?

 ――面倒臭いにおいがプンプンする。


「あ、プレゼントといえば、ジュダ教官ってアンジェリーナにプレゼントあげたりしたことあるんですか?」

「――え?」


 話題を転換しようとしたのか何なのか、突拍子もなくギルがそう尋ねてきた。


「おい、いきなり何を――」

「いや、ふと気になったんですよ。クリス、様はほら、許婚だからプレゼントあげてたけど、日常一番そばにいるジュダ教官とかは、プレゼントあげたりしないのかなって」


 くだらないこと言うなよ、と口を開きかけたとき、ゾクゾクっとジュダの背に悪寒が走った。


 なんだ一体――。


 そのときジュダは気づいた。

 アンジェリーナが何かを真剣に思案していることに。


「確かに、もらったことないかも」


 こちらの視線に気づいたのか、アンジェリーナがぱっと顔を上げた。


「ねぇジュダ」


 アンジェリーナがにやりと笑う。


 おいおいまさか。


「誕生日プレゼントほしいなぁ」


 やっぱりか。


 その言葉に、ジュダは思わず目をつむった。

 一度冷静になるために、深呼吸をする。


 ――よし。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ!一近衛兵である俺が、姫様に個人的なプレゼントなんて渡せる訳ねぇだろ」


 作戦は失敗。

 冷静になるどころか感情をとことん露わにして、ジュダの怒号が森中に響いた。


「それにお前、例のパーティーで散々プレゼントもらってたじゃねぇか」

「だってほとんどほしいもの無かったんだもん」

「なっ」


 あの大量のプレゼントたちをそんな一言であしらうなんて。


 パーティーに向けて自分が負った多量の仕事を思い出し、ジュダはめまいがした。


「というかそれとこれとは別!ねぇジュダ、お願い!」


 そう言うと、アンジェリーナはパンと手を叩き、頭を下げた。


 この態度、相当本気だ。

 アンジェリーナがこうなると、意地でも動かないからな。

 本当、頑固というかなんというか。


 おそらくここは正面から断りに行っても無駄だな。もっと別の角度から――。


「第一なぁ、ギルはどうなんだよ。こいつからも特に何ももらってないだろ?」

「「――あ」」


 ジュダの渾身の一撃に、二人は顔を見合わせた。


 ふん、初めに提案したのはギルだ。

 俺だけが困るのは道理に合わない。

 せめてあいつも同じように苦悩すればいい。


「じゃあこうすればいいじゃん」


 ジュダの思いとは裏腹に、アンジェリーナはズパッと解決法を導いた。


「今度、私を街へ連れてってよ」

「あぁ!?」


 どうしてそうなった!?


 ジュダは口をあんぐりと開けたまま固まった。


「だって私、普段は外出禁止でしょう?たまにクリスが連れ出してくれることはあったけど、それはたいていバスタコ領の本屋とかだったし。ほら、こんなに近いのに、城下町とかは行ってないでしょう?」

「当たり前だ!そんなところに姫様がいたとするならば、大騒ぎだ」

「だからこそ、ね?」


 ジュダの反論に動じる様子もなく、アンジェリーナは主張を続けた。


「お父様だって護衛二人が一緒だったらきっと許してくれるよ。『3人で一緒に街へ行く』。二人からのプレゼントということで」


 もうこの話はおしまい!

 そう言わんばかりに、アンジェリーナは一方的なお願いを告げ、話をまとめようとしていた。


 ヤ、ヤバい。

 このままじゃあ押し切られる。


 ジュダはきっかけを作った張本人に助けを求めた。


「おいギル」

「俺は、別に、良いと思いますけど――街とか一回も行ったことないし」


 こいつ――!


 己の欲望を丸出しに、ギルはこちらから目を逸らした。

 片やニコニコと、片や目を泳がして。

 どうしようもない二人を交互に見て、ジュダは観念した。


「わかった!今日の定時報告のときに、俺のほうから国王様に言っておく。だが、そこで反対されたら終わりだからな」

「「よし!」」


 思いを隠す様子もなく、二人は大きくガッツポーズをした。


 どうしてこいつらは、こんなわがままが却下されると思わないんだ?


 心の底から疑問に思いながら、ジュダは二人の様子をまじまじと見つめていた。


 大丈夫だ、きっと。

 国王様がこんな横暴な願い、受け入れるはずがない。


 しかし数時間後、ジュダの願いも虚しく、イヴェリオはあっさりとそのわがままを認めてしまうのだった。

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