第140話 必殺技
「ったく、必殺技って何なんだよ。何教えりゃいいのか」
そう呟きながら、ジュダは頭をわしゃわしゃと掻いた。
うーん、ちょっと無理強いしちゃったかな。
久しぶりの再会でついテンション上がちゃって――。
禁断の森の広間。
突如として始まった必殺技講習会に、ジュダは頭を悩ませている様子だった。
「まぁあれでいいか――おい、始めるぞ」
「あ、はーい」
腹を決めたのだろう。
ジュダの呼びかけに、アンジェリーナはそばへと駆け寄った。
「で?何をやるんですか?」
同じく駆け寄ってきたギルが興味津々に聞く。
もう、図々しいなギル。
自分からむちゃぶりしたにもかかわらず。
その反応に苛立つでもなく、ジュダはどこか冷たい目でギルを見つめ、口を開いた。
「そうだな――ギル、ちょっとここに立ってくれ」
「え?」
予期せぬお手伝いの要請に、ぽかんとするギルの腕をつかみ、ジュダは半ば強引にギルを自分の目の前に配置した。
その一方で自らは木の剣を構え、ギルに相対した。
「あの、剣とか構えておいたほうがいいやつですか?」
「いや、棒立ちでいい」
何か嫌な気配を察知したのか、ギルは苦笑いを浮かべ、顔を強張らせた。
ジュダがこちらにちらりと視線を向ける。
「じゃあよく見てろよ、アンジェリーナ。こうやって正面から接敵したときに使える技だ――」
そう言うや否や、ジュダは軽く膝を曲げ、ほぼ予備動作なしにぴょんと高く跳び上がった。
その高さ、ギルの頭くらいにまではあろうか。
跳び上がった方向は左前。
ギルの頭の横を通過し、そうしてそのまま背後を取る。
次の瞬間、ジュダは空中姿勢のまま、体を右へ捻り、右手を振り下ろした。
「う゛っ!」
当てたのは剣の柄。
ちょうど首の付け根あたりを狙ったのだろう。
痛そうな呻きを上げ、ギルは前にぺしゃりと倒れ込む。
その後ろで、すたっとジュダが着地した。
その一方、アンジェリーナは唖然として、一部始終を目に焼き付けていた。
「す、すごい。前に見た曲芸みたいな動き」
「まぁ、その簡易版だな」
簡易版――。
アンジェリーナは今見た動きと過去見た動きを頭の中で比べてみた。
今回との違い。
あ、そっか。いつも見ているとき、ジュダはもっと高く跳んでいた。宙返りとかもやっていたし。
今のはただギルの後ろへ跳んだだけ――といっても、普通では考えられないくらいの高さだけど。
ふぅと息をつくと、ジュダは剣を仕舞った。
「敵と対面したとき、重要なのは相手の隙をつくことだ。そのためには自らの手で隙を作りに行かなければならない。例えば、相手の背後を取るとかな。その上お前は人を殺してはならないという制約がある。だがはっきり言って、相手を傷つけずに無力化させることは困難極まりない所業だ。相当な鍛錬を積まなければならない。だからこそ、基礎練習を徹底してやっているわけだが」
そこまで言ってジュダは地面に突っ伏しているギルをちらりと見た。
何か視線を察知したのか、その体がビクッと動いたような気がした。
「今は手加減したが、本当は全力を込めて柄を首のあたりに叩きつけるんだ。そうすれば相手は気絶する。そこまでいかなかったとしても、少なくとも相手を一瞬無抵抗にすることはできる。その間に武器を取り上げるとか、やりようはいくらでもあるだろう?」
「あ、なるほど」
今のは、そういうことだったんだ。
私のためを思って考えてくれた私オリジナルの技。
確かに、ジュダが言っていたみたいに一瞬で気絶させられれば、相手を極力傷つけることなく、無力化させることができる。
ただ――。
「今の動き、私にできるとは思わないんだけど」
「そうですよ!」
いてて、と首をさすりながら、ギルが起き上がってきた。
「ジュダ教官は筋肉もあるし、第一身体強化が付いてるんだからそんな芸当ができるんですよ。それに比べてアンジェリーナは身体強化の魔法も付いていなければ、女子なんですから――あと何より、痛いんですけど!!」
ギルは怒りを露わに大声を上げた。
その様子に呆れたようにジュダが目を細める。
「手加減したって言ったろ?」
「だとしても痛いです!」
「そのくらい耐えろ。貧弱だな」
「ひ、貧弱なわけじゃ――」
「第一お前」
ジュダはじろっとギルを睨んだ。
「お前が無理やり必殺技とか面倒なことをやらせたの、忘れたわけじゃねぇからな」
その鋭い目つきにヒュッと息を吸い込むと、ギルはぎゅっと唇を結んでしまった。
気を取り直して、とジュダが再びアンジェリーナに向き直る。
「まぁギルの言う通り、今の技を完璧にお前ができるようになるとは思わない。身体能力も魔法の有無も俺とは条件が全く違うからな。だが、お前には俺にはない武器があるだろ?」
「え?」
意味がわからず、アンジェリーナはきょとんと首を傾げた。
「ほら、時の宝剣出してみろ」
「――あ」
なるほど、武器って。
アンジェリーナはジュダの指示通り、剣を呼び出そうと、右手を広げた。
――召喚。
心の中でそう念じ、ぎゅっと手を握るとその瞬間、アンジェリーナの手の内に銀色に輝く剣が現れた。
「出したけど、これでどうするの?」
この剣を使ったとしても、今の技ができるようになるとは思えないんだけど。
「その剣、ほぼ重さが無いんだろ?」
「え、うん」
「空気抵抗があったとしても自由に振り回せるよう、鍛錬してきたよな」
「うん。大分自分の思う通りに動かせるようになったと思う」
「じゃあたぶん大丈夫だろう」
「え?」
一連の問答に答えを見いだせず、アンジェリーナはきょとんとした。
「俺の場合は身体強化を活用して、助走をつけずにその場で跳び上がった。実際、戦場では、ろくに助走なんてできないだろうしな。そこでだ。お前のやり方だが――」
そこで言葉を切り、ジュダはアンジェリーナの手元の剣を指さした。
「自分の足で跳べないのなら、剣を使って跳べばいい」
「「――は?」」
突拍子もないその言葉に、アンジェリーナとギルはぽかんとしてその場に固まった。
どういうこと?
剣で跳ぶって?
意味もわからず立ち尽くす二人に対し、ジュダが説明を続けた。
「つまりだ。こうやって剣を地面に突き刺して、その勢いとジャンプ力、そして腕の力でもって体を上に持ち上げればいいってことだ」
丁寧にジェスチャーをつけて、ジュダはゆっくりと体を動かしながら説明してくれているようだった。
だがその動きがどうもぎこちない。
ジェスチャーはしてくれているけど、なんだかなぁ。
頑張ってくれて入るんだけど――実際に見れないからうまく想像ができない。
一体何をさせたいのだろう。
「ちょっと、未だに意味が――」
「あ、わかった!」
そのとき、突然ギルが大声を上げた。
興奮を抑えきれない様子でジュダに詰め寄る。
「つまりは、棒高跳びの要領ってことですよね!?」
棒高跳び。棒高跳び?
アンジェリーナはその言葉を一生懸命噛み砕いた。
そして気づいた。
――棒高跳び!
ギルの見事な例えに、アンジェリーナはようやくピンと来たのだった。
「あぁー!」
「ま、そんな感じだな」
頭の中で一気にパズルのピースが合わさったような気がする。
アンジェリーナの心は、靄が晴れるように、一気にすっきりとしていった。
そうか。ジュダが言おうとしていたことはそういうことだったんだ。
確かに、この大剣は1メートル以上の長さだし、それなら私でも跳び上がれるかも。
「でもジュダ教官、そうやって剣使ったら手元に武器無くなるんじゃないんですか?」
あ。
ギルの言葉に、アンジェリーナははっと気が付いた。
そうじゃないか!棒代わりに剣を使うのなら、もう一つ武器がいるはず。
「あ?だったら引き抜けばいいだろうが」
「「え?」」
さも当然だと言わんばかりにジュダは答えた。
その反応に再びアンジェリーナとギルは首を傾げた。
「重さは無いんだろ?その剣。だったら地面に刺した後、空中で引っこ抜けばいい」
引っこ抜く?
アンジェリーナは自分の手元の剣に目を落とした。
「――まぁ確かに、こうやって突き刺したり引っこ抜いたりはほとんど力入れずにできるけど」
ジュダに言われた通り、アンジェリーナは実際に地面に抜き差ししてみた。
この辺の操作は特に力を入れることなくできるんだよね。
そもそも時の宝剣の使者に選ばれたのだって、この剣を抜いたところから始まったわけなんだし。
でも、空中で瞬時にこれをするのって相当大変なんじゃ――。
「それに、だ。その剣、お前にとっては軽い代物だが、他人にすれば見た目相応の重さだろ?」
「え、うん」
ギルも吹っ飛ばされていたし。
アンジェリーナがイマイチ納得していないのを察してか、ジュダは付け加えた。
「普通に考えて、俺が本気で柄を打ち付ける強さと、お前が打ち付ける強さじゃあ、圧倒的な差がある。きっと普通の剣ならば、お前の力だけでは相手を気絶させることはできないだろう」
「――あ」
ここでアンジェリーナは理解した。
「それがこの大剣ならば――」
「あぁ。お前の力でも相手を無力化させることは十分可能だ」
「それに正面から大剣で攻撃すると見せかけての武器捨て。からのフェイント。からの後ろからの不意打ちって――まさに必殺技じゃん!」
横やりを入れるように、興奮した様子のギルが割り込んできた。
なんだろうこの、まるでギルの必殺技みたいな反応は。
まぁ実際、必殺技なんてテンションが上がらないわけがないんだけど。
アンジェリーナは胸をドキドキさせながら、ギルに負けじとジュダに向かって声を張り上げた。
「練習!しよう!」
「――あぁ」
期待を大きく膨らませ、アンジェリーナは大剣をぎゅっと握りしめた。
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